22:バトラス伯爵家のお茶会①
わーい、夏期休暇が始まった!
シャリオット王国の夏はそれなりに暑くはなるけれど湿度が低いので、前世日本より過ごしやすい。そんな中で約一ヶ月も休暇があるのだから、学生って本当に素晴らしいわ!
デーモンズ学園の生徒の休暇の過ごし方は様々だ。領地の近い子は領地の屋敷に帰宅する場合もあるけれど、王都のタウンハウスや寮で一夏を過ごす生徒も多い。
わたしの場合、ブロッサム領は王都からそれほど遠くないけれど、婚約者候補に選ばれた十一歳からは王宮で妃教育があるためほとんど領地に帰っていない。領地の屋敷より王都のタウンハウスの方が自宅という感じである。
なので今回の夏期休暇もタウンハウスで過ごすつもりだ。
学園がある間は妃教育の進行がゆっくりだった分、休暇中にレッスンが詰まっているのも理由の一つだ。
そして他の理由はーーー
「我がバトラス伯爵家のお茶会へようこそお出でくださいました、オークハルト殿下! クライスト様、ワグナー様、ココレット様!」
そう、お茶会社交である。
シャリオット王国の夜会デビューは基本的に十五歳前後なので、十四歳のわたしがこなすのはお茶会だけ。
そのためお茶会は今のわたしが参加できる大事な社交の場の一つなので、夏期休暇の予定にきちんと組んであるのだ。
本日の予定はルイーゼ様が開催するお茶会で、参加者は淑女科のみんなとダンテ・トーラスを始めとした経営科の生徒達だ。涼しい庭でのガーデンパーティーである。
それぞれ婚約者や友人を連れているので参加人数は多いけれど、一学期の打ち上げといった感じの和気あいあいとした雰囲気が広がっている。
今日の目玉はルイーゼ様の新作『氷の公爵様は甘味がお好き』の出版発表とのことなので、せっかくだからとわたしはオーク様達を連れてきた。護衛にはダグラスも付いている。
ルナマリア様とミスティア様は『銀の騎士と金の姫君』以来ルイーゼ様のファンなので、お二人ともすごく彼女に会いたがっていたし。
ルイーゼ様はオーク様のファンなので、きっと喜んでくれるだろう。
本当はエル様も来られたら良かったのだけど、またしても王太子のお仕事が入ってしまったらしい。
エル様は、
「父上はあまり執務が好きではないから、私に仕事をすぐ回してしまうんだよ」
と苦笑されていた。
いや、ちゃんとお仕事してくださいよ陛下! と思ったけれど、わたしのそんな気持ちを見透かしたエル様は「国王としての情熱があったら、正妃に母上を選ぶようなマネはしないよ」と言って肩をすくめた。
わたしはまだ夜会や国王陛下主催の公式行事に参加したことがないので、陛下がどんな御方かは知らないのだけど(まだ婚約者ではなく候補段階だから陛下の面談もないし)。
仕事したくない夫×第二王子暗殺計画するほど勤勉な奥さんで、案外相性の良い夫婦なのかもしれないな……とちょっとだけ思ったりした。
▽
「ルイーゼ様、わたくしの本にサインをくださらない? そう、そのページに、ミスティアへって入れてちょうだい!」
「……私もお願いしても構いませんか、バトラス様?」
「もちろんですわ、ワグナー様、クライスト様。まぁ、こんなに本を読み込んでくださって……とても嬉しいです!」
わたしの目の前には今、楽しそうにおしゃべりに花を咲かすミスティア様とルナマリア様とルイーゼ様、そしてオーク様とダンテがいる。ちなみにダグラスはバトラス家の護衛に混じって、庭の隅で待機している。
ほかの子達も、ルイーゼ様のサインを欲しがって近づいてきたり、オーク様に話しかけたくて周囲でチャンスをうかがっていたりする。実に良い雰囲気のお茶会だ。
わたしも普段あまり話したことのない経営科の生徒達と談笑し、しっかりと人脈を築いていく。
特にわたし好みのイケメンは、同じ境遇のエル様に同情したり憧れたりするらしく彼の味方になってくれることが多いので、どんどん笑顔を振り撒いておく。
まぁイケメン相手だから勝手ににやけてしまうところもあるのだけど。
そんな和やかなお茶会へ突然、乱入者が現れた。
まさかのロバート・アンダーソン。ダンスの合同授業でルイーゼ様とわたしに二股を掛けようとした、なかなかのオーク顔野郎である。
そしてロバートの連れとして一緒に現れたのは、ヒロインキャラのピアちゃんだった。
「まぁ! オークハルト殿下もこちらのお茶会にいらっしゃったんですねっ! 休暇中に会えるなんてまるで運命みたい!」
赤髪によく似合うオレンジ系のドレスを着たピアちゃんは、オーク様を見つけたとたん一直線にこちらへとやって来た。
そして嬉しそうにオーク様の腕にしがみつき、しなだれかかる。
うわぁぁぁ……、ピアちゃん、不細工男に洗脳されちゃった悲劇のヒロインみたい……。
もちろんオーク様がそんな卑劣な手段を使うような人ではないとわかっているけれど、目の前のあまりの絵面にわたしは顔面蒼白になり、両手で口元を覆ってしまった。
そんなわたしをチラリと見たピアちゃんが一瞬、唇の端をニヤリと上げたような気がしたけれど、たぶん現実を受け入れられないわたしの脳が見せた幻覚に違いない。
オーク様にはべるピアちゃんという図に青ざめているわたしの傍で、ダンテがロバートに抗議をしているのが聞こえてくる。
「君はそもそもバトラス家のお茶会に呼ばれてはいないだろう!? 早く帰りたまえ!」
「経営科の一学年が呼ばれたものと思っていたのだけどな。違ったか?」
「呼ばれたのは君以外の経営科の一年生だよ、アンダーソン。ルイーゼ様にあれほど失礼なことをしておきながら、よく顔を出せたものだなっ」
「おいおいトーラス、たかが商人の息子が俺に楯突く気なのか? ここは学園じゃないんだから、あの馬鹿げた規則もないぞ」
そこへルイーゼ様が口を挟んだ。
「ええ、ここは学園ではありませんわ、アンダーソン子息。我がバトラス伯爵家のお茶会へお呼び立てもしておりませんのに、何故いらっしゃったのですか?」
いつもは灰色の髪をきっちり三つ編みにしているルイーゼ様は、お茶会仕様の複雑な編み込みヘアーにしている。制服ではなく刺繍の見事なドレスを着ているのでいつもよりずっと華やかだ。
そんな美少女なルイーゼ様に冷たく睨み付けられたロバートは、ちょっと気まずそうにしながらも一通の封筒を懐から取り出した。
「まぁまぁ、そんなに怖い顔をしないでくれよ、ルイーゼ。綺麗な顔が台無しじゃないか。今回くらい多目に見てくれよ。俺は側妃様とポルタニアのゴブリンクス皇子殿下から手紙を預かっているんだ」
「手紙ですって……?」
側妃サラヴィア様とゴブリンクス皇子は叔母と甥という関係があったと思うけれど、いったいなんの用でルイーゼ様に手紙を出したのか。
訳がわからず、サラヴィア様の実の息子であるオーク様に視線を向けるが、彼も首を傾げていた。
ちなみにピアちゃんはオーク様が腕から丁寧に剥がしたらしく、二人一緒に並んでは居るが密着していないのでホッとした。
手紙を受け取ったルイーゼ様はその場で封を切って便箋を広げたが、手紙を読み終わると同時に、不思議そうにロバートとピアちゃんを眺めた。
「母上とゴブからどのような手紙を受け取ったのだ、バトラス嬢?」
代表するようにオーク様が尋ねると、ルイーゼ様はおずおずと口を開く。
「ただ、ロバート・アンダーソン様とピア・アボット様を我が家のお茶会に参加させて欲しいと。それだけですの」
「なんだと……?」
オーク様が手紙を見せてもらうのに便乗してわたしも覗き込んだけど、本当にそれしか書いていなかった。取って付けたようにサラヴィア様とゴブリンクス皇子の名前が記されているだけだ。
「だが、この字は確かに母上とゴブのものだな……」
「オーク様はサラヴィア様からなにも伺っていないのですか?」
「ああ、特になにも言ってはいなかったと思うが……」
なんとも釈然としないけれど。
側妃様と隣国の皇子の権力を退ける力が、バトラス伯爵家にあるはずもない。
こうしてピアちゃんとロバートもお茶会に参加することになってしまった。