24:バトラス伯爵家のお茶会③
たった今発現した謎の防御魔法に、周囲からは困惑の声が聞こえてくる。わたしとピアちゃんのやりとりは、やはり注目を浴びていたらしい。
ピアちゃんは「な、なに今の……!? なんで!? まさかアンタも……」と狼狽えているし、ルナマリア様は吃驚して固まっている。ルイーゼ様たちもぽかんとした顔でこちらを見ていた。
ミスティア様やオーク様はすでに魔術関連だと察しているらしく「お兄さまがココレット様になにかあげたのかしら?」「新作魔道具か?」と首を傾げている。
そう、ドワーフィスター様から新作魔道具を頂いていたのなら、話は簡単だったのだけど……。わたしは魔道具などなにも身に付けていない。
まさかピアちゃんが、本人が知らないだけで魔道具を身に付けているとか?
そう思って彼女の装飾品を観察するが、よくわからない。
いったい今の防御魔法はなんだったのかしら……。
「失礼致しますぅ、ブロッサム様、控え室をご用意致しましたのでご案内致しますわぁ。ドレスの確認をいたしましょう?」
考え込んでいると、バトラス家のお仕着せを着た侍女が声をかけてくれる。
防御魔法によってレモネードが消失したように見えたとはいえ、念の為ドレスが汚れていないか確認した方がいいだろう。
ピアちゃんにも侍従が声をかけているようだ。
「ええ、ありがとう……」
そう言って侍女の顔を覗き込めばーーーー。
しれっとした顔で侍女に扮しているヴィオレット様がそこに居た。
今日もオーク様の護衛か……!
ピアちゃんに声をかけてる侍従はよく見たらサルバドル君だし……!
ヴィオレット様は「早くいらっしゃいな」と言うように首を振る。
一応ルナマリア様たちに視線を向けるが、彼女たちはヴィオレット様に気付いていない様子だ。こんなに堂々と顔を出しているのに何故だ。
解せぬ、と思いつつ、ヴィオレット様に着いていくことにした。
▽
「あれがシャドーの秘密なんですのぉ」
ご自分の屋敷かのようにバトラス邸をずいずいと進み、空いている部屋に入ると、ヴィオレット様は溜め息を吐きながらそう言った。
「ああ、そこのソファーにお掛けになって? そのうちアボット様の確認が終わったサリーが、ここにお茶を持ってきてくれるわ」
「バトラス伯爵家に馴染んでおりますのね……」
「平和ボケしている屋敷なら、見取り図や見張りのルートや時間くらい簡単に手に入りますのよぉ? ちなみにブロッサム侯爵様の寝室には亡き奥方様の姿絵が所狭しと飾られておりますわねぇ、うふふ」
「……父の寝室には入ったことがありませんので、わたしには分かりませんわ」
「今度確認なさるといいですわよ。髪や瞳の色は侯爵様似ですけれど、ココレット様のお顔立ちは本当にクラリッサ様と瓜二つですものぉ」
「まぁ……うふふ……」
父の寝室の秘密など、年頃の娘に教えなくてもいいのですよ、ヴィオレット様。
乾いた笑いを浮かべていると、「それで」とヴィオレット様があっさり話を切り替える。
「先程の白い光。ココレット様がバランスを崩してお飲み物をあわやアボット様にぶちまけるーーーというところで発生し、飲み物を消失させましたわねぇ」
「あれはどう考えても防御魔法でしたよね。先程シャドーの秘密だとおっしゃいましたけど、まさか彼は魔術師なのですか?」
「シャドー本人が魔術師なのかは分かりませんの。ただ彼と戦ったときに、何度か魔術を発動されましたわぁ。考えられるのは、本人が魔術師、もしくは後方支援に魔術師がいる。魔道具を所持しているだけかもしれません」
「魔道具所持の場合も、生産ができる人間が組織にいるか、別で入手しているかでもまた変わってきますね……」
「入手の場合、どこから入手しているのかも謎ですわぁ。魔術師や魔法使いはあまり姿を表しませんもの。ドワーフィスター・ワグナー様が例外なだけで」
「そうですよね」
ドワーフィスター様のお陰で魔道具が身近にあるが、本来ならそう簡単に所持できるものではないのだから。
シャドー本人が魔術師であれ、単に魔道具を所持しているだけの場合でも厄介なことこの上ない。
「ヴィオレット様は防御魔法以外、シャドーがどのような魔術を使えるのかご存じですか?」
「そもそもあの男が姿も見せずにあちらこちらに張り込めること自体、なんらかの魔術ではないかと疑っておりますわぁ。わたしでさえ隠密業務では侍女に扮しますもの」
「もうそこから魔術の可能性があるんですね……」
そうよね、前世のスパイ映画でもあるまいし、天井裏にそうホイホイ隠れたりはしないよね……。
そこまで魔術を使いこなす相手では、確かに武道派令嬢のヴィオレット様でもなかなか捕まえられないわけだわ。
「でも、なぜシャドーは先程魔術を使ったのかしら?」
シャドーはわたしとオーク様を親密な関係にしないために派遣されていると思っていたのだけど。さっきのはどう考えてもオーク様は関係なかったし。
首を傾げるわたしに、ヴィオレット様は薄紅色の唇を開く。
「アボット様の得体が知れないからだと思いますわぁ」
「アボット様?」
「あの方、アボット男爵が娼婦に生ませて引き取っただけのご令嬢なのに、サラヴィア様とゴブリンクス殿下の後ろ楯を持っていらっしゃいましたものぉ。警戒すべき相手ですわぁ。そんなアボット様といさかいの原因になりそうなことは排除すべきだとシャドーも判断したのでしょう」
「……つまり、シャドーに守ってもらったんですね、わたし」
あのままレモネードがピアちゃんに掛かっていたら、ゴブリンがしゃしゃり出てきたかもしれないのか。なんて恐ろしい。
ありがとう、シャドー。
トキメキはまるでないけれど、感謝の念を込めて心の内で手を合わせておく。ストーカーまじキモいなって思ってたけど、助けてくれてありがとう。
「サラ様もなにをお考えなのかしら……」
ヴィオレット様が苦々しく呟いた直後、扉がノックされた。
「どうぞ入っていらっしゃい」とヴィオレット様が堂々と答えると、お茶のワゴンを押しながらサルバドル君が入室してきた。
サルバドル君もまた堂々とした態度でわたしたちの前に紅茶と小さなカップケーキを並べるが、いったいどこからちょろまかして来たのだろう。
「それでサリー、アボット様の方はどうでしたのぉ?」
「確認しましたが魔道具は所持しておりませんでした。ドレスにも汚れひとつありません」
「じゃぁやっぱりシャドーの魔術ね。分かっていたことだけれどぉ」
「アボット様はすでに庭の方にお戻りになりました」
「そう。調べてくれてありがとう、サリー」
「ヴィオレットお嬢様の為ですから」
「うふふ、サリーったら、もうっ」
目の前でヴィオレット様がサルバドル君の頬をつつき、サルバドル君が「おっ、お嬢様……!」と顔を真っ赤にして狼狽える。そのままイチャイチャし始める二人に、わたしはエル様が恋しくなった。
いいもん、シャドーが魔術を使ってるって報告をエル様にするべきだし、その時いっぱい甘やかしてもらうんだから!
わたしは目の前のカップケーキをヤケ食いすることにした。
▽
紅茶もカップケーキも胃に収めると、お茶会会場に戻ることにする。
ヴィオレット様とサルバドル君が諸々の証拠隠滅をしてから、屋敷の廊下を先導し始めた。
「どうしてヴィオレット様が侍女に扮していても、ルナマリア様たちにバレなかったのでしょうね?」
こんなに手入れされた美少女が侍女って無理があるよね、と思いつつ尋ねると。
ヴィオレット様は「うふ」と微笑んだ。
「わたし、気配を操れますのぉ。今は侍女らしく抑えていますわぁ」
「流石ですね……」
超人じゃん。
わたしは妙に納得して頷いた。
そろそろバトラス家の玄関ホールに辿り着く、という辺りで、屋敷内が騒がしいことに気が付いた。
「お湯を沸かしてくるんだ!」「湯あみの準備をっ」「タオルをもっと持ってきてください!」と侍女や侍従たちが慌ただしく伝令している。
「なにかあったのかしら……?」
「そのようですわぁ」
わたし達が玄関ホールに着くと、そこには人だかりが出来ていた。
侍女が多いけれど、ルイーゼ様やミスティア様、オーク様やダグラスの姿が見える。
そしてその中心に居るのはーーー。
「……ルナマリア様?」
ずぶ濡れのルナマリア様がタオルにくるまり、青ざめた無表情でそこに立っていた。




