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23.聴取しました

応接室は随分と重い空気だった。

長ソファにアレン、その横の一人がけソファにヴォルフガングが座り、目を覚ましたクルトは二人の正面の位置に白い顔で立ちすくんでいる。

イリナは座る二人の前に紅茶を出すと、そのままクルトの背後に控える。おそらく何かあった場合にすぐ動けるようにだろう。侍女の目が怖い。


「この度は申し訳ありません。どんな罰でも受けます。僕……私一人の責ですので、ペルニー家は何の関係もありません」

「今までのアレンへの行いもお前か?」

「……はい」

「何故?お前のことは信用していたからアレンにつけたのだが」

「……」


黙るクルトだが、その理由こそヴォルフガングが婚約したという恋の縺れではないだろうか。

神妙な顔をしたアレンの考えを察したのか、苦々しくヴォルフガングが止める。

「それはない」

「あら、でも本人が言っているし一番の理由では?」

「クライスナー家に入れるんだ。身元素性は明らかにする。そういった嗜好は見られなかった」

なるほど、確かに。

だとすると、クルトに関わる事情はほぼ判明していることになる。これは以前試されたように、ヴォルフガングにいいように使われたのでは?

アレンの目の色が変わると同時に、ヴォルフガングが続ける。

「事情を知った上で、私の補助につけた。三年で信用に足ると思ったからあなたを任せた」

「なるほど、この状況も想定範囲内というわけですね」

「え、知って、た……?」


二人の会話にクルトが目を丸くする。

身元はともかく素性や事情まで調べられているとは思ってなかったようだ。


クルト=ペルニーはペルニー子爵家の三男だ。

ペルニー子爵は領地を持たない貴族で、クライスナー領の管轄下にある。中央から少し離れた地方を任せている伯爵のそのまた下で、領地管理や経営補佐に従事している。

ペルニー子爵の直属の上司というのが、ボーデ伯爵家である。

ボーデ伯爵家。以前話に出てきた、会議に娘を寄越して騎士団の見学をしたものの、マティアスに色目を使い、ヴォルフガングに砂かけして帰った、という娘を持つ伯爵家だ。


アレンが知ったのは偶然だった。

嫁に来たのなら当然領地内の貴族は把握する。クライスナー領程広ければ地形も農作物も違うし、それらが違えば売り出す特産も変わってくる。それを管理する代理貴族がどんな者なのか、頭に入れておくのは当然だからだ。

アレンは農園も市場も顔を出すし、もちろん騎士団は一番関わりが深い。勉強するうちに騎士団員と気安くなれば、当然ヴォルフガングが連れてきた令嬢の話も上がるというわけだ。

愛しのヴォルフガングに砂かけした貴族はどこだ?と調べていくうちに、ボーデ伯爵とその管轄下のペルニー子爵に行き着いた。

ボーデ伯爵は鷹揚で日和見、ペルニー子爵は堅実で控えめという印象を受ける。管理評判は両家ともそこそこ悪くない。

ただ、人となりというとそうでもなかった。

ボーデ家とペルニー家は管理地も隣で、ほぼ家族ぐるみの付き合い。子供達は生まれる前から顔見知り、幼馴染というわけだ。


そこにどういう人間関係があるか詳しくは知らないが、領主子息に失礼をしておいて詫びの一つもない娘というのは、付き合うのに苦労するのではないかとアレンは思うのだ。

自分なら遠慮する。


クルトが騎士団に入団した後、彼の素性を知っているヴォルフガングも、本人に気付かれないように気にかけていたようだが、クルトに騎士の適性がなかった。

文官に向いていたし、誰かに任せて気を揉むくらいなら側で目を光らせていようとの算段だったようだ。

ヴォルフガングの頭の中には、貴族の家系と自領の詳細は入っているらしい。

凄い。流石ヴォルフ様!

尊敬の眼差しでアレンが見つめると、ヴォルフガングは不思議そうな顔をする。彼にとっては当たり前の事なのだ。そういうところも素敵だ。


「じゃあ、僕が何かしでかすかも、と思ってたんですね……最初から、僕を疑ってたんだ……」

「あら、ヴォルフ様はあなたを信用していると仰ったでしょう?だから私の従者にしたのよ?あなたを信用してなかったのはヴォルフ様ではなく私です」


きっぱり言い切るアレンに、クルトの泣き出しそうな涙が引っ込む。


「ヴォルフ様の事は信用してますわよ?でも私とあなたの間にヴォルフ様との間にあった三年の信頼関係はありませんもの。だから私はあなたと仲良くなりたいと言ったんですよ?」


ヴォルフガングの事は信用しているし信頼もしている。だが、信用するヴォルフガングの紹介だからといって無条件にクルトを信じるには、彼には疑惑がありすぎた。

だから、信用する為にも疑う為にも、アレンは種を蒔いたのだ。孤児院に向かう馬車での言葉は嘘ではない。仲良くなりたいのだと釘を刺しておいた。彼が思い止まって、アレンが石入りケーキを食べるのを止めてくれたら見方が変わっていたけれど。

ブレスレットも、わざわざヴォルフガングからの贈り物で宝物だと言っておいたのだ。

共に残念な結果になってしまったが。


「身を削ることはないだろう」

「思ったより石が大きかったんですよ。尖ってたし。見た目は小さかったんですけど」

「……すみません。石が入っているのは見たらわかるから……。貴族令嬢が、あんな大きな一口でケーキを食べると思わなかったんです……」


クルトの申し訳なさそうな台詞に、ヴォルフガングが咽せてイリナが吹き出す。

失礼な。子供相手のパフォーマンスに決まっているではないか。

アレンだって、ヴォルフガングの前なら、あんな一口でケーキを食べたりしない。

それでもアレンを傷つける気はなかった。石の混入から嫌がらせに気付けばいい程度だったのだ。あの時の狼狽は、アレンが血を吐き出したからだ。

思えば紅茶にも、塩や胡椒程度で人体に影響はない。

ハンカチは流石にイラッとしたが、実際あれはアレンの物ではない。どこから調達してきたのか、新品のハンカチが裂かれていた。もったいない。

嫌がらせに殆ど効果のないアレンに、痺れを切らした者がいた、という事だ。

ボーデ伯爵の令嬢か。


「ボーデ伯爵は、婚約打診の件は気にしておられません。まあコリンナ嬢ならその程度だろうと……ただ、コリンナ嬢は……酷く傷付けられたと泣いてばかりで……」

「泣いてあなたに仇を取ってこいとでも?」

「いえ、そういうことは仰いません。ただ、泣くんです。酷い、傷ついた、分かってくれるわよね?って……」

言葉を紡ぐクルトは、思い出したのか憂鬱そうだ。

コリンナ嬢とは嫌なタイプだ。だが貴族らしい。


「あなた、よくそんな方とお付き合いできるわね。今は物理的に離れているし、ある程度お付き合いの距離はとれるのではなくて?」

「兄達は年上だし上手くあしらえるのですが、僕は年下で、生まれた時からそうだから……」


これは刷り込みか、恐ろしい。

か弱い女を装って周りに責任転換する。いや、装うのではなく本当にそう思っているのだろう。自分で動かずに逃げて、己に都合のいい言葉を吐く。そのうちそれが本当だと思い込むのだ。

自分が信じたいことが真実だと、言い張る典型ではないか。

クルトは幼い頃から、彼女の尻拭いをさせられていたという。

アレンの一番嫌いな貴族だ。


「それで今までよく問題が起こらなかったわね。婚約してらっしゃるの?責務は?」

「婚約は、ヴォルフガング様とのことがあってからは……ずっと家に閉じこもりきりで、たまにお茶会に行くくらいでした」

三年前まではそうだったが、今は分からない。だが手紙の様子では変わらないだろう、と。

流石に貴族間で、そんな礼儀知らずを娶る男はいないとか。

ヴォルフガング様が婚約するから、というクルトの悲痛な叫びは、お陰で余計に彼女から泣き言の手紙が増えたのだという、恨み言だった。

自分は家から出られないのに、そんな目に合わせたヴォルフガングは婚約者を作ってのうのうと暮らしている。


「嫌だわ。仕事も結婚もしない、貴族の義務を果たさないのに、あなたを顎で使うなんて言語道断ね。伯爵も何をやっているのかしら」

「彼は娘の事になるとな」

「獅子身中の虫です」

「いやそこまでは……伯爵は多少気散じ気味ではあるが、悪い人柄ではない」

臨戦態勢に入っているアレンを、ヴォルフガングが宥めるように手を握る。

そんな、いつものヴォルフガングとは違う様子に、クルトはポカンと口を開ける。


「ヴォルフ様、どんな対応をなさったら、そこまで恨まれるんですか?」

ヴォルフガングが何かを仕出かしたとは思わない。それでも、片方だけの話をきくのはフェアではない。

「何もしていない」

「なるほど。何もしてないからですね」


評判やクルトの話で、ボーテ伯爵令嬢の人となりはなんとなく掴めた。ヴォルフガングにちやほやされなかったから、プライドが傷ついたのだろう。アレンに言わせれば安いプライドだ。


「だいたい分かったわ。ボーデ伯爵令嬢が未だにヴォルフ様に逆恨みをしていて、私に明後日な嫌がらせをしたということね」

おおかたヴォルフガングと婚姻すると、嫌な目にあうとでも思わせたかったのだろう。そして婚約破棄させて、やはり銀の悪魔は人から忌避される存在なのだ、とでも言いたかったのだ。

ところがどっこい。こちとらどんな目にあおうとも、ヴォルフガングと婚姻出来ない方が嫌だ。

婚姻できない憂いを持つくらいなら、婚姻した後の憂いをやり返して生きる。


「ヴォルフ様!私は何があってもヴォルフ様と結婚しますからね!」

「ん、ああ」

「自分がヴォルフ様の魅力に気づかなかっただけのくせに、未だに婚約者が出来ない事を逆恨みするなんて愚かしいです。っていうか、そんなんだからマティアス様にも袖にされたんですよ!いい気味だわ。マティアス様グッジョブ!おまけにクルトに責任を負わせるなんて。クルトもクルトですよ!いつまでも言いなりになるんじゃありません!」

「す、すみません……」

「あなたそんなんじゃ、そのうちいいように使われて責任どころか罪をきせられて極刑にでもなるのではなくて?そうなったら、ペルニー家に温情も何もないわよ?」

「……すみません」

自分でも分かっているのか、クルトは頭を上げられない。

確かにその通りだ。刷り込みもあるが、幼馴染の"お嬢様"に反論するのが面倒だった。

アレンには悪いと思いつつ、諦めていた。

ヴォルフガングには、この三年よくして貰ったのに。騎士が向かないと自分でも分かっていたけど、それでも騎士を目指したのは、幼い頃から武勇伝を聞くヴォルフガングに憧れていたからだ。


彼は騎士向きでは無いクルトにも、真摯に対応してくれた。諦めろとは言わずに、補佐の方で力を発揮してほしいと転職を勧めてくれたのだ。

成人してからは、一人前として尊重して貰った。それを思えば、幼馴染の我儘など取るに足らないことなのに、申し訳が立たない。

「それでクルトは?あなたは私が嫌い?」

「え、いえっ!そんなことは……、アレクサンドラ様にもよくしていただいてます」

「じゃあいいわ。ヴォルフ様」

「ああ」

頷き合う二人に、クルトは不安が隠せないが、彼の処遇は追ってということで、その場は一旦お開きになった。

イリナに先導されてクルトが出て行くと、アレンはヴォルフガングに向き直る。


「ヴォルフ様、申し開きはございますか?」

「クルトの事だな。あなたをダシにした訳ではないと言っても信じないか」

「ヴォルフ様はクルトに信用があったのでしょう?彼に選択肢を用意した訳ですね」

「あなたに下手な人物はつけたくない。クルトはあなたの好み……ん、まあ裏目に出てしまったな」


何か言いかけたヴォルフガングだったが、咳払いしてごまかした事にアレンは気付かない。


「親の心子知らずですねえ」

「親……まあ預かっているからそうなるか」

「ヴォルフ様は本当にお優しいんだから。もっと怒っていいんですよ?よくも信用を裏切ったな!とか」

「私が彼の信用に足る人間ではなかったんだろう」

「もう!そういうことではありません!」

全く、どうしてそういう結論になるのか。

ヴォルフガングは優しすぎる。特に懐に入れた人物には。だから自分を卑下する方向にいくのだ。


「私はヴォルフ様を信用してますし信頼しています。これからだって信じてるし、頼りますよ。彼に誠実に対応していたのだって分かります。人というのは、足りなくてもいいんです。少しでも同じであろうと励む事が重要なんです。だからヴォルフ様の信用されようという努力が足りないのではなく、彼の信用しようとする努力が足りないのです。ヴォルフ様は悪くないです」


アレンが一息に言い募ると、ヴォルフガングは驚いたように眼を見張る。

「あなたは本当に、随分と私を買ってくれているんだな」

「私は自分の目で見て、耳で聞いた事を信じます。私がヴォルフ様を買ってるというのでしたら、私にそう見えてるヴォルフ様の在り方のおかげです。あら、やっぱり結局ヴォルフ様が素敵なんだわ」


ね?と同意を求めるように微笑むアレンに、ヴォルフガングの胸が締め付けられる。

戸惑うヴォルフガングに、アレンが思い出したように手を差し出した。


「ヴォルフ様、私の宝物を返してくださいな」


ニコニコと笑うアレン。宝物とは先程のブレスレットの事か、とヴォルフガングは胸ポケットに入れたままの装飾品を取り出した。

差し出されたままのアレンの腕を取り、手首にブレスレットを付ける。

こんなに細くて華奢なのに、彼女は何故こんなにも強いのだろうか。


「アレン」

「はい」

「嫌なら拒否してくれ」

「はい」

「抱きしめてもいいだろうか」

「はい、喜んで」


アレンが驚いたのは一瞬、すぐに満面の笑顔になって両手を広げて見上げてくる。

ヴォルフガングはそろりと彼女の背中に腕を回し、細い肩を抱きしめた。

細くて柔らかくて温かい。甘い香りが鼻腔を擽り、安心感がヴォルフガングを満たす。

アレンの髪に顔を埋めたまま、ヴォルフガングは囁いた。


「あなたがいてくれて良かった」


この時、ヴォルフガングはアレンこそ宝だと実感したのだった。

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