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30.扱われました

晩餐会も無事に済み、解散となったところでアレンとヴォルフガングは居間へと移動した。本日はクライスナー家全員、エーベルで宿泊となっている。


「もう、すっごく謝罪の嵐でした。畏まって謝罪謝罪で、あそこまでくると逆に何か企んでいるのではないかと!まあそれも杞憂でしたけど」


ソファに落ち着いてから、一通りケヴィンとの会話内容を説明する。報告、連絡、相談はここにきても健在だ。


ケヴィンとヒロインとのやり取りを話している間は、流石にヴォルフガングも理解出来ないという表情だった。

「とりあえずなんとか落ち着いた、というところでしょうか。彼も成長したようですよ」

成長する為の壁が特殊だったとは思うが。

ずっと難しい顔をしているヴォルフガングに、アレンは意を決して切り出す。


「ヴォルフ様、私謝らなければならないと思って……。ごめんなさい、私のこと怒ってますよね。調子に乗ってしまいました」

「怒る?」

「食事の時から眉間の皺が三割増しです。ドレスで走ったりぶつかろうとしてすみません」

「ああ、淑女というなら、らしくはないが」

しおらしいアレンに、ヴォルフガングは珍しく慌てている。

「またアレが、あなたに不快な思いをさせないかと……怒ったわけではない」


思えば彼は、ケヴィンが応接室に入室した時から不機嫌だった。領地での婚約調印式の時の様に、ケヴィンがアレンに無体を強いないか、気を張ってくれていたのだ。


「ヴォルフ様、私の身を案じてくださいましたのね!」

「すまない。見苦しいものを見せたな」

「いいえ!ヴォルフ様はどんなお顔でも素敵です。勘違いしてごめんなさい。心配してくださったのですね」

嬉しいのだと隠しもしないアレンに、ヴォルフガングは何故かバツが悪そうだ。

どうやら、彼はケヴィンの処分に納得いってないらしい。それも不機嫌に一役かっていたようだ。

しかしアレンの希望する対処を、といわれてもアレンの希望はいつでも揺るがない。


「ヴォルフ様、私の希望というならヴォルフ様と結婚することですよ?」


アレンの望みはヴォルフガングと婚姻を結ぶこと。それさえ滞りなく、その為の障害が取り除ければ、障害自身がその先でどうなろうと関与する所ではない。

そしてあわよくば、仲睦まじく一生添い遂げられればいい。

そう言ってヴォルフガングを見上げると、彼は一瞬固まった後「そういった希望では……」と呟くと口元に手を当てて横を向いてしまう。


「でもヴォルフ様、心配してくださるのは嬉しいけど、子供扱いは行き過ぎです。私、抱っこされるほど子供ではないのですよ」

「抱っこ?」

「食事前のぶつかろうとした時、抱っこして降ろしてくださらなかったではないですか。あれは子供にすることです」

あんな風に縦抱きするのは、子供に対してではないか。アレンを子供扱いしているのではないか。それにヴォルフガングはあの時、「悪戯する子供」と言った。

アレンをまだ子供だと思って手を出してこないのなら、その意識は早々に払拭していただきたい。


「あれは支えただけだが」

「それは助かりました。けれど、もっとこう支え方があると思うのですよ」

アレンの頰に触れて照れたと思えば、子供にするように抱き上げる。

ヴォルフガングのスイッチが分からない。

いつもは柔く抱き込むくらいなのだ。それこそ壊れ物を扱うように触れる。

なのに、子供扱いした時はガッチリと縦抱きしていたし、暴れても離してくれなかった。

なんとも、ヴォルフガングの意識の切り替えが難しい。そのうち、アレンの仕出かした事によっては、お仕置きと称して俵抱きで運ばれるかもしれない。

いけないいけない。それは夫婦の形ではない。


「支え方」

「ええ。例えば、そうですね。こう、スマートに腕や体で支えてくださるとか、横に抱くとか……」

所謂お姫様抱っこだ。

アレンとて恋する乙女なのだから、ロマンチックな触れ合いは夢見たいではないか。

説明し終わると、ヴォルフガングは暫く思案した後、立ち上がってアレンの手を取った。同じ様にアレンをその場に立たせる。

そして、説明どおりにアレンを横抱きに抱え上げた。


「こうだろうか」

「ヴォルフ様!?」


ひょい、と音がしそうな程軽々しく支えられた今、アレンはまごう事なき姫抱っこをされている。

上体が安定せずに、慌ててヴォルフガングの首に腕を回すと、何故か驚いている。驚いたのはこっちだ。

アレンが助けを求める様に室内を見回すが、イリナもクルトも温く微笑んでいるだけで、動こうともしない。

そう、この二人はいつでも、当たり前の様に同席しているのだ。その二人の前で、なんだこれは。どんな羞恥プレイだ。


「ヴォルフ様っ?なんですか!どうしたんですか!?」

目を回すアレンに、ヴォルフガングは興味深げな視線を向けてくる。

「女性に対する支え方を」

「今しなくても!」

「なるほど。先程より安定している」

「わ、私は安定しません!」

主に心が。


「もっと近付けばどうだろうか」

「ちかっ……、お、重いから!降ろしてください!」

「軽すぎるのではないか?」


(なんなの!?なんなのこの突然のデレ!)


降ろして欲しくて足掻いてみても、ヴォルフガングはビクともしない。縦抱きの時と同じ状況だ。

「腕が折れますよ!」

「そこまで柔ではない」

「傷めてしまいます!」

「では、これならいいだろう」


そうして、アレンを横抱きにしたままソファに腰掛ける。ソファと、ヴォルフガングの膝の上で、アレンは綺麗に納まってしまった。おまけに彼はまだ離してくれそうにない。


「ヴォルフ様!重いですから!」


一体なんだと言うのか。アレンが離れようとすれば、ヴォルフガングの腕に力が込められる。密着した体が熱を持ってくるのが分かった。

ヴォルフガングの意図が掴めなくて、アレンは混乱してくる。


「もう!バカ!降ろせ!」


イラつき混じりで肩を叩くが、ついでに前世の言葉遣いが出てしまった。

しまった、とアレンは口を塞ぎ、チラリとヴォルフガングを見上げる。気分を悪くしたかと思っていたら、ヴォルフガングは驚きに目を見張り。


今までで一番楽しそうに微笑んだ。


「ダメだ」


そのままアレンを腕の中に囲い込んで、更に抱きしめてくる。


一方アレンはというとーーー浄化された。

ヴォルフガングの眩い笑顔に当てられて、煮凝った魂がサラサラと浄化されていくようだ。

まるで、悪霊系のモンスターが聖魔術で跡形もなく消え去るように。

ヴォルフガングの背後に後光が差している。

磨いた金貨を大量に積み上げて、輝く朝日に照らすとこんな感じか。


なんだこれは。どうしたというのか。

どう足掻いても離してくれないヴォルフガングに、抵抗するも虚しく浄化されてしまったアレンは、大人しく抱かれている。

重くないというし、腕がどうなろうともう好きにさせよう。

そんな半分やさぐれた気持ちで、アレンは遠い目でヴォルフガングを観察する。


(はっ……!そうだわ、これはチャンス!!この機にたくさん触れ合いに慣れておきましょう!)


こんな至近距離で触れ合う事などない。

ヴォルフガングから抱き上げておいて、今更自分は触られるのが嫌だなんて言わないでしょう。

いつもの抱擁は本当に一瞬だし、顔だって見上げているから角度が違う。

やはりヴォルフガングは綺麗だ。

彫刻のように思えるけれど、長い睫毛はヴォルフガングが瞬きすれば同じように動くし、肌の質感もちゃんと分かる。

目の前で揺れる銀色の髪に、アレンは誘われるように手を伸ばして触れてみた。


「ヴォルフ様の髪、綺麗ですよね。サラサラで艶があります」

「そうか?私はあなたの髪が好きだ」


同じように、ヴォルフガングがアレンの髪を優しく撫でる。


好き。

スキ。

SUKI。


(好きですってーーーー!!!!)


きっとこの部屋に誰もいなかったら、アレンは窓を開けて全力で万歳三唱をしていたに違いない。


「ありがとうございます!私も好きです。でもネコ毛で癖毛なので、絡まってしまうのが難点ですね。いつもイリナが大変そうなんですよ。ヴォルフ様は櫛も必要なさそうで羨ましいです」

「柔らかくて触り心地がいいと思うが」

「触り心地というなら、ヴォルフ様の髪はサラサラで気持ちいいです。絹みたいですよね」

銀色の髪を両手で撫でる上機嫌なアレンに、ヴォルフガングはささくれた心が落ち着いてくる。


アレンを、ケヴィンの悪意に晒したくないと、気を張っていたのは事実だ。

それは杞憂に終わったけれど、安心したのもつかの間、今度は二人の気易い態度が気にかかった。

同じ年齢で学校も同じ。どこかで交流があったかもしれない。ケヴィンの手紙には、度々アレンの事が書かれてあった。

たかが三年、それでも自分とは歴史が違うのだと。

そうして、嫉妬しているのだと理解した。それがまた、ヴォルフガングの機嫌を下降させることとなる。

弟に嫉妬など。真っ直ぐ自分を慕ってくれるアレンを疑うのと、同義ではないのかと。

不甲斐なくて、つい不機嫌も露わに対応してしまった。

それすらアルノルトに指摘されるまで気付かなかったが、お陰で末の妹を怯えさせてしまった。


女性と目が合って、顔を背けられるのは今更だ。アレンの態度に慣らされてはいたが、だからといって自惚れたりしない。いつも通りの女性達の態度に別段思うところもない。アレンが特殊なのだと思う。


ただ、そのアレンが側にいないと落ち着かない。いや、自分がアレンの側にいたいのだ。

アレンが自分以外の誰かと親しくしていると、気になって仕方がない。


子供扱いしているわけではないのだ。彼女はヴォルフガングの宝物だ。大切に、壊さないようにと思っている。ただ、他の事に集中していると気がそぞろになって、普段周りにいる者に対する扱いのようになってしまうのだ。

その中でも、大事に対応したつもりだったのだが、ああやって抱き上げるのは子供扱いだと言う。

この歳になって、抱き上げるのにも種類があり、縦抱きは女性に対するものでは無いのだと初めて知った。

ヴォルフガングとしては、ちゃんと女性扱いしているつもりなのだ。

でなければ、潤んだ瞳で頰を染めて見つめてくる表情に、不埒な感情を抱いたりしない。


閨を想像して、自己嫌悪したなんて言えるわけがない。


いくら女性との接触が極端に少ないからといって、婚約者だからと不埒な事など考えない。

アレンが好意的だからと、浮かれているのとも違う。

それなのに、だ。可愛いらしく、それでいて煽情的にも見えて、それもまた、ヴォルフガングの眉間の皺に一役かっていた。


だが、こうやって自分の腕の中にアレンがいて、ニコニコと触れてくる姿を見ていると、どうでも良くなってくる。

それに、先程のセリフ。


「もう!バカ!降ろせ!」


あれは彼女の地だ。

基本的にアレンは誰にでも丁寧に対応する。おそらく努めてそうしているのだろうが、ヴォルフガングに対しても、貴族令嬢らしい言葉使いの時が多い。

その彼女が、動揺したからといっても、素で話してくれたのが嬉しい。思わず頰が緩んでしまった。

おそらく自分はだらしない顔を晒していると思う。


アレンの性格のまま、言葉使いも真っ直ぐでいいのだと思うのだが。

真っ直ぐ、と思ったところでエーベル卿の言葉を思い出す。確かにイノシシは一直線に向かってくるな。しかも勢いがいい。

言い得て妙だが、的を射ている。


ふむ、とヴォルフガングが考え込んだところで、アレンは不思議に思って声をかけた。


「ヴォルフ様?どうされましたか?」


真っ直ぐに、自分に向かってきてくれたら、それはとても気持ちがいいと思う。


「あなたは、イノシシでもいいのではないか?」


「いい加減イノシシから離れてください!」

ストック無くなった。しばらく書き溜めします。

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