15:夢女の青春
エル様に相談だ!
どうせなら夢の一つや二つ叶えようと、昼休みに面会の約束をしておいた。
そう、エル様とランチである!
せっかくなので前世料理をいくつか作って籠に詰めてみた。この世界は中世ヨーロッパ風でお米も味噌も醤油もないので(しかもわたしには探す気力も作る技術もない!)、フライパンでそれっぽく作った卵焼きとか、塩からあげとか、紅白なますとかを作ってみた。メインは普通にサンドイッチだけど、この世界にもあるハム野菜サンドなどのほかにカツサンドも作ってみました。カツサンドも東京上野生まれだから日本食のくくりでしょう、うん。
前世の学生時代でまかない目当てにフード系のバイトをいろいろやったお陰で、今世にスキルが生きたわ。前世でそのスキルがちっとも生きなかったのは食事にお金をかけるなら乙女ゲームに課金したいって気持ちと、自分一人の食事を作るのが面倒くさかったからなのだけど。前世でも彼氏が居れば! 頑張ったはず!
あれ、そういえば前世のわたしが死んだ原因ってもしかして栄養失調だったり……?
まぁ、エル様のいらっしゃらない過去など振り返らないわ。
従者のフォルトさんと護衛騎士のダグラスに毒味をしてもらってから(二人から味のお墨付きももらえた!)、エル様とランチにする。
場所は学園内にあるエル様専用のサロンだ。本当は王族用サロンらしいのだが、オーク様が高位貴族用のサロンにいることが多いのでエル様が一人気ままに使っているらしい。
「ココも淑女科の方が落ち着いたら、この部屋に顔を出してくれると嬉しいな」
「はい、エル様」
当初予定していた淑女科での人脈作りは、ただの夢女活動に変わってしまった。もはや一年生のクラスだけではなく、淑女科の全学年を巻き込んでロマンス小説を作ったり、推しキャラについて熱心に語ったり合ったりしている。このどんちゃん騒ぎが果たして『落ち着く』ことがあるのだろうか? わからない。
でもエル様にももちろん会いたいので両立しなければ。前世で経験しなかった、恋愛と夢女活動の両立って感じで結構嬉しい。
エル様専用のサロンは深緑色のカーペットやカーテン、クッションで統一されていて落ち着いた雰囲気だ。
開け放たれた窓からは校庭の緑がよく見えて癒される。
入り口側にはサロンらしくソファーセットがあるけれど、奥にはエル様が運び入れたらしい執務机があり、書類の束が乗っていた。王太子の執務と学業で、きっとお忙しいのだろう。
「ちゃんと休んでます?」
「うん。最初はバタバタしていたけど、慣れてきたよ」
そう言って微笑むエル様の表情は確かに明るい。隈とかもないみたいでホッとする。
「じゃあ今日はわたしの手作りランチで精をつけてくださいね!」
「ふふふ、ココが作ったお菓子は食べたことがあるけれど、料理は初めてだね。楽しみだな」
エル様がそう言ってフォークを手に取ろうとしたので、わたしが先にフォークを奪う。「ココ?」と目を丸くするエル様の表情をうっとりと見つめながら、わたしは小首をかしげて見せる。
「まずはどれから食べたいですか、エル様?」
「え?」
「わたしがエル様に食べさせて差し上げます!」
エル様の顔が耳までぼっと火が着いたみたいに赤くなる。ああ、どんな表情も本当に素敵。顔が天才。
わたしはエル様の隣にずいっと体をくっつけると、駄目押しで上目使いをして見せた。
「エル様、どれが食べたいですか?」
「……あ、いや、ココ、その……」
「お願い、エル様、あーんして?」
エル様が両手で顔を押さえて呻く。陥落したように「……その、黄色いやつからで……」と震えながら答えた。わたしの顔も偏差値が高すぎるのでなかなか可愛かっただろう、えっへん。
さぁ、前世から憧れの『あーん』である。わたしは嬉々として卵焼きをフォークで差し、恥ずかしがるエル様を堪能しながらその口許へ運んだ。エル様はおずおずと卵焼きを食べながら「とっても美味しいよ、ココ」と微笑んでくださった。わーん、美しすぎる!
だんだん『あーん』に慣れてきたエル様に逆に『あーん』をされたりしながら、大変楽しいランチタイムを過ごした。
食後のお茶を飲みながらエル様にべったりとくっついていると、「そういえば」とエル様が首をかしげる。
「そういえばココ、なにか相談があるって言っていなかった?」
あ、すっかり忘れていた。
エル様の良過ぎる顔に浮かれて、新しいオークに出会ったことなど無限の彼方に飛び去っていた。
慌てて真面目な顔を作ると、昨日の出来事をエル様にお話しした。
エル様は真剣な顔でわたしの話を聞いてくださり、しばし思案するように沈黙する。憂いを帯びたその顔に、わたしは再びぽわんとなる。
「うん……。相談してくれてありがとう、ココ。つまり影は今もすぐ傍に居て聞き耳を立てていると考えた方がいいね」
「ハッ! そ、そうですね……!?」
その可能性を失念していたなんて、自分でもちょっとびっくりする。よほどエル様とのいちゃいちゃランチに気持ちを傾けていたらしい。
「じゃあ、影から母上に筒抜けになっても平気な範囲で話そう。……私の母上の実家について、ココはどこまで知っているかな?」
「マリージュエル様のご実家ですか? 公爵家であることは知っております」
「公爵家の中でも最古のヴァレンティーヌ公爵家。公爵家の中で一番領地が小さく、表向きは飛び抜けた功績がない」
「では裏は?」
「建国から王家を支える『影』なんだ」
「では、昨日わたしがお会いした『王家の影』というのは、本当にマリージュエル様の差し金なのですね……」
マリージュエル様ってラスボス女王みたいな雰囲気の方だったから、悪事の百や二百はやってそうだったけど、王家公認かぁ~。
「母上がクライスト嬢を正妃にしたがるのは、彼女の家の情報収集およびその統括力が目当てなんだろう。ヴァレンティーヌ公爵家が喉から手が出るほど欲しい力だ」
「我がブロッサム侯爵家には旨味がありませんものねぇ」
「ブロッサム侯爵家は平和でいい家だよ」
「ありがとうございます」
エル様の慰めに感謝はするけれど、客観的に考えてマリージュエル様がわたしよりルナマリア様を正妃に欲しがるのは仕方がないような気がした。わたしのアドバンテージなどエル様の御子を生めるくらいで、それは側妃の立場でも問題ないからなぁ。
マリージュエル様の考えは推測できたけれど、ちょっと凹む。
「ココ、私は本気できみを正妃にしたいと思っているよ。母上の思惑通りになどならない。色々調べてみるよ」
ちょっと凹んだけれど、エル様がそうおっしゃって優しく頭を撫でてくれたので気持ちが浮上する。
だってこの顔にこの性格のエル様だよ? こんな国宝級のイケメンを手に入れる為なら、マリージュエル様の反対のひとつやふたつ、乗り越えてしまわないと!
「はい! よろしくお願いします、エル様」
「影自体はココに害を与えることはないと思う。ココが私を嫌がって逃げようとしているとかなら牽制をかけると思うけど……」
「わたしがエル様を嫌がるはずがありませんわ!」
「……うん、ありがとう。でも念の為、ココの護衛にダグラスをつけるよ。そうすれば少しは気持ちが休まるだろう?」
「まぁ、エル様、ありがとうございますっ! ダグラスが居てくれればとても心強いですもの」
わーい、やったぁ! どうせ付きまとわれるならオーク顔より断然ワイルド系イケメンのダグラスだわ! 眼福ね!
「クライスト嬢にも影が付けられているなら、彼女にも話を聞いた方がいいな」
「そうですわね、ルナマリア様を正妃にしたいのなら、彼女の方がわたしよりずっと危険かもしれません。気にかけてあげてください」
「うん、そうしよう」
最後にゴブリンについてエル様と話し合う。
「ポルタニア皇子についても調べてみるよ。なにを企んで我が国に留学などしてきたのか……。影が守ってくれるから大丈夫だと思うけれど、ココも注意してね」
「はい」
はぁ……、この世界は魔物だらけだわ。