28:高位貴族サロン
不穏な夏期休暇が終わり、二学期が始まった。
デーモンズ学園では前世の学校とは違い、体育祭や文化祭などの行事は特にない。あるのは入学式と卒業式、そして卒業生を見送る会という名のダンスパーティーだけだ。これは生徒会が存在していないことも大きいのかもしれない。
その代わりなのか、校内に無数に存在するサロンで毎日のようにお茶会が開かれている。生徒たちはそこで人脈を作り、仲を深め、青春を謳歌していた。
わたしは一学期のほとんどを淑女科での人脈作りに費やしたので、二学期は他のサロンに顔を出すつもりでいる。
代表的なサロンは三つ。
一つは王族用サロンで、このサロンは現在エル様の執務室化している。エル様の許可がない人間は入室することができない。わたしは許可を頂いているので好きなときに行くことが出来る。
二つ目は高位貴族用のサロンだ。
こちらは伯爵家以上の者しか使えないサロンで、現在オーク様やミスティア様たちが陣取っている。
オーク様は王族用サロンでも問題ないのだけれど、エル様の執務の邪魔をしたくないということでもっぱらこちらに居るらしい。
そして三つ目が下位貴族用のサロン。
子爵家以下の貴族から、商家の生徒たちが使えることになっている。もちろん王族や高位貴族が顔を出しても問題はない。このサロンがピアちゃん派閥の本拠地とのこと。
この三つのサロンに参加しなくても、それぞれ学科棟にある休憩室でも集まれるし、少人数で気楽な集まりをしているグループもたくさん存在している。
ちなみにゴブリンクス皇子はどこのサロンにも顔を出していない孤高の存在なのだそう。
まぁあのゴブリン、わたしが淑女科の棟から出てこないか基本待ち伏せしてるから、ほかに割く時間がないだけの気がするのだけど。
▽
「ではサロンへ行きましょうか、ルイーゼ様」
「ええ、ココレット様。高位貴族用のサロンに参加するのは初めてですわ」
「わたしもです」
伯爵令嬢のルイーゼ様と共に、本校舎にある高位貴族サロンへと向かう。どうせならロマンス小説の普及活動もしたいし、ルイーゼ様も婚活中なので一緒に行くことにした。
サロンの前には従者がおり、わたし達を見るとすばやく「ブロッサム侯爵家ご令嬢とバトラス伯爵家のご令嬢ですね。ようこそお出でくださいました」と家柄を判別して扉を開けてくれた。
サロンは教室二部屋分くらいの大きさで、応接セットがあちらこちらに用意されている。大きなテーブルを囲っているご令嬢達も居れば、窓際の長椅子で少人数で話し合うご令息も居た。
侍女達が席の合間を縫ってお茶を運んだり、新作のケーキが出来上がったことを各テーブルに知らせに行く。ホテルのラウンジのような雰囲気だ。
「あら。ココレット様じゃない! ルイーゼ様も! こっちにいらっしゃいな」
奥まった場所にあるソファーセットから声をかけられ、そちらに顔を向ければミスティア様がいらっしゃった。
さすがはミスティア様。黒髪縦ロールと紅色の瞳という派手な雰囲気の彼女の周囲には、ものすごくオーク度の高い男子生徒が三人ほど侍っていた。
どの方も年上の方ばかりで、これが噂のミスティア様に「お兄様」と呼ばれたがっている過激派らしい。
「お二人ともこちらに来るのは初めてでしょう? サロンの中をご案内いたしましょうか?」
ミスティア様とそのファンクラブの方にご挨拶をしてから、向かいのソファーにルイーゼ様と一緒に腰かける。
「いいえ、わたしは大丈夫ですわミスティア様。これから挨拶回りをしますので」
「お気遣いなく、ワグナー様。私もまずは友人のところへ行きますから」
「あら、そう? そのうちオークハルト殿下とルナマリア様もいらっしゃると思うわ。そしたら一緒にケーキを食べましょうよ」
「ええ」
「楽しみにしておりますわ」
ということでミスティア様と別れ、まずは友人達に挨拶に行くというルイーゼ様を見送り、わたしもほかの知り合いに挨拶回りへ向かう。
サロンの中にはざっと三十人ほどの生徒がいるが、学年問わずだいたい顔見知りの方ばかりだ。
妃教育の一環で幼少期からいろいろなお茶会に参加して知り合いを作ったし、伯爵家以上のこの年代はエル様とオーク様の婚約者候補と側近選びのガーデンパーティーで一度大集合したことがあるのだ。学年や学科が違っても、一度も会ったことがないという相手はいなかった。
問題はほとんど会ったことのない下位貴族だろう。子爵家男爵家は数も多いし。数の力は侮れないことを前世民主主義で知っているので、是非ともエル様の味方になってほしい勢力だ。
そんなことを頭の隅で考えつつ、同じ侯爵家のオーク顔男子生徒に挨拶をしていると、奇妙なことを言われた。
「ブロッサム嬢がお変わりなくて安心いたしました。……僕はあなたこそが慈愛の天使だと思っております。なにかありましたらご相談ください。僕はあなたの味方ですから」
「??? ……ありがとうございます、心強いですわ」
奇妙なことを言ってくるのはこの男子生徒だけではなかった。
ほかにも伯爵家のご令嬢に「ブロッサム様が正しいと信じておりますわ」とか、ご令息に「羽虫の音などに耳を傾ける私ではありません。ココレット様もどうかお心痛めませんように」などと言われてしまう。
一体なんなのかしら。
味方宣言は嬉しいけれど、これって別に『打倒マリージュエル様』がバレている訳じゃないよね? バレていてわたしの味方に付いてしまったら、皆さんの命が危ういし……。
あとで侍女のアマレットに情報収集を頼もうかな、と思いつつ、その日のサロン活動はそれで終わった。
あ、もちろんオーク様たちと合流して新作ケーキは食べたけど。