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18.配達しました

「どうしてこんな事になっているのかしら?」


教会へ向かう馬車に揺られてアレンは首をひねる。

アレンの隣にはイリナが座り、そして正面にはケヴィンが座っている。

何故ケヴィンがいるのか。まだ王都へ帰っていなかったのか。そもそも、アレンの護衛としてケヴィンがいるのが不可解だ。

ケヴィンにとってアレンは天敵であるはずなのに、その対象を護衛なんて出来るのだろうか。仕事は仕事だが、アレンを見るケヴィンの表情から公私の区別が付いているとは考えにくい。


「ヴォルフ様ってもしかして私のこと嫌いなのかしら?」

「ありえません」

「だってなんで?護衛を付けてくれたのはヴォルフ様よね?」

イリナの耳元で訝しげな顔をするアレンだったが、イリナは彼が本来命じられた護衛と、交代するようヴォルフガングに直談判していたのを見ている。

この期に及んで、まだ主人に危害を加えようとするのなら、イリナとて黙ってはいないが、ヴォルフガングが許可したのならば何も言わない。


余程の事がなければ静観する事と、後程報告をするように、ヴォルフガングからも言われている。


思うに、ケヴィンが帰るまでの間に、なにかしらクライスナー家で動きがあるのではないだろうか。

イリナは完全にアレン寄りだが、それを踏まえても今回のケヴィンの有り様はマズイ。

本日の態度次第では、彼の進退が決定するかもしれない。


車輪の音だけが響く馬車の中、アレンはイリナの隣にあるバスケットを確認する。

今日は教会へ行って、昨日のお礼とお詫びをするつもりだ。神父だけでなく、一緒に教会までついてきてくれた農夫達の事も気になっていた。何か話が聞ければいいのだが、また農場までいくのはヴォルフガングが許してくれないかもしれない。

その後は騎士団の訓練場にも行くつもりだ。

その為に朝早くから色々と用意していたのだから。

この際ケヴィンの事は置いておいて、楽しい事だけを考えようと思っていたら、不意に向かいのケヴィンから声がかけられた。

「お前……」

「お前って誰かしら」

「エーベル嬢!」

「なんでしょうか、クライスナー様?」

あからさまなアレンの作り笑いに、ケヴィンの顔が歪む。あれだけの事をしておいて、ただで笑って貰えると思うなよ。

スマイルゼロ円などというが、店員が笑っていたら時給が発生しているではないか。タダより怖いものは無いと、守銭奴のアレンはよく分かっている。


「本当に兄上と結婚するのか?」

「もちろんですわ」

「兄上だぞ?」

「ええ、ヴォルフ様ですわね」

「結婚してから、止めるなんて……」

「待ち遠しいですわ。ヴォルフ様ならどんな装いもお似合いでしょうけど、やっぱり白いタキシードが素敵ですわね」

アレンに台詞を遮られ、唖然とするケヴィン。何が言いたのか分からないが、結婚を止めるなどという不吉な事は言わせない。


「……本当に兄上が、す、好きなのか?」

「あら、そんな事淑女に聞くものではありませんわよ」

「……誰が淑女」


ゲンナリした表情のケヴィンだが、一昨日よりは多少アレンと会話する気があるようだ。気を取り直したようにアレンを見据える。

「あの、兄上だぞ」

またか。

くだらない二つ名と噂に、身内まで翻弄されているらしい。いや、ケヴィンのみか。馬鹿みたいな話を聞く気はないけれど、ヴォルフガングの事を語っていいなら語らせて貰おうじゃないか。

「ええ!あのヴォルフ様と結婚だなんて、夢のようですわ。輝くような銀の髪にスピネルの瞳は宝石そのもので!声も低くて落ち着きます。笑うと可愛らしいところも魅力的ですわ!それにとってもお優しいの!エスコートはスマートだし、ダンスもお上手であの足さばきはずっと見ていたいですわね。でも見てるだけより一緒に踊れた方が、断然嬉しいんですけど!お若いのに騎士団の隊長も担っていて、本当に優秀なんですのね」

「……本気か」

「今まで婚約者がいなかったなんて嘘みたい。ああ、でもそのお陰で私が添い遂げられるんですもの。神様っているのね」

その後、教会に着くまでアレンのヴォルフガングへの賞賛は続き、向かいのケヴィンと従者は顔が引きつっていた。

ああ、好きな人の事をこんなに語れるなんて、なんて幸せなのだろう。







「こんにちは、アレクサンドラ様」

「こんにちは、神父様。昨日はありがとうございました」


教会に着くと、疎らだけど人がいた。領主の馬車が教会の横に止まるとさっそく注目を浴びたが、気にせずアレンは中へと進む。

戸口では、神父のレオポルト=バルテルがアレンを迎え入れてくれた。

このシュポア教会は、クライスナー領で一番大きな教会だ。レオポルト神父は、こちらに赴任してもう二十年、神父を務めているという。ブルクハルトとも懇意らしい。


「本日は、ご連絡を頂き安心しました」

「もちろんですわ。こちらはご迷惑をおかけしたお詫びと御礼です」

「ありがとうございます」

アレンからバスケットの中身を受け取り、神父は深い微笑みを浮かべる。

柔和な笑みを浮かべたレオポルトは、外見とは裏腹に中々いい性格をしている。このくらいでなければ、ブルクハルトとはやっていけないだろう。


手早く礼拝を済ませ、中を観察する。中央奥に大きな十字架のモチーフと、その背後にステンドグラス。壁の両方は上から三分の一が擦りガラスで光を取り込めるようになっている。

両サイドに長椅子が置かれ、日曜はミサもある。

大き目の教会は、清潔感と清廉な空気がとても心地よかった。

礼拝に来る人々の表情や態度もとても真摯だ。

ここで、ヴォルフガングと式を挙げるのか。

ついにやけそうになって、イリナに肘打ちを食らった。辛い。


「とてもいい教会ですね」

「ありがとうございます。式はどうなさるおつもりですか?日程などはまだ?」

「ええ、今日はご挨拶に伺っただけですの。領内の事もまだ把握しきれていなくて。宜しかったら神父様にもお話しをいただければと。教会でのお話はためになりますでしょう?」

「それは嬉しい限りです。私でよければ」

領地と教会は切ってもきれない。手っ取り早く把握するなら、概要だけでも教会で民の在り様を聞くのも役立つ。

一番大きな教会で、しかも長く務める神父とあれば、懇意にしない理由はない。ブルクハルトとも付き合いが長いとなれば、一筋縄ではいかないだろうが、そこはまあおいおい。


「あの、迷子の子供はどうなりました?」

「ご心配ありがとうございます。騎士団の元、無事にご両親に引き渡されましたよ」

「そうなんですね!よかった。あ、あの時私と一緒に来た方……」

「あ!お嬢さんじゃないか!」


突然、背後から声がする。振り向くと、昨日の農夫の男性が立っていた。隣には、あの時の青年と年配の女性もいる。親子だろうか。

「まあ!昨日の!昨日はありがとうございました!お陰で子供は無事だったそうですよ!」

「ああ、そりゃよかった……て、お嬢さんその格好、表の馬車も……もしかして……」


今日のアレンは、昨日の村娘と同じような簡素な格好ではない。外出しやすいが、きちんとしたドレスで着飾っている。

アレンが早足で駆け寄ると、三人は呆然とした顔のまま、アレンに見入っていた。


「そうだわ、申し遅れました。私アレクサンドラ=エーベルと申します。ヴォルフガング=クライスナー様の婚約者としてこちらにお世話になっておりますの。よろしくお願います」


「えーーー!!!!」


一瞬の沈黙の後、教会内に響き渡る驚きの声。

夫婦は驚きに目を見張り、青年はアレンと馬車を見比べている。ただの村娘だと思ってた相手が貴族だったら、やはり驚くだろう。

そう思っていたが、どうやらアレンの予想とは違う驚きだったようだ。

「あんたっ、ヴォルフガング、クライスナー、って、りょ、領主様の、ご子息の」

「ちょっとあなた!貴族の方にそんな言葉っ……!」

「ああ、すんません!」

「気にしないでくださいな。私はあなた達に助けてもらったんだから。本当にありがとうございます」

「っ、ていうか、お嬢さん、ご子息の婚約者って……!あのっ……!?」


銀の悪魔の。


最後まで言わなくても聞こえる気がする。

ううーん、根強い。

ここはひとつ、二つ名の払拭に尽力しようじゃないか。


「はい!金貨の騎士の婚約者です!」


ニッコリ笑うアレンに、周りの人間は口を大きく開けて呆気にとられる。

いつの間にか、先ほどよりも人が増えてた中での、金貨の騎士宣言。領主であるクライスナー家の馬車で乗りつけたのが良くなかったか。目立ってしまったようだ。


「金貨の、騎士……」

「はい。ヴォルフガング・クライスナー様ですわ!笑った顔が金貨のように輝く微笑みなんです!とっても素敵なんですよ!私、ヴォルフ様の婚約者なんです!よろしくお願いしますね」


更に満面の笑顔を浮かべて、爆弾を投げるアレンに、周囲の人々は反応出来ないでいる。ただ一人、神父だけが腹に手をやって、腰を屈めているのが見えた。

腹痛か。肩が震えているのが隠せていない。


ポカンとしたまま、未だに戻ってこれない周囲の人々に挨拶をして、アレンは神父と一緒に移動する。

道を挟んだ先に孤児院もあるというのだ。今日は時間がないから少し顔を見せるだけ。

イリナに先程のバスケットから、お菓子と少しの寄付を渡してもらい、教会を後にした。




騎士団の訓練場についた頃には少し昼を回っていた。

ヴォルフガングはもう休憩に入った頃だろうか。少しばかり社畜気味なところがあるので、休みはちゃんと取ってもらいたい。


受付に声をかけると、最初にアレンが訪れた時にいたのか、名を告げるだけで通してくれた。二人いたうちのもう一人が先に執務室へと向かい、アレンが来る頃に扉の前で待っている。

騎士が扉を開けてくれたので、ケヴィンの次にアレンが入った。

ヴォルフガングは立ち上がり、驚いた顔でアレンを見る。

「ごきげんよう、ヴォルフ様!お昼は済みましたか?」

「まだだ。どうしたんだ?教会は?」

「昼食を持ってきました!良かったら召し上がってくださいな」

「昼食?」


アレンが後ろに控えるイリナに目配せすると、イリナがバスケットを抱えて隣に並ぶ。


「野菜とジンジャーポークです!お口に合うか分かりませんが、宜しかったら召し上がってください」


籠の中身はサンドイッチだ。パンを焼いて、野菜を挟んだものと生姜焼きにした。サンドイッチというよりクラブハウスサンドだが、こちらの世界は既に焼いてるパンを更に焼くという習慣がないので説明するのに苦労した。

甘辛いソースや、普段は臭みを取るだけで捨てられる生姜を、おろしてソースと肉に絡めるというものも無かったので、料理人に作って貰うのにも時間がかかったが、出来栄えは中々のものだ。試食して料理人達からの味の評価も合格点だ。

クライスナー家はイルガ夫人以外は全員がかなり食べるので、多めに持ってきたが大丈夫だろう。

「ジンジャーポーク?」

「豚肉にソースと生姜を絡めて焼いてます。あ、もちろん調理は料理人さんに任せましたし、私はレシピを紹介してお願いしただけですので、味の保証はしますよ。マティアス様、クライスナー様の分もありますのでどうぞ」

「え、俺もですか?」

「昨日のお詫びですわ」

不思議そうに見ていたマティアスの目が喜色を浮かべる。美味しそうな匂いはしていたので、興味があったのだろう。

昨日は醜態を晒してしまったし、自分のせいで騎士団が動くところだったのだ。お詫びと口止めをしておこうという、アレンの下心でもある。

「私もお詫びか?」

ヴォルフガングの苦笑に、アレンが小さく吹き出した。

「まさか!ヴォルフ様のぶんは愛妻弁当ですわ!」

「……愛妻」

「……弁当」

「はい!本で読んだんですけど、東の小国では妻が自ら厨房で料理をするそうなんです。仕事に行く夫に作る携帯食の事をお弁当というらしいですよ。それを愛妻弁当と呼ぶのですって!だからこれはヴォルフ様への愛妻弁当です!まだ婚姻はしてませんけどね!気持ちの問題です」


本で読んだという言い訳はとても便利だ。よくある異世界転生ものでも、日本文化風の国は出てきた。実際この世界にも東の小国はある。

ただ、愛妻弁当といいつつ弁当を流通させる気はない。この世界、冷蔵庫も保冷剤も保冷バッグもないのだ。暑い時期に弁当は危険が伴う。昼はどうしているかというと、家に食べに帰るか、食堂に食べに行くか、買いに行くかである。

なので、気候の許される時期になら、たまに作るにはいいかもしれない。


アレンがニコニコと上機嫌で言い募る間、正面のヴォルフガングは口元に手をやって横を向いているし、マティアスは俯いて肩を震わせている。

笑うくらいなら冷やかしてくれ。

愛妻弁当なんて自分で言うのもどうかと思うが、誰も言ってくれないのだから自らアピールするしかない。

恋愛に鈍感なヴォルフガングには、兎に角押すしかない。

やりたい事は正直に言う。その際考えている事も過不足なく告げる。じゃないと、ヴォルフガングは後ろ向きに勘違いしそうなのだ。

しかし、いるともいらないとも反応してくれないヴォルフガングに、アレンは気持ちが萎えてくる。


「ヴォルフ様こういうのお嫌いですか?ご迷惑ですか?食べる気にならないなら持って帰ります」

「食べる」

上目遣いでヴォルフガングを伺うと、すぐさま返事が来た。子供みたいな言い草に、アレンが驚きで瞬きすると、微かに耳の赤いヴォルフガングが慌ててバスケットを受け取った。

「あ、いや、いただこう。ありがとう」

「はい!」


ソファセットに並んで座ると、使用人とイリナがお茶を用意してくれる。向かいにはケヴィンとマティアス。ケヴィンはヴォルフに促されて渋々だったが、マティアスは「愛妻弁当なら俺は遠慮した方が」などと軽口をたたいていた。いいぞもっとやれ。

しかしそれも、パンを取り出すと全員目が釘付けになる。

こんがりと焼き上がったサクサクのパンに、新鮮な野菜と玉子とハム、もう一種はレタスに挟まれた豚肉と食欲をそそるジンジャーソース付きだ。


「ナイフとフォークでどうぞ。食べにくかったら手で持ってください。ジンジャーポークはソースが落ちますから気をつけてくださいね」


「ん」

「うっ、ま!え、何これ美味っ…!」

「…!」


三者三様ではあるが、手が止まらない反応を見ると、気に入って貰えたようだ。


(美味しいのよね、生姜焼き。こっちは醤油も味噌もないから、ある調味料でなんとか納得できる味になったけど、もう少し好みの料理が食べたいなぁ。日本食とは言わないけど、味噌汁飲みたい)


お米はある。ただ日本で食べていた米より、少し細めで水分が少ないのだ。イタリアンには合うかもしれない。

「これ、何ですか?」

既にひとつ平らげてしまったマティアスが、添えてあった芋にフォークを刺す。

芋だ。ただし、皮をつけたままウェッジカットにして油で揚げている。最後に塩を少々。

細長いポテトも美味しいけれど、騎士だから食べ応えがあるものがいいだろうと、厚めのポテトを選んだ。

こちらは揚げ物料理も揚げる調理法もないようなので、それも説明するのに苦労した。そのうちカツサンドでも作ろうと思う。


「ジャガイモですわ。油で揚げてます。口休めにいいですよ」

「芋!?これが?うわ、これも美味い…!」


(そうでしょうとも。油で揚げると美味しいのよね。ただしカロリーが怖いけれども。美味しいは正義よ)


感動するマティアスを微笑ましく見ながら、ふとヴォルフガングを伺うと、手掴みで食べている生姜焼きのソースが、零れ落ちそうになっていた。咄嗟にハンカチを顎に添える。

「ヴォルフ様、ソースが」

「ん、すまない」

「ふふ、いかがですか?お口に合いました?」

「ああ、とても美味しい。あなたは凄いな、こんな調理法を知っていたのか」

「本で読みましたの。あ、袖についてしまいますわ。失礼しますね、少し袖を捲ります」

ポークサンドを食べるヴォルフガングはそのままに、横から邪魔にならないように、彼の袖のボタンを外し、少し折り曲げる。甲斐甲斐しいアレンの様子に、ケヴィンはウンザリした顔をした。馬車での話を思い出したのだろう。マティアスは、仲睦まじい二人の様子に砂を吐きそうな表情だ。


楽しい。

ヴォルフガングを見ながら、彼の世話を焼けることがこんなに楽しいとは思わなかった。

基本的にこちらは男性優位だ。それはもう、しきたりだとか歴史だとか、立場と責任の問題なので仕方がない。ただし、前世のように意味不明な所で男尊女卑ではないだけまだマシだ。きちんと女性の尊厳も保たれている。

それでも、結婚すれば母親でもないのに、夫となる者の世話をせねばならないのか、とアレンはその部分でも結婚したくなかった。貴族なので、いつかはその役目を果たさねばならないとは分かっていたが。

だが、相手が恋するヴォルフガングなら、いくらでも世話したい。むしろこんなに至近距離で見つめられるのなら、させて欲しい。


ニコニコと微笑みながら、ヴォルフガングを見つめ続けるアレンと、彼女の行為を当たり前に受け入れているヴォルフガング。

これで政略結婚なんて嘘だろう、という空気が執務室に蔓延していた。

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