7:夢女仲間に勧誘
ルイーゼ様は中庭の東屋に腰かけていた。じっと睨み付けるように植物を眺めている。
わたしが背後から近付くとすぐに立ち上がり、頭を下げた。
「先程の授業では大変申し訳ありませんでした。オークハルト殿下の婚約者候補であらせられるココレット様にあのようなご迷惑をおかけして……」
「あれはルイーゼ様のせいではありませんわ。あの不誠実な殿方のせいですから」
「いいえ、私のせいですわ」
とにかくベンチに座るように促せば、ルイーゼ様はおとなしく腰を下ろした。
「淑女科のみなさんにも不快な思いをさせてしまいましたわ。あとで謝りませんと……」
「みなさんもルイーゼ様のことを心配していらっしゃいましたよ」
「申し訳ありません……」
「あんな不誠実な方のことなんて、忘れた方がいいですわ」
「違うのです、ココレット様。あんな軽薄な男に傷付いたわけじゃないのです。よく知りもしない初対面の男ですし」
ルイーゼ様は固く三つ編みされた灰色の髪を自分の指に巻き付けながら、深いため息を吐く。
「私は自分の男性を見る目のなさに腹が立ったのです」
「まぁ……」
「私、あの男にダンスを申し込まれて有頂天になりました。だってオークハルト殿下ほどではありませんが、あの男の雄々しい顔立ちにコロッと参ってしまったのです。私はあの男と同じ、人のうわべだけしか見ないような人間だったんですわ……」
わぁーい、わたしと同じだね~イケメンって最高だよね~☆ とか軽々しく口にしたらダメなんだろうなぁ。
わたしは出来るだけ真剣な表情を作り、ルイーゼ様の手を両手で包む。
「人の持つ美しさに心惹かれるのは自然なことですわ、ルイーゼ様。それがうわべだけの美しさであっても」
「ココレット様……」
「大事なのはご自身にとって何が一番美しいものかを知っているという事だと思います」
「何が一番、美しいか」
わたしにとってそれは前世基準のイケメンだ。今世ではオーク顔がかっこいいと言われても、わたしにとっての美の基準は変わらない。エル様だ。エル様がわたしにとって世界で一番美しいものだ。
「ルイーゼ様は確かにロバート様のお顔に惹かれたのでしょう。でも彼の内面を知り、見た目の美しさだけではダメだというご自分のお心に気付いたのでしょう? ルイーゼ様にとっては人の見た目より、お心の美しさの方が大事だったということでしょう」
「……そうですね。今まであまり同年代の殿方とお知り合いになる機会が少なかったので、見目の良い殿方をお見かけするとついつい浮かれていましたが……。実際に近づいてみると、お顔立ちの良さだけではダメなのだなと思いました」
「きっとこれから学園で、ロバート様よりも素敵な方に出会えますわよ」
「…………」
「ルイーゼ様?」
ルイーゼ様は唇を噛み締め、苦しそうに呟いた。
「……きっとこれから、素敵な殿方に出会う機会はたくさんあるのだと思います。ですが今回のことで、私が幼い頃からこの胸に抱えてきた理想の王子様よりも素敵な方には出会えないような気がしたのです」
あ、それは無理かも。
わたしも一回死んでからじゃなければエル様に出会えなかったし、夢女が妄想する理想の男性にはそうそう出会えない。
なら、もうそれは。
「理想の王子様は、作ってしまいましょう」
「え?」
「文章にしてしまいましょう。ルイーゼ様が理想とする王子様が、理想の女の子と恋に落ちるお話を書きましょう!」
「え、え、お話に? 書く?」
ちなみにこの世界の小説は純文学ばかりで、気楽に萌えられるライトノベル系はなにもない。
正直読みたい。生きる乙女ゲーム攻略対象者なエル様がいらっしゃるけど、それとは別腹でイケメンに萌えたい。登場人物はどうせオーク顔ヒーローだろうけど、顔の描写をすっ飛ばせばジェネリック薬として萌えるはず。
「ルイーゼ様もきっと想像したことがあるでしょう? ご自分のなりたかった姿や身分や性格で、理想の殿方と出会い、恋に落ち、苦難を乗り越えて結ばれる夢を……」
「あ、あります……っ!」
ルイーゼ様は瞳をキラキラと輝かせて、わたしの手を握り返した。
「本当は輝く金髪と青い瞳をした美しい私が、とある国の姫として生まれて、ずっとお側で守ってくださった強くてかっこいい銀髪の騎士に、戦の褒美として下賜を求められるのです……! でもっでもっ、私には隣国の王子からも求婚が来ていて、あ、王子は黒髪の美しい方で……!」
「よし、書きましょう!!」
わたしたちはランチを取りに行くことを忘れて、東屋でそのまま物語の設定やプロットを立てた。あの大変失礼なロバートなる男の事もきれいさっぱり忘れた。
昼休みが終わるギリギリに教室へ戻ると、淑女科のみんなが心配そうにルイーゼ様のもとへ集まった。
ルイーゼ様はみんなに微笑みかけると、「ご心配をお掛けしました」と頭を下げる。
「理想の王子様を現実世界に求めるのは止めにいたしますわ。もっと素敵な方法で追い求めます。みなさんを驚かせたいから今は秘密にしますけど、完成したらみなさんにもお見せしたいわ」
「よくわかりませんけど、ルイーゼ様が気を落とさずにすんで本当に良かったですわ」
「ココレット様のお陰ですね」
「ココレット様、ルイーゼ様、ランチを抜いてしまわれたでしょう? 食堂からスコーンとクッキーを持って参りましたので、次の休み時間にでも召し上がってくださいな」
「まぁ、ありがとうございます」
優しいクラスメートばかりでラッキーだなぁ。
わたしはスコーンとクッキーの包みを受け取って、呑気にそんなことを考えていた。
まさかその頃ミスティア様が特進科で、クラスメートであるアボット男爵令嬢ピアちゃんに啖呵を切っていたことなど知りもせずに。