29:悪い噂
侍女のアマレットに情報を集めてもらうまでもなく、面倒事は向こうから乗り込んできた。
「ココレット・ブロッサム侯爵令嬢! これ以上ピア・アボット男爵令嬢を苛めるのは止めていただきたい!」
「ご自分は高みの見物で、ミスティア公爵令嬢を手先にしているのだろう! 卑怯者めっ!」
「そうだそうだ! ピアが可愛いからって、妬んでいるんだろっ!」
今日も高位貴族のサロンに顔を出しに行こうと思ったら、見知らぬ令息達から背後から罵られた。
この美貌に生まれてから初めて男性に罵声を上げられたので、思わずフリーズしてしまう。
え?
彼らの言ってることに何一つ身に覚えがないことよりも、この絶世の美少女顔に向かって罵れることに愕然とした。
この令息達の視力はどうなっているの……? 『可愛いは正義』だった前世以上に美醜が厳しいこの世界では、美しすぎるわたしはもはや教典じゃん……? わたしが神じゃん……?
びっくりして振り向けば、ダグラスがわたしに近づこうとしている令息達を押さえているところだった。「ココレット様に対してなに無礼を言ってやがるっ!?」と三人まとめて床に押さえ込んでいる。
彼らの姿がよく見えないので、ダグラスの肩越しにひょっこりと覗き込んだ。
神の寵愛を顔一点に凝縮して受けたわたしを罵ることができるだなんて、すごい精神力を持った少年達だわ。ぜひとも覚えておこう。
そう思って彼ら(そこそこオーク顔)を見つめれば、彼らはわたしの顔を見上げるなり魂が抜かれたような表情をした。
あれ? この反応は知ってるぞ。わたしの顔に見惚れている人がよくする表情だ。わたしを罵ることが出来るような人間が、この美貌に反応するってどういうことかしら?
よくわからない……。
ダグラスに押さえつけられていた彼らは、自らの意思でそのまま土下座をした。
「たっ、大変申し訳ありませんでした……! 女神のごときブロッサム様が苛めをするなどありえません……!」
「我々の誤解でした! 本当に申し訳ありません!!」
「ブロッサム様がピアを妬むなどあるはずがないのに……我々はなんと失礼なことを言ってしまったのか……! なぜこんなことを……」
先程の暴言は何だったのか、というほどの変わり身の早さである。令息達は見ているこちらが可哀想になるほど青ざめていた。
うーむ。さっきの暴言の内容も詳しく知りたいし、こちらから手を伸ばしてもいいかな。
わたしは出来るだけ『暴言に傷付きながらも持ち前の慈愛の精神で令息達の謝罪を受け入れる心美しい令嬢』風の儚げな微笑みを浮かべてみせた。
「……なにか、お互い誤解があるようですね。わたし、ミスティア様のこともアボット様のこともとても心配なのです。ぜひ、あなた達のお話を聞かせて欲しいわ」
追加で『友達のことがとっても心配』そうな、うるうるの眼差しを浮かべる。いや、ミスティア様の悪役令嬢街道については実際心配しているのだけど、200%ほど過剰演出しておく。
令息達はあっさりとわたしの美貌に落ちた。
▽
令息達の話によると、下位貴族を中心に『ココレット様が手先のミスティア様に指示を出してピアを苛めている』という“苛めの黒幕・わたし説”が噂として流れているらしい。
いやいやいや、おかしいでしょ。
代々宰相として国に仕えているワグナー公爵家のご令嬢を、格下の侯爵家令嬢が手先にするってどういうことよ。逆のパターンならわかるけども。
わたしがピアちゃんを苛めてる理由も「ピアが可愛いから妬んでいる」とか「ピアがオークハルト殿下に愛されているから嫉妬している」とか色々噂されているらしいのだけど。
全部おかしくない……?
ピアちゃんは確かに乙女ゲームヒロイン的な親しみやすい愛らしさのある見た目をしているけれど、わたしももちろんピアちゃんの顔は好きだけど、客観的にわたしの顔は美の女神ぞ……?
あと、オーク様からの愛なんぞ熨斗をつけて誰かに差し上げますが……?(出来ればルナマリア様に)
令息達はわたしの後ろ姿を遠目で見かけた時にその噂を思い出し、義憤に駈られてわたしに物申したらしい。
しかし、わたしの顔を見たとたんにまるで目が覚めたかのようにそんな気持ちは消え去り、後悔して謝罪するに至ったそうだ。
なんともおかしな話だった。
この噂を流した犯人なんてピアちゃん本人しか思い付かないけれど、念のためアマレットに調べて貰うべきだろう。
こんなことで学園に侍女を連れてくることになるとは思わなかったけれど、仕方がない。
わたしはピアちゃんの動向を調べるために従者の申請書類を学園に提出した。