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12:ヒロインとランチ





 食堂二階の特別室でランチを取ることになった。

 従者がオーク様たちの料理を取りに行くのを見送って、移動する。わたしは近くでこの騒動を見守っていた生徒に、ランチを別で食べることになったことを淑女科のみんなに伝えてくれるよう頼んでおく。どうせこの騒動を遠目から見ているだろうけど。だからこそ心配かけないように伝えておかなければ。


 二階は高位貴族が使える個室がいくつも用意されている。わたしも侯爵家なので自由に使えるのだけど、実際に入ったのは今日が初めてだ。いつも一階の大テーブルで淑女科のみんなと夢トークするのに夢中だったもの。

 設置されているテーブルのグレードは一階のものとは段違いだし、棚に用意されている紅茶の茶葉も王宮御用達のものばかりで思わず溜め息が出る。


「まぁ、すごいわ……!」

「わぁっ、すごいですねっ!」


 ピアちゃんと思いっきり台詞が被ってしまった。

 わたしはピアちゃんに顔を向けて共感の笑みを浮かべたのだが、ピアちゃんの表情は強張っていた。『なんで台詞が被るの?』とでも言いたげに。


 ミスティア様がピアちゃんを無視して、わたしに話しかけてくる。


「そういえばこちらでココレット様をお見かけしたことがありませんわね」


 オーク様とルナマリア様も会話に入ってくる。


「ココはまだ二階を使ったことがなかったのか?」

「ココレット様は高位貴族用のサロンにもいらっしゃいませんね……」


 ルナマリア様がおっしゃる高位貴族用のサロンは、昼休みや放課後に高位貴族が集まる休憩所のことなのだが、淑女科の共有スペースで萌え話をしながら飲むお茶が楽しすぎてまだ一度も行ったことがない。本当はそっちでも人脈作りしなくちゃいけないよね……。萌え話をする時間が減るのは嫌だけど……そしてたぶんそっちのサロンは全体のオーク度が高めだろうけど……。エル様のためだし……。


「そう言えばフィス兄さまがおっしゃっていたわ。貴方が淑女科の生徒たちと本作りをしているのだとか。そんな楽しいことをしているのなら、わたくしたちのところへなど顔を出す暇もないのでしょうねッ」


 ツーンとむくれた顔を横に背けるミスティア様、完璧美少女(ツンデレ )である。ブルルンと揺れるドリルのような黒髪縦ロールと大きなお胸様のたゆゆんとした動きも合間って最強美少女(ツンデレ )である。はぁぁぁ……眼福。


「そんなふうにおっしゃらないでくださいませ、ミスティア様。わたしがミスティア様とルナマリア様のことを心からお慕いしていることなど、きちんとご存知でしょうに」

「ま、まぁ、ココレット様がわたくしをとても崇拝してくださっていることはよく知っておりますけども……」

「ココレット様、……きっとミスティア様は特進科にあなたがいらっしゃらなくて、拗ねていらっしゃるのです」


 無表情なのにハラハラとアイスブルーの瞳を揺らすルナマリア様が、両手を組んでそう言った。わたしたちが喧嘩しないよう気を配ってくださっているらしい。


 わたしはルナマリア様を安心させるように微笑む。


「のちほど、淑女科のルイーゼ・バトラス様がお書きになった小説をお配りいたしますわ。とっても素晴らしい作品なのでお二人とも気に入るはずです」


 それぞれテーブルの席に座り、オーク様たちの料理が運ばれてくるのを待つ間、『銀の騎士と金の姫君』のあらすじや、出版してくれたトーラス商会を売り込んでいく。目の前で冷めていくトマトクリームパスタは悲しいけれど、さすがに他国の皇子の前では「じゃあお先に」と食べられないもの。ピアちゃんも自分で運んできたランチに手をつけず、向かいの席から観察するようにわたしたちを見つめていた。

 ……それにしてもゴブリンクス皇子、一度も喋らないなぁ。

 赤鬼のように顔を真っ赤にさせたまま、会話に入ろうとする様子はない。


「……ブロッサム様はどうして淑女科に入られたのですか?」


 ようやく全員の料理が届いたので食事が始まり、ちょうど会話の切れたところでピアちゃんがわたしに話しかけてきた。


「オークハルト殿下の婚約者候補だとお聞きしましたけど。どうして特進科を選ばれなかったんですか? まさか学力が足りなかったんですか?」

「小娘! お黙りなさいッ!」


 わたしが答える隙もなく、ミスティア様がピアちゃんを怒鳴り付ける。さっきの食堂での口論といい、まさかこの二人、普段から特進科で言い争ってるんじゃないでしょうね……?


「だって普通、こんなに素敵なオークハルト殿下のお側を離れる選択をするなんておかしいですもん。わたしだったら好きな人と離れたくない。ずーっと一緒に居たいですから!」


 わ、わかる~!!

 わたしもエル様のお側を離れたくなかったもの!

 でもエル様とベッタリな青春を半減してでも、未来のエル様に有利になる人脈を築くことをわたしは選んだ。わたしの好きな人は平凡な男子生徒ではなく、この世界では敬遠されるほど醜い王太子様だから。多少の煩悩は抑えて未来に投資するのだ。


「愛する方と離れたくない気持ちは分かりますわ、アボット様。けれどわたしがこのデーモンズ学園ですべきことは、恋にうつつを抜かすことでも、良い成績を残すことでもありません。人脈作りのために淑女科を選んだのです」


 その淑女科でやっていることといえば、みんなで楽しく夢女活動してるだけなんだけど。えへ。


「……まだ候補者の段階なのにご自分が絶対に選ばれる自信があるんですね。すご~い。わたし、尊敬しちゃいますっ」

「ありがとう」


 確かにエル様の婚約者が確定されるのはまだ先のことだけど、わたしは心からエル様を愛しているし、エル様からの態度やお言葉から愛を感じている。ミスティア様もルナマリア様も、エル様の婚約者に選ばれる気はまったくないのを知っている。

 うん、選ばれる自信しかないわ。


 その後もピアちゃんから質問が続く。


「出会いは王宮のお茶会だったって聞きました」

「ええ。婚約者候補を決めるお茶会にお招きいただき、そこで出会いましたわ」

「第一印象ってどんな感じでした?」

「……優しい瞳をされていると思いましたわ」


 エル様を天使だと思ったなんて言ったら医者を呼ばれちゃうかもしれないけど、これくらいの褒め言葉ならセーフでしょ?


 わたしとピアちゃんが話している横では、ミスティア様がピアちゃんを完全無視してルナマリア様に話しかけている。どうやら『銀の騎士と金の姫君』に興味を持ってくださったらしく「恋物語なんて素敵です」「楽しみだわ」と話している。

 オーク様も二人の会話に入ったり、わたしとピアちゃんを見て首をかしげたり、いまだ一言も喋らないどころか一口も食事をされないゴブリンクス皇子に「医者を呼ぶか、ゴブ? 顔が真っ赤で汗までかいているぞ。熱がありそうだな」と心配そうに声をかけている。


 ゴブリンクス皇子は結局医務室送りになった。

 初めて王宮で会ったときも医者を呼ばれていたなぁ。食堂では偉そうなほど元気に喋っていたのに、案外虚弱体質なのかしら。

 オーク様も皇子に付き添うらしく、退室していく。


「オークハルト殿下って、ほんとにお優しい方ですよねぇ。わたしが初めてお会いしたときも、とても優しくわたしを抱き止めて助けてくださいましたしっ」

「ええ、そうですわね」

「みんなにお優しいから、きっと勘違いしちゃう人がいっぱいいるんだろうなぁ。自分にだけ優しくしてくれる、自分だけを愛してくれている、……自分を選んでくれるって」

「……???」


 ちょっと後半の意味がよく分からないわ。


「オークハルト殿下がお可哀想……」


 ピアちゃんはわたしにだけ聞こえる声でそう呟いた。

 言葉の意味はまるで分からなかったけど、彼女のエメラルドのような瞳にはわたしを蔑む色が浮かんでいた。


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