39:断罪①(ピア視点)
お茶会当日。
私は手駒たちをぞろぞろと引き連れて、お茶会の会場になっている学園の中庭へ向かう。すでに会場からは楽しげな笑い声や音楽が流れてきて、菓子類の甘い匂いが中庭の花の香りに混じって離れた場所まで届いていた。
入り口のそばにはゴブ様が居て、私を見て鼻を鳴らす。私の背後の手駒に視線を移し、ゴブ様はニヒルに笑った。
「これから乱入するが、準備はいいか、ピア」
「もちろんです、ゴブ様っ。後ろに居る彼らがわたしの援護をしてくれますから!」
「ふん、ならいい」
私の企てなど理解していないゴブ様が、偉そうに頷く。その美しい横顔が最高に間抜けで、最高に大好き。
私はこれからゴブ様に失恋させてあげようと思う。
ゴブ様のお顔が私は本当に大好きだ。どんな命令も叶えてあげたくなるほどに。
ーーーでも、私はもう疲れてしまった。私が力を使えば使うほど精神不安定になり、身体にまで不調を来すのは、たぶん力の代償なのだろう。ゴブ様のお顔が大好きだけれど、そのとろけるような恋するお顔は私に向けられることがない。そんなの本当に割に合わなかった。かと言って、私ではココレット・ブロッサムに勝てないことはもうわかっている。
だから私が出来るのは、ゴブ様をココレット・ブロッサムから強制的に排除させることだけだ。
このお茶会で騒ぎを起こしてあげよう。
オークハルト殿下に「ココレット・ブロッサムから苛められている」と直訴すれば、私の嘘なんてすぐにバレるだろう。私に調べが入れば、芋づる式にゴブ様との関係もバレて、ゴブ様はシャリオット王国から強制送還されるはずだ。
その後の私の刑罰なんてどうでもいい。侯爵令嬢へ色々しちゃったから、国外追放くらいならラッキーだけど。
ゴブ様がもう二度とあの女に会えなくなればそれで十分。
ようやくゴブ様が失恋してくださるのだと思えば、顔は自然にほころんだ。
「さぁゴブ様、行きましょうっ」
「おい、あまり僕に近付くな。お前と親しいと女神に誤解されたらどうするんだ。僕は女神を悲しませたくない」
「…………」
エスコートを拒絶する紳士らしさの欠片もないゴブ様だが、やはり美しすぎるので仕方がない。
私はひきつりそうになる口許をなだめながら、ゴブ様から半歩遅れてお茶会会場へと突入した。
会場は青い花々と銀のリボンやバルーンで飾り付けられ、一番目立つところに『ズッ友ルナマリア様の復帰祝い~~我等友情永久不滅ミスティア・ココレット・ヴィオレット~~』と猛々しい文字で書かれた横断幕が垂れ下がっている。なにそのセンス、超ダセぇ。
しかし招待客は誰も気にした様子はなく、「さすがワグナー公爵家ご令嬢の主催のお茶会ですね」とか褒め称えている。貴族って本当に意味分かんない。
主催の黒髪ドリル女は一番目立つところに居た。すぐ傍にはオークハルト殿下と、腰巾着の銀髪無表情女が居て、なにやら楽しそうに話している。黒髪ドリル女の兄らしい髭がめちゃくちゃクールな貴公子や、狐のお面を被った侍従、妙に気配の薄い侍女と侍従や、灰色三つ編みの淑女科の生徒などにも囲まれて、明るいムードが漂っている。
けれどその輪の中に、ココレット・ブロッサムの姿はない。いつもなら地上に舞い降りた天の使いのような存在感でそこに佇み、周囲の人間からちやほやされているはずなのに。まだお茶会に来ていないのだろうか?
まぁいいわ。ココレット・ブロッサムが遅刻しているのならそれで。
私はゴブ様と手駒たちを引き連れて、オークハルト殿下の元へと足を進めた。
「オークハルト殿下!」
私が声をかければ、オークハルト殿下とその周囲の人間が一斉にこちらに向いた。ある者は訝しげに、ある者は眉を潜めて。黒髪ドリル女がさっそく私に食って掛かってくる。
「ちょっとアボット令嬢! わたくし、あなたをお茶会に招待した覚えはありませんわよ!」
「そこの縦ロール女、こいつはこのポルタニア皇国皇子である僕の連れだ。僕に免じてお茶会に参加させろ」
「そもそもゴブリンクス皇子殿下も招待しておりませんわ!」
血管の何本かぶち切れてるんじゃないのって勢いでドリル女が突っ込むけれど、ゴブ様はまったく気にせず肩をすくめるだけだ。
オークハルト殿下が見かねた様子で前に出てくる。
「ゴブよ、今日のお茶会はルナ……ルナマリア・クライスト令嬢の復帰を祝う私的な集まりだ。招待されていない者は、今日ばかりは退席して貰えないだろうか?」
「冷たいことを言うなよ、オーク。僕たちは従兄弟同士じゃないか。仲良くさせてくれよ」
「しかし……」
気遣わしげに銀髪女へ視線を向けるオークハルト殿下へ、私は近づいた。
「オークハルト殿下、あまり時間は取らないのでわたしの話を聞いてくださいっ! 皆さんの前で告発したいことがあるんです……ブロッサム様について」
「ココについて……?」
「はいっ。わたし、ブロッサム様から影でずっと苛められていたんです……っ!」
目に力を入れて、涙をポロポロと溢す。涙を自由自在に操ることなんて朝飯前よ。
私に操られている手駒たちが、私を案じて「ピア、泣かないで」「なんて可哀想なんだ」と声をかけてくる。場の空気がどんどん私の方に流れてくるみたいで気分がいい。
ゴブ様はなぜ私がそんな話をし始めたのかわからずに戸惑っているけれど。事前説明なにもしてないものね。
「ブロッサム様はわたしがオークハルト殿下に親しくするのが嫌みたいで……。夏期休暇のお茶会では何度か飲み物を掛けられそうになったり……、母の遺品のペンダントを壊されそうになったり……」
全部未遂というか、ペンダントなんて本当に壊されたのに何らかの力で直されてしまったんだけど。それっぽく聴衆に話して聞かせる。
私の力も最大限に放出して会場に広げてみた。
「なぜココが、俺がアボット嬢と親しくするのを嫌がるのだ……?」
やはりまったく操ることが出来ないオークハルト殿下が、不思議そうに言う。
なんでそんな当たり前のことを聞くのだろうか。イラッとするなぁ。
「それはブロッサム様がオークハルト殿下の婚約者候補だからです! ご自分の婚約者候補の地位を脅かされないようにって……」
「つまりココが嫉妬したと言うのか?」
「そうですっ! ブロッサム様は嫉妬でわたしを苛めて……」
「有り得んだろう、あのココが。そんなこと」
「そんなことありませんっ! ブロッサム様はオークハルト殿下と婚姻したくてそんな愚かな真似を……」
「だからそれが有り得んのだ、アボット嬢。ココは兄君と……」
私の話をまったく理解しようとしないオークハルト殿下が、なにかを言いかけたその時。
お茶会会場の入り口から「きゃあっ」という甘い感嘆の声と、「ヒィッ!」と悲鳴を飲み込んだような声が聞こえてきた。
なんとも両極端な声ね、と気にかかり、話の最中なのに思わずそちらに視線を向けてしまう。
そこ居たのは、相変わらず間違えて地上に降り立ってしまったという様子でローズピンク色の髪をふんわりと揺らしているココレット・ブロッサムと。
一目見ただけで鳥肌が立って吐き気が止まらなくなる汚物のような少年が並んでいた。
ココレット・ブロッサムは穢れを知らないような無邪気な微笑みを浮かべ、その不細工に自分の豊かな胸を押し付けるようにして腕を組んでいる。不細工はムッツリなのか顔を赤くしたまま小刻みに震えていた。
は?
待って。
お前正気かよ。
私はぞわぞわとした悪寒が背筋に走るのを止めることが出来ないまま、不細工にエスコートされて会場を歩く恋敵を見つめていた。