30:アマレットの報告
「お嬢様のご懸念通り、あの田舎娘が私のお嬢様の悪評を流しておりましたわ!! あのアバズレめっ!!」
怒り心頭なアマレットが、ギチギチ握りしめた報告書をわたしに差し出しながらそう言った。
デーモンズ学園にアマレットを派遣し、一週間ほどピアちゃんの動向を観察してもらった結果、やはりピアちゃんが下位貴族を中心にわたしのデマを流していることが判明したらしい。だと思ったよ。
この一週間でも、わたしに『ピア・アボットを苛めるな!』と下位貴族が何人も怒鳴り込んできては、わたしの美貌を見た途端『大変申し訳ありません……! あなたのような女神が苛めなどするはずがありませんっ!』と土下座をする……という珍事が何回も繰り返された。本当に一瞬で意見を翻すのだからわけがわからない。
しかもそのなかで二人、ホーマー男爵令息とリドル男爵令息が二度同じようにわたしに抗議に来たのだ。
一度目のときに確かに『ブロッサム様が苛めなんてするはずがありません。大変失礼なことを申し上げてしまい本当に申し訳ありませんでした』と二人とも真っ青な顔で土下座をしてきたのに。
二度目に会ったときはまた振り出しに戻ったかのように『ブロッサム令嬢! あなたの非道に対して抗議を申し上げる!』と怒鳴り込んできたのだ。そのときもわたしの顔を見た途端ハッとしたように抗議を止め、自分が二度もしでかしたことに泣き出していたけれど。
ホーマー男爵令息とリドル男爵令息は、二人揃って『なぜ二回もブロッサム様に抗議したのか自分でもわからない』と言っていた。
『ブロッサム様がピア程度の女に嫉妬されるはずがないと分かっていたはずなのに、あなたの後ろ姿を見た途端、怒りが込み上げてきて、気が付いたらまた怒鳴り込んでしまっていた。自分でもなぜこんな大それたことをしたのか分からない……』
男爵家が目上の侯爵家に、証拠もない噂に踊らされて二度も抗議するなんて、ありえないことだし許されることではないと彼ら二人ともきちんと理解していた。だからこそ泣き出し、こうして精一杯そのときの自分の心境を告白してくれたのだろう。
本来ならブロッサム侯爵家から二人の男爵家へ正式に抗議を出すべき案件なのだけど、彼らの様子が不可解すぎて保留している。
なんなんだろう、まるで、こう、なにかに操られているかのような……?
まぁとにかく、彼らの件もエル様にご報告ね。
「あのアバズレ、下位貴族のサロンでぶりっ子しまくっていますよ! 特に麗しい男子生徒の前で『またブロッサム様に冷たくされたの……、やっぱりわたしがオークハルト殿下に優しくされているのが気に入らないのね……』って泣きついておりました! 私の心美しきお嬢様がそんなくだらないことをするはずがありませんのに!」
「まぁ……、(オーク顔)男子生徒に(美少女ヒロイン)アボット様が泣きつくだなんて……(酷い絵面ねぇ)」
「あと、ポルタニア皇国の麗しの第二皇子殿下にもベタベタしておりましたよ! なんてはしたないっ」
「まぁ……(さらにゴブリン追加かぁ)」
自分で直接ピアちゃんの調査をしなくて本当に良かった。
たぶん夢女として耐えられないだろう。可愛い女の子にはイケメンが一番だよ。ルナマリア様とオーク様の並びには慣れたけれど。
「さぁ私のお嬢様、サクッとあのアバズレを処分廃棄致しましょう! ぜひ私にお任せくださいませ!」
「いいえ、過激なことは良くないわ。アマレットはこのままアボット様の行動観察を続けて、随時報告してちょうだい。なにか異変が起きたら即相談してね」
「……はい、心お優しい私のお嬢様ならそう仰いますわよね……」
「独断で行動したらいけないわ、アマレット」
「ええ……」
報告連絡相談、いわゆる報連相をしないで事態を悪化させるのは基本的にヒロインの役目だ。一人で健気に頑張るヒロインのお陰で物語は盛り上がり、周囲のイケメンがヒロインを助けてくれる展開になるのがお約束だけれど、現実では周りに迷惑がかかるだけだものね。
夢女として憧れる面もあるけれど、だからといってエル様にご迷惑をかけるなんてとんでもないわ。
一人で暴走しないようにとアマレットに念を押し、わたしはわたしでエル様に報連相するために王族サロンへと向かうことにした。