11:悪役令嬢VSヒロイン
「本日のおすすめデザートはスフレですって」
「まぁ、それは楽しみですねぇ。まだ残っているといいのですけど」
「そういえばルイーゼ様が新しく書かれていらっしゃる作品に、甘味好きの殿方が登場するとお聞きしましたわ! いつ頃完成されるのですか?」
「今ちょうど物語の山場なんですの。そこさえ書き上げられればすぐに完成できますわ」
「あぁ、ルイーゼ様の新作が早く読みたくてたまりませんわっ。ねぇココレット様?」
「ええ、そうですわね。楽しみにしておりますわ、ルイーゼ様」
お昼休み。淑女科のみんなで和やかにおしゃべりをしつつ、本校舎にある食堂へと向かう。
他の学科、他の学年の生徒が一斉に食堂へ向かうので多少混雑はするが、みんなもう慣れたものだ。従者にランチを取ってきてもらう人もいれば、自分でカウンターに並んで注文する人もいるし、大きなテーブルでグループになって食事をしている人もいれば、窓際のスツールに一人腰かけて食事する人もいて様々だ。
他にも食堂を利用せず、持参したランチを校内のどこかで食べる層もいる。エル様はランチ持参派なので食堂でお会いしたことはない。いつかエル様にお弁当を作って中庭で食べたいなぁ~。前世告白したから日本食もありだよねぇ。
放課後デートも実現できないのに夢ばかりが膨らむわ……と思いつつ、自分で注文する派の女の子達といっしょにカウンターの列に並ぶ。
今日はなんのメニューにします~? などとのんびり会話をしていると、食堂内の二階へ通じる階段付近から何やら揉める声が聞こえてきた。
「ですからッ、なぜ貴方のような男爵家ごときとオークハルト殿下がご一緒に食事をしなければならないのよ!? ありえませんわ!! 身の程を知りなさい!!」
あ、めちゃくちゃ知ってる声だわ。ミスティア様だ。
「……そんな言い方はひどいです、ワグナー様。確かにわたしは平民上がりですけれど、わたしがオークハルト殿下をランチにお誘いしてはいけないだなんて、学園のルールにはありませんっ」
「学園のルールですって? 下位貴族の分際で王族にベラベラベラベラと話しかけるなど、学園のルールどころか常識問題ですわ!」
「デーモンズ学園では生徒は身分関係なく平等のはずですッ!」
「お黙りッ! そもそもこちらが先約ですわ!」
「だからどうかご一緒にとお願いしているんですっ」
「だからお断りだと言っておりますわ!」
わぁ、なんの乙女ゲーム展開なの。と思ってミスティア様の声のする方に視線を向ける。
階段前のスペースには、従者を連れたミスティア様とオーク様とルナマリア様が居て、赤髪の女子生徒が料理の乗ったトレーを両手に持って対峙している。あれは……ピアちゃんだ。なんだか悪役令嬢VSヒロインの構図だ。
彼女たちの周囲には奇妙な空白ができて、生徒たちが遠巻きに見つめていた。
たぶん、二階の特別席に向かおうとしたミスティア様たちのところへ、ピアちゃんがオーク様とランチをいっしょにしようと誘いに来た……という感じかしら?
状況分析をしつつ、注文の順番が来たのでトマトクリームパスタと本日おすすめデザートのスフレを注文して、隣の受け渡し場所へ移動する。
「なんの騒ぎだ。騒々しい」
新たな人物が現れた……と思ったら、ポルタニア皇国から留学に来ていたゴブリンクス皇子だった。
この方こんな声だったのね。以前お会いしたときは一言も喋らなかったから知らなかったわ。
橙色の前髪を手で払いながら登場するゴブリンクス皇子に、周囲の女の子たちが色めき立つ。「あの艶やかな褐色のお肌に、あの繊細なお顔立ち。さすがはポルタニア皇族だわ」「オークハルト様ファンの私でも、あの儚げなお姿にはよろめいてしまいそう……」みんな本気? ゴブリンだよ?
ゴブリンクス皇子はフッ……とニヒルに笑うと、オーク様に視線を向ける。
「おい、オーク。今日は僕といっしょにランチをどうだ? そこの婚約者候補どももいっしょに連れてきて構わない。だが僕の連れとして、この赤毛の女も同席させたい」
「……ゴブと食事をするのは別に構わんが、なぜそこの彼女といっしょに?」
「単なる気まぐれさ。……おい、女。オークと食事がしたかったんだろ? 僕に感謝しろよ」
「は、ハイッ! ゴブリンクス皇子、ありがとうございますッ! じゃあみんなでいっしょにランチを食べましょう!」
ピアちゃんはきっと料理の乗ったトレーさえ持っていなければ、その場で跳び跳ねて喜んでいただろう。とても無邪気な笑みを浮かべた。
それを困惑した表情で見つめるオーク様とルナマリア様。怒りに顔を真っ赤にさせるミスティア様が、言葉を飲み込むように唇を噛み締める。
そんな四人の様子を、ゴブリンクス皇子はニヤニヤと笑いながら観察していた。
本当にみんなは皇子が儚げ美少年に見えるのかしら? 見た目も中身も意地悪ゴブリンにしか見えないわ……。
まぁ、前世基準の『儚げ美少年な見た目なのに陰湿』なら萌えるけど、うん。
そんなことを考えつつ、注文したランチが出来上がったのでトレーを受けとる。
淑女科のみんなが集まっているテーブルに移動しよう……と、視線をさ迷わせると。
ミスティア様とバッチリ目が合った。
「こちらに来なさいッ! ココレット様!」
「……はい」
食堂中に響くような大声で、ミスティア様がわたしを呼ぶ。
その苛烈なお姿は完全に悪役令嬢にしか見えない。ミスティア様、やめよう、周囲の人に誤解されちゃうからもっと穏やかに呼んでください。悪い意味で『薔薇姫』とかあだ名を付けられちゃうよ。
おとなしくミスティア様たちに合流すると、彼女はわたしの肩に腕を回しながらゴブリンクス皇子に声をかける。
「ゴブリンクス殿下、婚約者候補の同席は許可されましたよね? ならばココレット・ブロッサムも同席して構いませんわね?」
「……お久しぶりですわ、ゴブリンクス殿下。わたしもご一緒できると嬉しいですわ」
本当は淑女科のみんなでキャッキャッと萌え談義したいけど。ミスティア様たちを放っておけないし。ピアちゃんのことも気になるし。
そう思ってゴブリンクス皇子を上目使いで見上げれば、彼の肩がビクッと大きく揺れる。褐色の肌でもよくわかるほど真っ赤になり、鯉のように口をパクパクさせた。以前会ったときと同じだ。なるほど、わたしの美貌は他国の人間相手でも武器になるらしい。
ゴブリンクス皇子は結局声が出せず、しばらくしてからコクリと首を縦に振ることで了承した。
そのときピアちゃんが憎しみの籠った眼差しでわたしを見つめていたことに、ついぞ気が付かなかった。