40:断罪②(ピア視点)
顔面が精神破壊兵器みたいな不細工は、私も特進科で何度か見かけたことがある男子生徒だった。
というか同じ教室の最後列の席にいつも座っている。休憩中はまったく見かけないし、私の席からは授業中も姿が見えないので、私には存在していないに等しい生徒だった。
キモすぎて視界に入れたくなかったというのも大きい。
そんなとんでもない不細工にしなだれかかり、若干陶酔したような笑みを浮かべているココレット・ブロッサムの気が知れない。あの女は実は精神が錯乱しているのだろうか。
しかし周囲の生徒たちはこの異常な二人組に対して特に疑問を持たないのか、恭しく頭を下げている。身の毛がよだつほどの不細工を直視する勇気ある者は少ないが、誰もが青ざめた顔のまま「ごきげんよう」「お会いできて光栄です」と一言二言声をかけていく。
意味がわからない。あんな不細工が出現したら、ポルタニア皇国ならみんな阿鼻叫喚だろうに。地獄に住まう悪鬼だってまだマシな顔をしているはずよ。
私が呆然とココレット・ブロッサムとその連れを眺めていると。
ゴブ様や、私の背後に居る手駒たちがそれぞれ慌て出した。
「なっ、なぜ僕の女神が『異形の王子』なんかにすがりついているんだ!? ありえないだろう!!」
「ブロッサム様とラファエル殿下だ……。なんで俺はピアの言うことを真に受けて、ブロッサム様とオークハルト殿下とピアが三角関係などと思ってしまったんだ……?」
「そうだ、ブロッサム様にはラファエル殿下がいらっしゃるというのに」
「そもそもブロッサム様がピアに嫉妬するはずがなかった。あんな美人が格下を相手にするわけないだろう」
手駒たちはココレット・ブロッサムの顔を見たとたん、我に返ってしまったらしい。私の望む通りに動く最後の手駒たちが、ついに誰も居なくなってしまった。
いったいなぜ私の支配下から逃れられたのか、今は考える暇はない。
ゴブ様をポルタニア皇国へ強制送還させるために、私だけでもここはしっかりと動かなければ。
そう思ってゴブ様に視線を向ければ、ゴブ様は真っ赤な顔で怒りに震え、ココレット・ブロッサムの隣に居る超絶不細工を睨み付けていた。普通あんな不細工を直視すれば吐き気をもよおすだろうに、ゴブ様は激怒のあまり他のことに意識を向けられないみたいだ。
「ゴブ様、あの男子生徒をご存じなんですか?」
「『異形の王子』だ!」
「は、」
ゴブ様は額の血管をピキピキ浮き立たせ、怒鳴り声をあげる。
「この国の王太子、ラファエル・シャリオットーーー通称『異形の王子』だ」
「え、あれが王太子殿下……!?」
そう言えば現在の王太子はどうせ廃太子されるだろうから、その後釜におさまるオークハルト殿下を傀儡にするのだと、かなり昔にゴブ様がおっしゃっていた気がする。それ以来王太子の話がゴブ様の口から聞かれたことはないけど、確かにあの不細工では求心力など望めないだろう。それは私でも見ただけで分かった。
だけどなぜ、その王太子とココレット・ブロッサムが親しげに歩いているのか。まるで恋人か婚約者みたいに。
だって、ココレット・ブロッサムはオークハルト殿下の婚約者候補で……。
「……ゴブ様、王太子殿下の婚約者候補はご存じなんですか……?」
嫌な予感がして私はゴブ様に尋ねるが、ゴブ様は「知らん」と言い切った。
「『異形の王子』にどんな候補者が居ようと、どうせ婚姻が成立するはずがない。あんな不細工の嫁になる女なんか居るはずがないだろ」
「で、でも、現に今、目の前に王太子の隣にはあの女が……」
「女神があんな気色悪い不細工の嫁になどなるものかぁぁああっ!!!」
ゴブ様は血を吐く勢いでそう叫ぶと、こちらにやってきたココレット・ブロッサムたちの前に躍り出る。
両足を踏みしめ、ゴブ様は大声をあげた。
「我が女神よ! そんな汚物からすぐさま離れてください! 危険です!」
ココレット・ブロッサムは一瞬「はぁ? なにコイツ? 女神呼びってキツいって」と不快な顔をした……ような気がした。
けれどそれは目の錯覚だったようで、もう一度彼女をよく見れば、「まぁ、ゴブリンクス殿下ったら、どうされたのかしら?」と困ったように眉尻を下げて小首をかしげている。その表情をするだけで周囲の人間たちが軒並み彼女の憂いを取り除いて差し上げたいと願ってしまうような、庇護欲を感じさせるものだった。
ココレット・ブロッサムの表情を見て、ゴブ様は頬を染めた。いつもならこのままお喋りを続けられなくなるゴブ様だったが、今回だけは気合いを入れて口を動かす。
ゴブ様は震える指で不細工を指差した。
「その男は『異形の王子』です! そんなふうに貴方が優しくすれば付け上がって、きっと貴方に婚姻を迫るでしょう! さぁ、お早く! 僕が女神をお守り致しましょう!」
だが、ココレット・ブロッサムは動じなかった。
彼女は恋に恥じらう乙女そのものの笑みを浮かべ、隣の超絶不細工を見上げる。そしてうっとりした声を出した。
「問題ありませんわ、ゴブリンクス殿下。だってわたしはエル様の婚約者候補ですもの。いつでも婚姻を迫られたいわ」
はぁぁぁあああっ!? なに言ってんのこの女!?
頭おかしいんじゃないっ!!?!