28.確かめました
短い。ケヴィンとヒロインの話。気分悪い内容かもしれないので飛ばしてください
当事者達はケヴィン以外は謹慎中だが、クラーラの友人の手引きでなんとか会うことができた。
そこで見たのは、憔悴しきったクラーラだ。学園での輝くような微笑みや慈悲深い言葉も優しい眼差しもなく、ケヴィンの姿を見るや縋るように訴えてくる。
「ここから出して!私なにも悪いことしてないのに!閉じ込められて嫌になっちゃう」
一瞬、彼女の訴えに流されそうになる。しかし、アレンが行ったという所業の正式な調査書もあり、ここにくるまで祖父に厳しく言い含められた。
今自分は、辛うじてクライスナー家の末端に置かれている状態だ。きっと、こうやってクラーラに会っている今も、祖父の指示で監視がどこかにいる。これ以上の失態は犯せない。
「ケヴィンは閉じ込められていないのでしょう?だったら私を連れ出してくれるわよね?」
「それは出来ない。今日は話がしたくて来たんだ。クラーラ、君が言っていたエーベル嬢の所業は本当のことか?」
「どうしてできないの!?私の事好きだって言ったじゃない!好きなら私のお願い聞いてよ!」
駄々をこねる子供のようなクラーラに面食らう。彼女はこんな人だっただろうか。
「クラーラ、答えてくれ」
「なによ、ケヴィンは私の言うこと信じてくれたんじゃないの?あんな地味な女どうでもいいじゃない。どうせ辺境に送られて肩身の狭い思いでもしてるわ。ああ、田舎だからあの芋女にはあってるかもね」
よりによってケヴィンにそれを言うのか。
次から次へと出てくる彼女の侮蔑に、ケヴィンは目眩がしそうになる。
それでもなんとか踏ん張り、再度尋ねた。
「信じたよ、君が嘘をつくとは思ってない。本当なんだろう?」
「そうよ。私が本当だっていうと、本当になるの」
「は……?」
クラーラは当たり前のように言う。だが、それはケヴィンの耳には信じがたい物に聞こえた。
「昔からそうよ。嫌いな子に意地悪されたって言うと、みんな私の味方になってくれるの。欲しい物は私の物だって言ったらそうなったわ」
「それは、本当に意地悪されたのか?」
「ううん。嫌な子だからどっかいっちゃえ、と思って。泣いたらみんな信じてくれたの」
「欲しい物っていうのは?」
「これは私のって言ったら、みんながくれたわ」
思い出したように懐かしげに語るクラーラは、どこか自分と違う世界の住人のように思える。
「昔から?」
「ええ、ヨハンが一番私の言うこと聞いてくれるの。お父様もお母様もあんなに優しかったのに、部屋から出してくれなくなっちゃって……」
ヨハンとは、ヨハン=ファラー。ファラー商会の息子だ。自分達の友人でもある。
庶民だが、豪商などの将来家を継ぐのに学業が必要な者は、成績か入学金によっては王都の学園に入学できる。貴族同等の権力があるとみなされるのだ。
彼はクラーラの幼馴染でもあった。
「じゃあ、実際エーベル嬢に何かされたわけじゃ、ないのか」
「喋った事もないわ。でもエルマー様の婚約者じゃない?邪魔だったからあの女に意地悪されたって言ったのに……なんで上手くいかないの?いつもならあんな女追い出せるのに!なんで私が悪いことになるの?」
証拠などなにも、どこにもない。それでもクラーラが訴えれば、それに倣って周りが彼女を庇ってくれたのだと。
それが当たり前だったし、なんの疑問もなく享受していたと笑うクラーラに、ケヴィンは背筋が寒くなった。
「クラーラ、君、なんでそんなこと……」
「だって、エルマー様、伯爵家だもの。伯爵家だし跡継ぎで羽振りも良かったわ。優しくてなんでも言うこときいてくれたし。それなのに……」
陽気に言葉を紡いでいたクラーラが、次第に不機嫌を隠さなくなってくる。
「私と結婚しないなんて言うのよ?酷いと思わない?!あんなに私の事愛してるって言ってたクセに!ウチに入って家格が落ちるのが嫌だなんて言うのよ?子爵になったって、エルマー様がウチに入る支度金があれば、いい暮らしはできるじゃない」
「……クラーラ、それはない。ブッケル家は賠償金をエーベル家に払ってる。おそらくエルマーの個人資産からも出てるはずだ」
「そんな……私のこと騙したのね。酷いわエルマー様……!」
どちらが騙したと言うのだ。
クラーラの話を聞いていると、会話が噛み合わないようで、次第に気分が悪くなる。
当たり前のように人を陥れる彼女が、同じ人間だと思えない。そして自分はそれに乗ったのだ。
今更ながらに後悔が押し寄せる。
彼女は言葉巧みに訴えていた。意地悪されたと直接的な言葉は言っていない。
「私みたいな人間が側にいると、婚約者が気を悪くしますよね。何かあっても私のせいだから文句は言えません」
そんな風に寂しげに言うのだ。それを先走ってアレンに危害を加えられたと、判断したのは自分達だ。そして、アレンがやったのかと確認すれば、肯定はせずとも否定もしなかった。
それにしたって、何故彼女の言葉を鵜呑みにしてしまったのか。いくらクラーラが好きだとしても、冷静に考えればあり得ない。それなのに、耳触りのいい彼女の言葉に心酔した。考えるのを放棄したのだ。
今となっては、クラーラを、好きだと思っていた自分自身が気持ち悪い。
「そうだわ、ケヴィンがいるじゃない」
「クラーラ?」
「ケヴィンは辺境伯爵よね。謹慎にもなってないし、騎士なんでしょう?じゃあ、私をここから出してくれるわよね」
それは自分にクラーラと結婚しろと言っているのか。
冗談ではない。
明らかに財産目当てであること、己の利益しか考えないことを隠しもせず、当たり前のように愛されると思っているクラーラが悍ましい。
「それは出来ない」
「どうして!?私を愛してるんでしょう?」
「……愛していた。けれど、もう無理だ。出来ないし、したくない」
「はあ!?わけわかんないこと言わないで!さっさと連れ出してよ!好きなら言うこと聞きなさいよ!」
咄嗟に彼女と距離を取る。血走った目で手を伸ばしてくるクラーラに、触れることは出来なかった。
あんなに会いたい、触れたいと思っていたのに、今は只々この場を去りたい。
「さよなら。二度と会わない」
「ケヴィン!!」
怒鳴るように叫ぶクラーラを置いて、ケヴィンは足早に屋敷へと戻ったのだった。
誤字指摘ありがとうございます。日本語は難しい




