20.従者が付きました
流れでケヴィンと和解の様なものをした翌日、彼は王都へと戻って行った。滞在期間は三日だが、移動を入れるとギリギリ十日間の慶弔休暇だったらしい。
アレンとしては、何もそんなに無理して帰ってこなくてもいいのでは?とは思ったが、何としてでもアレンに物申したかったのだろう。
お陰でヒロインとのアレコレは置いておいて、ヴォルフガングとの婚約は納得して貰えたようだ。
ケヴィンと一緒にブルクハルトも王都へ向かった。これから社交シーズンが終わるまでの間に、王都の騎士団に指導するのだとか。
と、いうわけで。
現在クライスナー邸にはアレンとヴォルフガングの二人きりである。
執事も使用人もいるのだが、彼らは常に空気のように振舞ってくれるので実質二人きりのようなものだ。
アレンとしてはこれを機に、更にヴォルフガングとの仲を進展させるぞ!っと意気込んでいたのだが、そうもいかなかった。
婚約中とはいえ、婚姻前の男女の醜聞は憚られる。お互い成人しているし、今では婚前交渉禁止なんてほとんど建前になっているが、やはり褒められたものではない。おまけにヴォルフガングは、絶対手なんて出してこない。
手どころか、エスコート以外の接触が皆無だ。
紳士だと思う反面、アレンに触れたいと思うほど、心を寄せてもらえてないのだと実感する。
寂しい。正直寂しい。
ヴォルフガングとはいい関係が築けているとは思うが、役割としての関係ではなく、男女の仲になりたいのだ。変な意味ではなく。
婚姻してしまえばこっちのもの。触れ合っていれば愛情なんていくらでも育つ!とは言ってみたものの、その触れ合いがなければ育つものも育たない。
考え込みそうになった時は、別館へと頭を切り替えた。
敷地内に建設中の別館、アレンとヴォルフガングの新居の改装だ。
邸は女主人が取り仕切るものなので、内装や調度品の指示をしなければならない。ヴォルフガングからは好きにしていいといわれているので、アレンの腕の見せ所だ。
個人的には木を使用して重厚な雰囲気にしたいのだが、別館といえど要塞も兼ねているのでやはり石造りか。
別館は二階建てで、二階の奥にアレンとヴォルフガングの寝室、それを挟んでそれぞれ左右にアレンの部屋とヴォルフガングの部屋になる。他は客間だ。一階は住込みの使用人達用となる。
ヴォルフガングの従者はともかく、アレン付きの侍女は今だってイリナしかいないし、今まで通りでいいと思うのだが、次期クライスナー夫人となるとそうもいかないらしい。
「寝室は目に優しい色合いがいいけど、エッグシェルかオパールグリーンかしら。ヴォルフ様は青と緑が好きだからやっぱりオパールグリーンね」
「ではそちらで手配しますね」
「ありがとうクルト。ただ、オパールグリーンをもう少し薄く出来ないか相談してもらえる?」
「畏まりました」
クルトと呼ばれた青年は、作業中の手を止めてアレンの元へと走り寄ってくる。
壁紙の色見本を開くアレンの手元を、側から覗き込んだ。
青年はクルト=ペルニー、子爵家三男だ。13歳で騎士団に入団、元は騎士見習いだったのだが、あまりにも向かなさすぎてクライスナー家でヴォルフガングの執務補助を行っていたらしい。
現在16歳になる彼は、年の割には細身で華奢だ。アレンより背も低い。薄茶色でサラサラの髪に丸くて大きな青い瞳。騎士の訓練についていけない事はないが、体力仕事より数字に強く、性格も大人しくて文官向きだ。
アレンが色々と動きだしたら、ヴォルフガングがアレン付きとして護衛も兼ねて勧めてくれた。
というわけで、ここ数週間でアレンも立派な従者持ちだ。
別館での仕事が済んだら、今日は孤児院だ。
ヴォルフガングに許可を貰って、教会と孤児院を定期的に訪問する事にしている。ついでに神父からは、領地内の特産や領民の気質などを聞いている。彼はブルクハルトの友人というだけあって、中々目線が鋭い。
それから、助けてくれた農夫一家にもたまに顔を出している。お陰でそちらとは、友好的な関係を築けている。
農夫はホルガーといい、一家は大きな農園の責任者でもあるので、アレンがいくつかやってみたいと思っている農園改革には、じわじわとホルガー一家を巻き込みつつある。
孤児院への差し入れを準備して、身支度を整えたら最後にブレスレットを忘れずに付ける。
ヴォルフガングから贈られたブレスレットは、どこに行くにも必ず身につける事にしているのだ。
側にいなくても必ず一緒。うん、恋する乙女っぽい。
馬車での道中、ニヤニヤしているアレンにイリナは慣れたものだが、クルトはビクビクしていた。
なんだその態度は。失礼な。
とはいいつつ、クルトはヴォルフガングの補佐だった割には彼に恐怖心を抱いていないようなので、アレンの中では評価は高い。
「ヴォルフガング様はお優しいです」
「銀の悪魔なのに?」
「それはただの通り名です。ご本人はお優しく、誠実な方だという事はみんな分かってます。僕は、情けない事に騎士には向いてなくて、解雇されても仕方なかったのに、クライスナー家で執務補佐として雇っていただけて、感謝しています」
「最初から文官は目指さなかったの?」
確かに細くて、大人しげな性格は騎士には向いてないだろうが、読み書きは達者だし数字にも強い。事務方向での職はなかったのだろうか。
「昔から、ヴォルフガング様の話を聞いていたので……同じ職を、と……」
困ったように眉を寄せて、頰を赤らめるのは何事だろう。
恋敵か。恋敵なのか。
まさかの伏兵だ。この国では同性婚も可能だけれど、そこまで数は多くない。
クルトはしっかり男性に見えるけれど、年齢の割には可愛いタイプだ。
「クルト、あなたにはお世話になっているけど、ヴォルフ様は譲れません」
「違います!」
「お嬢様……」
「あらだってイリナ、ヴォルフ様は情に厚いもの。慕われたら揺らいでしまうかもしれないわ」
「ありえません」
「違います!本当に違います!!」
真っ赤になって慌てるクルトに、アレンは微笑む。
「そう?よかったわ。クルトとは仲良くしたいと思っているの。ヴォルフ様が勧めてくれた、有能な従者ですものね」
アレンの言葉に、クルトは恐縮したように縮こまる。成人男性がこんなに可愛いくていいのだろうか。
実際、クルトを連れて街を回っていると、若い女性の視線が集まるのだ。
子爵とはいえ貴族、領主家の護衛兼補佐で身なりもいいし、可愛い顔をしている。
アレンの好みではないけれど、男女共にモテそうだ。
もしかして、ヴォルフガングはアレンの好みじゃないから護衛兼従者につけてくれたのだろうか。だとしたら、少し嬉しい。
ヴォルフガングに限ってそんな甘い指示はしないだろうが、夢を見るのは自由だ。
「お嬢様、孤児院に着きましたのでお顔を整えてください」
「そこは普通身なりを整えるのではないの?」
相変わらずイリナは厳しい。
馬車から降りると、アレンに気付いた子供達が駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん!」
「アレクサンドラ様だ!」
「いらっしゃい!」
「ごきげんよう。みんな怪我や病気はしてないかしら」
子供達はアレンの手を引いて室内へと足を向ける。孤児院を訪れた最初は警戒されたが、何度か通ううちにすっかり打ち解けた。
室内にいた院長達が迎え入れてくれると、アレンはいつものように差し入れを手渡す。
心ばかりではあるが、寄付はアレン個人の貯蓄から出している。エーベルにいた時に稼いだ金だ。まだアレンはクライスナー夫人ではないし、ヴォルフガングは気にしないだろうが格好つけたいではないか。
しかし現在ではまだ痛くもない懐具合だが、貯蓄を切り崩すのではなく、近いうちここでも先立つ物をためなければ。
「アレクサンドラ様、これもう読んじゃった」
「俺も。他に本ないの?」
「あら、カイもマルコも優秀ね。じゃあ次はこれ。少し難しいわよ。最後まで読めるかしら」
「読めるよ!どんな話?冒険がいいなー」
「俺は騎士の話がいい!」
カイもマルコも12歳の少年だ。
カイはアレンの紹介で、たまにホルガー農園に手伝いに行っているが、マルコは勉強が好きなようで、アレンが来た時には本と読み書きを習いたがる。
孤児院で年長なのは12歳の子だ。そろそろ働きに出てもおかしくない年だし、数人の子供達もそれを望んでいる。今でも12歳より下の子も農場でお手伝いをしているくらいだ。
それでも、できるだけ子供達には教育を受けさせたい。
本を持ち込んで、簡単な読み書きはアレンやボランティアが行っているが、この世界は本が高いのだ。識字率はそこまで低くはないが、日本でいうところのひらがなレベルなのでやはり十分ではないと思ってしまう。
それに、孤児といっても文官に進みたい子もいるだろう。せっかくアレンがここにいるのだから、できるだけ就職先の選択肢はひろげておきたい。
クライスナー領の孤児は、ほぼ戦争で親を亡くした子や、土地も職も失った者が泣く泣く手放した子、所謂戦災孤児だ。
ブルクハルト達のお陰でそれほど痛手はなかったが、全くの無事というわけでもなかった。
それ以外にも、アレンが頭を悩ませる所は多いのだが。
「ホラみんな、アレクサンドラ様がお菓子をくださったわよ。手を洗ってきて」
院長が声をかけると、子供達は歓声を上げて我先にと水場へ走る。元気な姿は微笑ましい。前世で子供は特に好きでも嫌いでもなかったが、この世界の子はみんな可愛い。慕ってくれるのだからなおさらだ。
「アレクサンドラ様も食べる?」
「私はいいわ。ラーラが食べて」
ラーラは7歳になったばかりの女の子だ。鼻のソバカスが可愛い。一人で食べるのに気がひけるのか、アレンに分けようとしてくれるのはありがたいが、一人一個のパウンドケーキは分けると取り分が少なくなってしまう。
アレンは試食で散々食べているし、心置きなく味わって欲しいのだが、寂しそうに見上げられては遠慮し辛い。一人だけ食べないアレンを気遣う優しい子だ。
仕方がない。ヴォルフガング用に作っていた物を食べるか。
「私の分もちゃんとあるから。それはラーラのぶんよ」
バスケットから残りのパウンドケーキを取り出すと、アレンはそれを一口。
したところで、口内に異物を感じた。
(……痛った、噛んじゃったわ)
慌ててハンカチで口を押さえて、子供達を見回すが、既に食べきっている子供達は特に異変もなく、みんなご機嫌だった。
アレンの様子に気づかれた風でもない。ラーラを見ても、彼女はニコニコとパウンドケーキを食べきった後だ。
口の中にある、ゴロリとした感触はやはり小石だ。少し鉄臭い。何故石が?調理する時は衛生管理に充分配慮しているはずなのに。
既に食べ終わった子供達を不安にさせないよう、院長にだけ具合の悪くなった子供がいたらすぐに知らせるように告げ、用事があるからとアレンは早目に孤児院を後にした。
閑話的に読んでもらえれば




