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17.尋ねました

短い

「そういえば、ヴォルフ様は私と会う前にどうして詳細を聞かされていなかったのでしょう?お聞きしてもよろしいでしょうか?」


何故もっと早く詳細を説明されなかったのか。そうすれば、話は今よりスムーズにいっていたのに。

最初の喧嘩だって、それが元での先入観で起こっている。


「それは、祖父の考えだから私からはなんとも言えない。あなたとの婚姻の意思を示したら、やっと調査書やエーベル卿とのやり取りが出てきたくらいで」

「ブルクハルト様ですか……」

「祖父も、何を考えているのか」


そう言えば、ブルクハルトとはきちんと会話する機会を設けてないな、と今になって気付く。

勿論、婚約が決まってから改めて挨拶やお礼はしたし、時間が合えばサロンで同席した事もある。

見た目は確かに厳ついが、話すと気の良い方だ。アレンへの慈悲も納得できる。だから余計に覚えていないのが申し訳なかった。

だが、婚約に関しては、ひとつも話が出ていない。

ただ、その時の会話がヴォルフガングの幼少の頃や、戦場の活躍等で、アレンもすっかりそちらに気を取られていた。


「私、ブルクハルト様に幼少の頃お会いした事があるそうです」

「祖父は部下の家にもよく招かれていたからな」

「ええ、でも私、失礼ながら記憶になくて」

「子供の頃なら仕方がない」

覚えていたら、ここに来る事も意味が違ったんだろうけど、それでもきっとヴォルフガングを好きになるのは変わらなかった。

それどころか、ヴォルフガングの噂だってちゃんと把握して、もしかしてもっと早くから彼を追いかけていたかもしれない。

だけどあの時は、ちょうどアレンが前世を思い出すに至るアレコレがあったばかりで。

前世を思い出したから、知識や経験を取り込んでゲームと同じエンディングを迎えずに、今ヴォルフガングと出会えてる。

だから、やっぱりこれで当たりなのだ。


「その頃のあなたも可愛いかったんだろうな」

「……っ!え、」

突然真顔でそう言うことをブッ込んでくるのは、免疫がないから困る。

赤くなる頰を抑えて、アレンも対抗した。

「でしたら、ヴォルフ様だって子供の頃から素敵だったでしょうね」

「それはない」

困ったような顔をするヴォルフガングに、アレンは首を捻る。

子供の頃はか弱かったりするのだろうか。でもそんな話はブルクハルトからは聞いていない。彼から聞いたのはー。


「私は昔からこれだ」


と、何事も無いような表情。

これとは、きっと噂による悪評の事だ。


ブルクハルトと話した時、騎士としては5割、人物としては7割くらいは"できている"と、年の割には高く評価していた様に思う。仕事が辛口なのは同職だから仕方がないとして、それでも鬼将軍にしては高評価だと思ったものだ。要するに彼も大層な孫馬鹿だ。決して表には出さないが。

子供の頃から同年代より頭一つ飛び抜けていて、真顔が標準。楽しくない訳ではないのに、それで誤解されていたのだと聞いた。


気にしない訳がないのだ。

悪意や好奇心、興味本位に晒されて、子供が傷つかない訳がない。騎士として戦争に参加してからは余計に。

アレンが兄の後を追って、領地に戻ると思い込んでいたのも、自分相手ならそれもあり得ると考えたのではなかろうか。もしくは今までにそんな輩がいたのか。


重ねられた悪意は希望を摘む。


ヴォルフガングは優しいから、自分に非があると思っている。

だからアレンを気遣ってくれた。


そういうヴォルフガングだから。


愛おしい、と思うのだ。


「あら、だったらやっぱり素敵だわ。私、ヴォルフ様が優しいって事ちゃんと知ってるんですよ?」

ニコニコと笑うアレンに、ヴォルフガングは眉間に皺を寄せて片手で目を覆う。

これは照れているのだ。

ああやっぱり、ヴォルフガングは可愛くて仕方がない。

抱きつきたいけど、なんとか堪えて微笑みを浮かべるアレン。表情筋が鍛えられている気がする。


暫く沈黙が流れた後で、ヴォルフガングが咳払いをした。仕切り直しのようだ。

「そろそろいい時間だ。休んだ方がいい」

「あ、ヴォルフ様。私明日は教会に行きたいです」

「教会?」

言うと、ヴォルフガングの片眉がピクリとあがる。

ええ、言いたいことは分かります。昨日の今日で、と仰りたいんでしょう。

「あの、神父様にきちんとお礼がしたいので。勿論従者も護衛もお願いします。イリナも一緒に行きますから」

「……」

「挨拶は、調印式の時しましたけどゆっくりできませんでしたし、改めて挨拶とお礼をしたくて。それに、教会まで行くのに助けてくださった方もいて、きちんとお礼がしたいです」

「絶対一人では行動しないと?」

「約束致します!」

アレンが背筋を正すと、ヴォルフガングはイリナに視線をやる。それを受けてイリナがお辞儀をすると、やっと許可がでた。

「送ろう」

「大丈夫です。それではヴォルフ様、おやすみなさいませ」

「ああ」


アレンが部屋から出るのを見送っていると、廊下の角を曲がる時に笑って小さく手を振ってきた。そのまま彼女の背を見送る最中、自然と自分の口角が上っているのが分かる。


扉を閉めてから、ヴォルフガングは冷えた紅茶を飲み干して、そのままソファに足を投げだした。

嘘はつかないと言ったが、アレンに言ってないことはある。


アレンと婚姻を結ぶと、祖父と両親に報告した時、ブルクハルトにはヴォルフガングからも確認していたのだ。

何故最初から事情を話してくれなかったのか。

身内の過失であり、さらには祖父が懇意にしていたかつての部下の娘。浅くない間柄で、無礼を詫びるには事情を明らかにした方が話が早いと言うのに。

のらりくらりと躱す祖父の、最後に言った言葉が印象に残っている。




『教えるとお前は逃げるだろう』




ニヤリと笑うブルクハルトに、二の句が告げなかったのは呆れたからだ。

親身になるならいざ知らず、何故逃げる必要があるのか。

誠意は尽くすつもりではあったが、身内の数々の無礼や己の評判の事もあり、相手が拒否するのならこちらから身を引くのは当然だ。無実の少女がただでさえ醜聞に晒されているのに、評判の良くない己の婚約者など、哀れだと思いこそすれ逃げるとは一体。


だが、今ならブルクハルトの言った事が分かる気がする。


ーーーヴォルフ様は何一つ間違っていない

ーーーヴォルフ様が傷つくなんてもっての外


ハッキリと言い切るアレンの言葉に、囚われると同時に自由になった気もするのだ。


ああ本当に、これは逃げられないのだな、と、生まれて初めて敵前逃亡したくなる敵軍の気持ちが分かった。

書き溜めてる

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