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26.謝まられました

相変わらずイリナにガリガリ削られて、アレンは晩餐会前に既にぐったりしている。

これからお茶会、夜会?に出る度にこれがあるのは憂鬱だ。しかしヴォルフガングとの未来のためなら、避けては通れない道だ。

辺境でも茶会に呼ばれることはあるだろうが、出来るだけ最小限にしたい。


アレンがソファにもたれかかっていると、クライスナー家の到着が知らされた。

玄関で待ち、ブルクハルトを先頭にクライスナー夫妻、ヴォルフガング、ケヴィンと招き入れる。

ヴォルフガングは初対面の時同様、深い紺色のフロックコート姿で相変わらず素晴らしいスタイルがよく分かる。いつもは目にかかり気味な銀髪も綺麗に整えられて、額が見えて凛々しさが増しているようだ。


「綺麗だ。よく似合っている」

ヴォルフガングは、不躾にならない程度に上から下までアレンの姿にサラリと視線を寄越すと、これまたサラリと褒める。

アレンの今晩の出で立ちは、落ち着いたワインレッドで襟ぐりが深く開いたドレスだ。肩と鎖骨の露出があるわりには、胸元はしっかり同色のレースでガードされていていやらしく見えない。色やデザインは大人っぽいが、Aラインで年相応になっている。

もちろんヴォルフガングからの贈り物だ。

ドレスもお飾りも靴も、アレンの興味が無くとも必要な物は、いつの間にかヴォルフガングとイリナが用意しているようだ。

デザインも、ヴォルフガングの好みに合わせたとイリナに聞いたので、彼の好みかつアレンに似合うというのなら、全面的に任せてしまおうと思う。


「素敵なドレスをありがとうございます!ヴォルフ様も素敵です!ヴォルフ様センスいいですね!」

「気に入って貰えたのなら良かった。イリナの手柄だな」

「決定したのはヴォルフ様でしょう?私に似合う物を選んでくれたヴォルフ様のお手柄です!」

笑顔でお礼を言うアレンから、顔を反らせてヴォルフガングが咳払いをする。


照れてる?照れてるの?


ヴォルフガングの顔を見ようと彼の周りをうろうろするアレンだったが、顔を上げたヴォルフガングの表情が緊張した面持ちになった事で、アレンも引き締まる。


「エーベル卿に挨拶を」

「はい」


応接室へ向かうと、既に両親が揃っていた。

父に会うのは実に三カ月ぶりだが、母に続いて父も変わりがないようだ。


「お久しぶりですエーベル卿。その節はお世話になりました」

「やあ久しぶりだね、ヴォルフガング。今はもうクライスナー隊長とお呼びするべきかな」

「ヴォルフガングで構いません。挨拶が遅れて申し訳ありません。アレクサンドラ嬢との婚約を認めていただきたく、参りました」


婚約は正式に成立しているのだけど、型通りの挨拶は大事だ。

握手を交わしながら、真っ直ぐにアルベルトを見るヴォルフガングが凛々しくて、アレンはつい目で追ってしまう。

やはり「お嬢さんをください」というのは、前世の影響で照れ臭いけど嬉しい。


「よろしく頼むよ。アレン、お前もヴォルフガングに見惚れてないでちゃんと挨拶しなさい。ヴォルフガング、イノシシ並の娘だけど愛想尽かさないでやってくれ」

「お父様イノシシとはなんですか。年頃の娘に向かって失礼ではありませんか?」

「だってそのくらい勢いがないと、短期間で婚約なんてねぇ、ははは。ヴォルフガングがそこまで血迷ってるとは思わないよ」

「そこは私の魅力だと言いませんか?」

「ははは、魅力か。はははは」


お互い微笑みながらの会話だが、内心は毒突きながらゴングが鳴っている。この親娘も相変わらずである。


「あらお父様!笑ってらっしゃるけど、私が一番お父様に似てると言われてるんですからね」

「うんうん、お前は本当にお父様に似て凛々しいよねえ。黒髪も瞳の色もそっくりだ」

「色だけ!?中身も含めてですよ!酷いと思いませんかヴォルフ様!実の娘をイノシシに例えるなんて、デリカシーなさすぎます!」

「デリカシーの無さはお前もそっくりだよ」


アレンがぐるりと体ごとヴォルフガングに向けて訴えれば、矛先が自分に向くと思ってなかったのか、彼は少しだけ目を見開く。


「いやでも、イノシシは美味いから」

「それイノシシから離れてませんよね!?」

「あっはははははは!」

「っ……!ぶっ……!」

「ヴォルフ様それフォローのつもりですか!?フォローになってないんですけど!イノシシなのは否定しないんですか!」


咄嗟に出たセリフがそれか。


(くっ、天然か!ヴォルフ様天然なのっ……!?ちっくしょうヴォルフ様可愛いーーー!!!)


アルベルトは涙を流して大笑いしているし、マルガは扇子の陰で横を向いて震えている。アレンもヴォルフガングの天然ぶりに悶えるしかない。


「……はぁ。まあ、元気そうでなによりだよ」

「ええ、お父様も……」


ひとしきり笑い終えて多少しんみりしたところで、アルベルトは手元のベルを鳴らす。

「それじゃ、次に移ろうか」

「次?」


アレンが首を傾げると同時に、ヴォルフガング以外のクライスナー家が、使用人に先導されて入室してきた。

全員立ち上がり、軽く挨拶はしているがなんだか空気が物々しい。

何事かとヴォルフガングを見上げれば、眉間の皺を深めたままアレンの背中に腕を添えた。


アレンの前に、青を通り越して白い顔をしているケヴィンが近づくと、彼はおもむろにアレンの前で膝をつく。


「この度は、私の愚かな行いでエーベル嬢および貴家に多大なご迷惑をおかけしたこと。また、エーベル嬢を侮辱し、深く傷つけたことを心よりお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした」


(……え!?)


まさかいきなり謝罪されるとは思ってなかった。おまけに騎士が膝をつくのは、深い謝罪か最敬礼だ。

思わず後ずさるが、背中にあるヴォルフガングの腕がそれを阻む。


『今ですか!?』

『禍根は残したくないだろう?』

『よりによって今!これだからお父様はデリカシーがないのですよ!』

『サンドラに言われたくないからね』


ジロリとアルベルトを睨むと、何食わぬ顔でこちらを見ている。口パクと身振り手振りで抗議すれば、同じように返してきた。


「本当に申し訳ありません。エーベル嬢の汚名を晴らす為に、どんな事でも致します。なんなりとおっしゃってください」


反応しないアレンをどうとったのか、ケヴィンが更に謝罪を重ねる。頭を下げている彼にはアレンの様子が見えない。

どうしたものかとアレンは視線を彷徨わせ、ケヴィンの落ち着いた声と態度に小さく息をつく。


ヴォルフガングの婚約者に無事収まったのだから、謝罪については半分くらいはどうでもいい。だが、貴族としてはそうもいかない。アレンは公衆の面前で恥をかかされ、醜聞が付いて回るのだ。

今は浅はかなヒロイン一派に非難の目が向けられつつあるが、アレンに対して「本人にも責任がある」「後ろ暗いから疑われた」「婚約者を取られるのは努力が足りない」など、面白おかしく言う者もいる。というか、それが正しいと思っている貴族もいる。まさに他人事。


地に落ちたアレンの評判の回復と、エーベル家との禍根が無いと見せる為、形式的でも謝罪は必要なのだ。


一月ぶりに会った彼は、アレンを見ても怒鳴ることも睨むこともなかった。

ケヴィンについては、ヴォルフガングの誤解もあり、やり返してやらなければ気が済まなかったが、それももう済んだことだ。


「謝罪を受け入れます。顔をあげてください」

「ありがとうございます」


アレンは立ち上がったケヴィンを見上げるが、以前の様な剣呑な視線ではない。父親譲りの紺色の瞳は凪いていて、とても落ち着いている。

顔色は良くないが、一月会わない間に表情も多少引き締まったようだ。なるほどこれは攻略対象者にもなるな、と今なら思う。


「でも忘れないわよ」

「っ、もちろんです」


アレンの一言に、ケヴィンは苦笑して頷く。それが嫌味じゃなくて、こんな顔も出来るのかと少し驚いた。


「アレクサンドラ嬢、この度は本当に愚息が申し訳ないことをした。今更謝って済む事ではないが、この場を借りて謝罪させてほしい」


ベルントが言うと、クライスナー家全員でアレンに向かって頭を下げる。隣のヴォルフガングまで。

いつの間にそんな話になっていたのだか。


それから聞かされたケヴィンの処遇は、通常より一年多くの見習い。その後は正式な騎士になる。しかし、何年従事しようと自ら希望部署には就けない。要するに、どんなに身分と実力があろうと出世は望めない、一生一兵卒であるとのことだ。

身分も実力もある騎士が出世コースを外れるのは、身分があるから余計に悲惨だ。

騎士には貴族も平民もいる。貴族専門といわれる近衛は無理だが、所属部隊によっては、実力さえあれば平民でも役職に着ける。

その中で一兵卒とは。しかも王都の騎士団でとなると、口さがない者達にどれだけ軽んじられることか。

しかし、アレンの地に落ちた評判を思うと、五分五分か少し不利なくらいだ。


「アレクサンドラ嬢の希望を汲みたいと思う。絶縁及び貴族籍を抜くことも視野に入れている」


淡々としたベルントの声と表情に、アレンは初めてヒヤリとした物を感じた。これが辺境伯騎士団長か。アレンに対しては、そういった面を感じさせないように気を遣ってくれていたのだろう。


だからといって絶縁なんて望んでいない。平民になるということではないか。

ヴォルフガングしか見てないアレンにとっては、今更居てもいなくてもいい存在だし、そこまでやって下手な恨みを買うのはエーベル家としても望まない。

もう一度アルベルトへ視線をやると、涼しげな顔で頷いている。貴族から平民にまでして禍根を残すよりは、多大な貸しを作るということか。そもそも、エーベルとクライスナーは父とブルクハルトが繋がっている。


ここらが落としどころだろう。

クライスナー辺境伯としての決断は、他の貴族への影響もある。

全くこれも貴族の体面とやらだ。


「謝罪はお受けしました。それ以上は望みません」


アレンがきっぱりと言い切ると、漸く室内の空気が和らいだ。


「さて、改めて婚約おめでとうサンドラ」

「ありがとうございます。お父様」


にこやかに近づく父のセリフに、アレンは苦々しく笑う。全くどのツラ下げて言うのか。


「式は一年後かな。なんにせよ行き遅れなくて良かったよ」

「あら、ずっと居てもいいってお兄様は仰いましたわよ」

「ウチで野生動物は飼えないよ」

「いい加減イノシシから離れてください」

「ははは。……可愛いサンドラ、幸せになるんだよ」

「ええ、もちろん」


アルベルトに抱きしめられて、頰にキスをされる。15歳で成人してからは滅多になかった温もりに、じわりと胸が暖かくなった。


「せっかくの祝いの日に、このような場を設けていただき感謝いたします。久しぶりの親子の対面もございますでしょう。私供は外させていただきます」


クライスナー家が部屋を出ると、アレンはどうするか一瞬迷ったが、アルベルトに手でシッと追い払われて退出した。


残ったアルベルトはズルズルとソファに座り込み、マルガがその隣に腰かける。


「……はぁ、いってしまうんだねぇ」

「あなたったら。サンドラに意地悪がすぎますよ」

「いやぁ久しぶりに打てば響くのが面白くてね。あーそれも、もうなくなるのかぁ」


我が娘ながら破天荒で猪突猛進。イノシシと称したのは意地悪でもなんでもない。

そんな娘が一度の婚約解消を経て、新たな相手に嫁に行く。

しかも相手はあのヴォルフガング=クライスナーだ。


思えば十数年前、ブルクハルトに連れられて来たヴォルフガングが、馬車の中から会釈した時から嫌な予感はしたのだ。


ブルクハルトがアレンを、自分の孫とどうにか……というのは気付いていた。

見送りに来たアレンを会わせないようにしていたというのに、しっかり目が合った上に、アレンは大層彼を気に入ってしまった。


「綺麗な男の子ですね!金貨みたいにキラキラしています!」


お前の目の方が別の意味でギラギラしているよ、とは言い難かったが。


ブルクハルトに勧められるまま、というのは多少癪だが縁を繋ぐのは悪くはない。

まだ騎士であった時に指導した少年のヴォルフガングは、年の割にはとても優秀だった。

ただ、辺境となるとやはり隣国との関係が気になったし、キナ臭い動きはそのまま両国の関係を悪化させた。

貴族の婚姻は政治的に則ったものとは言うが、やはり幼い娘を戦火の最中に送るのは躊躇われる。


終戦を迎え、大臣として立場を確立している間に、どうしてもと頼み込まれて了承したアレンの婚約者は、予想通り破局した。


そして、今回のヴォルフガングとの婚約だ。

思えば、お互い覚えていないとはいえ、今この時に巡り巡って縁を結ぶのも何かが影響している気がする。

自分の力が及ばない物なら、受け入れるしかないだろう。


「アレが一番最初だとは思わなかったんだよねぇ」

「一番に婚約者を連れてきておいて、何を仰ってるの」

「……一時的なもんだったんだよ。援助(・・)の体面としてね。そのうち白紙か円満解消にする予定だったのに、あんな形で破棄してくれちゃってさぁ、ボンクラ息子が」

「当事者に秘密にしていたのが仇になったわね」

「まあいいけどね。貰うものは貰ったし。サンドラも幸せそうだしね」


アルベルトがため息をつくと、マルガはクスクスと笑いだす。

「あの子の顔見ました?この短期間で立派に恋する女よ。男親としては見たくなかったかしら?」

「逆に安心したよ。そのうちお金が恋人だと言い出しかねなかったからね。まあ向こうでやってる事は変わりないみたいだけど」

「強ち間違ってないかもよ。あの子、ヴォルフガング様のこと"金貨の騎士"ですって」

「ぶっ……!」


アルベルトが笑うと、マルガもまた吹き出す。

ひとしきり笑い合い、二人はダイニングへと向かうのだった。

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