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13.拗れました

アレンとヴォルフガングがメインダイニングに入ると、アルノルトが案内されている所だった。ブルクハルト達も訪れたのだが、次にケヴィンが素直に来たのには驚いた。

ハンガーストライキでも起こすかと思いきや、流石にそこまで子供ではないらしい。

ジロリとアレンを一瞥し、すぐに視線を逸らす。やっぱり子供だ。

アレンがヴォルフガングを見上げると、彼も呆れて小さく肩を上げる。

それが凄く様になっていて、そんなリアクションもするのだ、と新鮮さにアレンはちょっとだけドキリとした。


(ヴォルフ様って、別にそんなに堅苦しい訳でもないのよね。真面目で誠実、厳しいけどそれは仕事柄でしょうし、会話も普通に出来るのに。本当に、粗野で乱暴なんてどこからきたのかしら)


言葉は相変わらず端的だけれど、キツイ物言いをするわけでもない。どちらかというとアレンの方がキツイ。近頃は会話していても、多少軽い言い回しをしたりする。慣れてくれたのだろうか。

表情は、眉間の皺は基本装備だとしても、どっかの騎士みたいにヘラヘラしてるより凛々しくて素敵だ。

おっと私念が。


相変わらずヴォルフガングを見つつ、夕食は当たり障りのない会話を挟んで終わった。

そのまま広間に移動すると、小さな楽団が入っていた。クライスナー夫妻が用意してくれたらしい。

婚約パーティーを絶対したかったわけではないが、こんな風に気を使って貰うと、ありがたくて少し涙腺が緩む。


「気に入らないか」

「逆です!嬉しいんです!泣くのは悲しいからだけじゃないんですよ?ヴォルフ様はそういうとこ、もうちょっと理解しましょう」

「すまない」

ヴォルフガングが謝ると、笑いが起きる。会話を聞いていたブルクハルト達が、微笑ましげに二人を見ていた。

「ご、ごめんなさい…」

「構わない」

アレンが赤くなって俯くと、ヴォルフガングからハンカチが差し出された。遠慮なく受け取りチラリと見上げると、ずっとアレンを見ていたのかヴォルフガングと目が合う。

困ったような戸惑うような、表現し辛い顔をしている。それがなんだか可笑しくて、アレンはへにゃりと笑った。

ヴォルフガングのこういう所が好きだなぁと思う。


和やかな雰囲気中、楽団の演奏に合わせてクライスナー夫妻が踊る。穏やかな夫婦で素敵だと思う。エーベル家は穏やかというより、賑やかなのだ。未だに両親揃って王都で社交界に引っ張りだこだし。

アレンとしては、ヴォルフガングとこういう夫婦になれたら理想だな、とそこまで思って恥ずかしくなった。

気が早い。

そりゃあ行く末はそうなりますけどね!

アレンが一人で頰を染めていると、視界に手袋をした大きな手が差し出された。


「得意ではないが」

「喜んで!」


ヴォルフガングの手を取りフロアに出たアレンだったが、得意とはなんぞや?という気持ちで踊っていた。

ヴォルフガングのダンスは上手いのだ。リードもしっかりしているし、足捌きが綺麗で、この長い足はどう動いているのかじっくり観察したいところだ。

身長差があるのに振り回される事もない。

得意じゃないとは、女性と踊る事が得意ではないという意味で、ダンス自体の腕前はたいしたものでは?

「ヴォルフ様、お上手ですね。とっても踊りやすいです」

「そう言われたのは初めてだ」

「リードがしっかりしてるので楽ですよ。ヴォルフ様姿勢も綺麗ですからね。ちなみになんて言われたんですか?」

「踊りにくい、乱暴、雑、下手、怖い…か」

「相手が下手だったんですね。私は上手いので安心してください。私の特技は、相手の足を踏んでも、"私は"バランスを崩さず最後まで踊りきれることです」

アレンが自信満々に言うと、ヴォルフガングが噎せて咳き込む。

「ヴォルフ様?大丈夫ですか?」

「はっは、あなたは……」



落雷、再び。


ドーン、とアレンの頭上に雷が落ちる。


(わ、笑ったー!!!!)


初めてヴォルフガングの笑顔を見た。

苦笑という方が近いけれども、ヴォルフガングが笑ってアレンを見つめている。

普段は厳しめに寄せられた眉が緩やかにさがり、目元が弧を描く。口角が上がって、覗く白い歯が魅力的だ。


(あわわわわ、めっちゃくちゃカッコいいいいいいい!!!!カ、カメラないのカメラ!)


動揺しつつ、目線は逸らさないアレン。

そのままダンスが終わるまで、ヴォルフガングは笑顔を絶やさず、アレンも見つめ返したままつられて微笑む。

図らずしも、お互いしか見ずに踊る仲睦まじい婚約者、という図を作り上げた。

ボウっとしたままソファに座ると、ヴォルフガングは飲み物を取りに行く。


(破壊力が凄い。美形の笑顔って金貨の輝きだわ……ヴォルフ様の笑顔、初めて見たけど思ってたよりずっと素敵)


暫く余韻に浸るべく、アレンはうっとりする。

もっとたくさん笑ってくれたらいいのに。


その後、兄のアルノルトに誘われ揶揄われながら踊り、夫人に勧められてクライスナー伯爵とも踊った。そうなると、当然来るわけで。


「一曲お願いしてもよろしいですか?」

「ええ」


(来たわね羽虫)


ケヴィンが薄い微笑みを浮かべて、手を差し出してきた。胡散臭い。ヴォルフガングとアルノルトが気付かれないように警戒しているが、アレンは何事もないようにその手を取る。

初対面時、庭園でヴォルフガングに印象を悪くしてくれていたのは忘れてない。


曲が始まると最初は穏やかな二人だったが、ケヴィンが先に口を開いた。


「あの兄上に取り入るなんて、よくやったな」

「人聞きが悪いですわ。意気投合しましたの」

「お前と兄上の、どこに気があう要素があるっていうんだ」

「あなたには関係ありません」

「俺の兄だ。お前みたいな図太い女、義姉だなんて認めないからな」

「認めて貰わなくても結構。私もあなたみたいな礼儀知らずが義弟だなんて遠慮したいわ」


至近距離で微笑むアレンに、ケヴィンは苦々しい顔をする。

「だったらさっさと出て行けよ」

「私はヴォルフ様の婚約者よ。あなたにそれを言う権利も資格もないの。そんなことも分からないの?卒業してから頭の方はちっとも成長してないのね」

次期当主はヴォルフガングだ。アレンは婚約者のヴォルフガングと、現当主のベルントにしか従う気はない。


「ホンットに、図太い上に図々しい」

「恥知らずより図太い方がマシよ。あの時は淑女に許可なく触れる、マナーもなってない恥知らずだったけど、今度はなにかしら?図体だけでかい恥知らず?マナーがなってないのは変わってなさそうですものね」


昼間の階段での事を遠回しに言われて、ケヴィンは罰が悪い顔をする。そうして、口元は笑みを絶やさず、半目で睨みつけるアレンに怯んだ。


あの時もそうだった。

卒業パーティーで初めてまともにアレンを見た。いつも掛けている野暮ったい眼鏡が外れて、初めてちゃんと顔を見て驚いたのだ。

菫色の大きな瞳と、それを縁取る長い睫毛。キツく自分を睨みつけるその顔が、美しくて一瞬虚をつかれた。

再会した時は更に。

引っ詰め髪は解いて黒く豊かな髪が背中まで流れ、邪魔な眼鏡もない。化粧を施された顔は、白い肌に輝く菫色の瞳、長い睫毛と桜色の唇があまりにも綺麗で、暫く誰だか分からなかった程だ。


今だって、銀の悪魔と恐れられている兄と穏やかに微笑み合っている。

兄を見る表情が、今まで見た誰より美しい。


何故、学園にいた頃はあんな格好をしていたのか。今と同じだったら、エルマーも絶対に移り気なんて起こさなかっただろう。

いや、性格だ。性格が悪いからきっと、エルマーも嫌気がさしたんだ、と親友を思う。

だって彼女は愛するクラーラを傷つけたんじゃないか。

クラーラがそう訴えていた。

アレンが実行したのを見たことはないけど、クラーラが言うのだから。

彼女が嘘をつくなんて。

だから、クライスナー家とエーベル家からの調査書なんて出鱈目だ。

エルマーの家が、婚約解消で違約金の支払いをさせられたのも、この女のせいだ。

お陰でエルマーとの仲もこじれて、そこからクラーラとも上手くいってない。


「お前のせいでエルマーが」

「何が私の責任なのか説明してくださる?できるものならね」

「っ、どうせ調査書もでっち上げだ」

「あなたその発言は自分の名前も貶めてるって理解してる?クライスナー家とエーベル家が正式に調査してる、それを嘘だと言うのは両家を否定してるって事よ?元婚約者が違約金を払うのも、正当な証拠が揃ってるからよ。契約違反じゃないなら反論なさいな」

「どうせ、お前が伯爵に」

「私はどれだけ権力があるのかしら。本当にあんたってエーベル家を馬鹿にするのが好きなのね。エーベル伯爵やアルノルト次伯が娘に頼まれて、公式文書を捏造すると?あんた達と一緒にしないでくださるかしら?反吐がでるわ」

頭にくる。ここまで底なしに馬鹿だと思わなかった。

アレンに思い切り睨みつけられ、ケヴィンの腰が引ける。

「その頭はお飾りかしら?騎士になるのに盲目では役立たずではなくて?人のせいばかりにして、自分の行動に責任は何ひとつないと?甘えるのもいい加減になさい!」

驚くケヴィンは、たかが卑怯者に、兄と同じ覇気で怒鳴りつけられるとは思いもよらない。

「っ、な、だがっ」

「私があんたに怒ってないとでも思ってるの?ここまで丁寧に相手してやってるのは、あんたがヴォルフ様の弟だからよ。あんたのせいでヴォルフ様に誤解されてたんだから、私はムカついてんのよ!」

アレンは一気にまくしたてると、魚のようにパクパクと口を動かすだけのケヴィンの靴先を思い切り踏んづけた。

「いっ…!!!」

「ふんっ!」

そうして、痛みに悶絶するケヴィンを逆にリードして、最後まで踊りきるとさっさと手を離しソファへと戻る。


だが、ヴォルフガングの隣にはいけない。

途中で足が止まったアレンを、アルノルトが迎えに行く。

俯いたアレンの背を抱き、アルノルトがフォローするように大きめの声で話す。

「サンドラ、少し疲れたよね。外に行こうか」

「……はい」

「すみません。外の風に当たってきますね」


アルノルトに促されて、広間を出る。そのままテラスへ進むとイリナがショールをかけてくれる。

以前ヴォルフガングと過ごしたテーブルはそのままで、イリナは紅茶を用意してくれた。


「……やってしまいました」

「やっちゃったねえ。まあ想定範囲内ということで。会話は聞こえてないから大丈夫じゃないかな?」

「本当に聞こえていませんか?」

「揉めてるな、程度かな。大丈夫だよ。みんなこうなることは分かってたから。先に仕掛けたのは向こうだしね」

「まあ、そうですよね……」

それでも、婚約者とその家族の前で、醜態を晒してしまったのには違いない。

おまけにあそこまでやってしまうのは、流石に行き過ぎた。

「大丈夫。今回の件に関してはブルクハルト様はまず詳細をご存知だし、ベルント様は元々公正な方だからちゃんと判断して下さるよ」

「でも、流石に息子にあれは、ベルガ様はダメかも」

「それはない。夫人が一番お怒りだったよ。女性を、公衆の面前で引き摺り出して恥をかかせるなんて、ってね」

「そうなのですか?」

キョトンとした顔でアルノルトを見ると、彼は困ったように頷く。

「凄く謝られた。勘当すると言い出した時は焦ったよ。こっちは公式調査書まであるわけだし、学園の生活態度を見てもサンドラに非はないからね。なんというか、今回の事はむしろお前がおとなしく隊長殿の婚約者に納まってくれた方が、クライスナー家としては面目が立つんだよ」

「……なるほど」


なんだか色々と、やっと納得できた気がする。


アレンには前世の記憶があり、自分が悪役令嬢だと知っていたから変に錯覚して負い目があったが、現実は一切非がない。

クライスナー家にしてみれば、なんの非もない、真面目で成績優秀、生活態度もいい伯爵家の令嬢に、罪を被せた学生の中に自家の息子がいるのだ。

令嬢の父親は伯爵といえやり手だし、元当主が目をかけていた相手だ。おまけに公式調査書まで用意されて、内容を公にされてはいくら辺境伯とはいえ、非難の目は逃れられない。

騎士家の息子が、罪のねつ造というのも更に不味い。

だったらその令嬢と懇意にして、何のわだかまりもなく付き合っているとした方が体面が保てるのだ。

ただでさえ、学園での噂や婚約解消の違約金の話も広まってきている。

婚約が先か息子の醜聞が先か、という話だ。


大人の事情山盛りである。


(なんか真面目に考えてたのが疲れたな……)


元はアレンが、自分は悪役令嬢だから非難されても当然と思い込んでいたのも原因だ。根本を考えれば分かったはずなのだ。

ヴォルフガングも一連の事情を知っているんだろうか。そうだとすれば、振り向いて貰おうと意気込んでいたのが馬鹿らしくなる。

やはり自分に色恋は向かないのだろうか。



なんだか拗れに拗れただけの婚約祝いは、アレンに多大な疲労を残して終わった。

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