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2:赤髪のヒロイン




 オーク様の腕の中でガバリと顔をあげた彼女は、艶めく赤髪に大きなエメラルドの瞳が実に愛らしい少女だった。

 彼女はオーク様を見上げ、顔を真っ赤にさせて固まった。


 その様子をわたしはじっくりと観察する。

 こんなに可愛らしい子を見るのは久しぶりだ。ルナマリア様とミスティア様、ヴィオレット様以来だろう。

 生粋のメンクイであるわたしも唸るほどの彼女の最大の魅力は、なんと言ってもその素朴さである。

 このデーモンズ学園に通うことができるのは貴族か大商人の子供と決まっている。つまり彼女も富裕層の娘のはずなのだけど、なぜだか彼らの持つ洗練された雰囲気を纏っていない。それよりもむしろ、幼く、無邪気で元気いっぱいといった様子である。

 まるで乙女ゲームや少女漫画のヒロイン役に抜擢されそうなタイプだ。今のこのシチュエーションも実に素晴らしい。入学初日の生徒玄関前で転倒しかけ、男子生徒に抱き止められるとか、王道中の王道展開だもの。


 ーーーその相手がオーク様でなければ。


 オーク様が相手だというだけであら不思議、モンスターに拐われる憐れな美少女に見える。心がスン……とする。


 けれどわたし以外の人にはそうは見えないのだろう。周囲の特に女子生徒たちがざわついている。

「まぁぁぁ……オークハルト殿下になんと不敬なっ!」「それも婚約者候補のココレット様の目の前でなんという恥知らず!」「どこの家の娘かしら、お里が知れるわねっ」

 ただのB級モンスター映画にみんな非難轟々である。


 少女はというと、周囲の人々の反応が聞こえたらしくあたふたとオーク様から離れた。

 真っ赤な顔から汗を垂らし、慣れない動作でカーテシーもどきを披露する。


「も、申し訳ありませんんん……! わたし、いつも何もないところで転んじゃって、お母さんからもあなたはそそっかしいから気を付けるようにっていつも言われてたのに……、まさかこんな素敵な王子様に助けて貰えちゃうなんて……!」


 声まで可愛らしく、話す内容からも彼女の活発さが窺える。なるほど、ヒロイン力満タンだ。


「わたし、ピア・アボットって言います! 王子様、助けてくださりありがとうございました!」


 ピアちゃん……名前まで可愛い……。これは学園生活の楽しみがひとつ増えたわね!

 わたしが眼福要員が増えたことを神に感謝していると、オーク様が「うむ」とピアちゃんに返事をする。


「怪我がないようで良かった。これからは気を付けるように」


 王子らしくどっしりと構えたオーク様はそう頷いて答えた。そこにはヒロイン的美少女ピアちゃんへの興味はまったくなく、初対面の臣下を見定めようとする落ち着きがあった。

 これもきっとエル様の教育の成果ねぇ、とわたしは感心する。


 エル様の補佐になるために一生懸命勉強したオーク様は、以前の誰も彼もを幼稚に信用する態度を改め、相手をじっくりと観察するようになられた。どんなにオーク様に親切な人間でもエル様に対してそうとは限らないことを、彼は学んだのだ。オーク様はエル様の臣下としてちゃんと成長しているのである。


 そんなオーク様に、ピアちゃんは一瞬真顔になった。何かが想定外だと言うように目を見開くけれどーーーそんな顔でも可愛いなぁ~。


「えーと……はい、大丈夫です……大丈夫ですけどぉ……」

「ん? どうした、アボット嬢?」

「あ、わたしのことは是非ピアって呼んでください! あの、王子様のことはなんてお呼びしたらいいでしょうか?」

「俺のことは普通にオークハルト殿下と呼べばいい」

「お…オーク、ハルト……殿下……ですね……」


 ピアちゃんは何かが腑に落ちないという様子だったけれど、すぐに切り替えたようにはにかんだ。頬を染めたまま上目使いでオーク様を見つめ、こてんと首をかしげる。


「オークハルト殿下も、これから入学式の会場へ行かれるんですか? わたしもそのつもりなんですけど……、わたしって方向音痴だから、ちゃんと辿り着けるか不安なんです。もしよろしければご一緒させていただいてもいいですか?」


 こ、これは……!

 わたしがエル様と初めてお茶会でお会いしたときに使った誘い文句と同じパターン……!!

 もしかしてピアちゃん、オーク様に一目惚れ? 一目惚れなの? 男見る目ないなぁ!!

 仲良しのルナマリア様の男の趣味を一瞬忘れて、わたしは本気でピアちゃんの見る目のなさを心配する。


 そんなわたしへ、オーク様が振り返った。


「ココ、ピア嬢が同行しても構わぬか?」

「わたしは構いませんが……」


 これから合流予定のルナマリア様はオーク様に近づく女性など嫌がるだろうし、ミスティア様なんかは婚約者候補でもない女性を優遇しようとは何事だと激怒するだろう。

 二人が嫌がるから止めた方がいい。そこら辺にいる在校生にピアちゃんの案内を頼んだ方がいいですよ、と言おうか考える。


「あ、お連れ様、わたしもご一緒したらダメです、か……」


 ピアちゃんがオーク様の影からぴょこんと顔を覗かせてわたしを見た。

 その途端、ピアちゃんは茹で蛸のように瞬時に顔が真っ赤になり、表情が完全に固まった。「は……?」と呟いたまま絶句し、目が点になっている。


 この表情を向けられることは非常によくある。

 わたしが絶世の美少女だからだ。

 わかるよピアちゃん、こんな、天界から舞い降りてきたような美女を見る機会なんて滅多にないもんね。驚くのも無理はないよ。

 わたし、人間だよ。女神とか精霊じゃないよ、怖くないからね、という気持ちを込めてピアちゃんに微笑む。


「ごめんなさいね、アボット様。オーク様には待ち人がいらっしゃるの。お一人で会場へ行くのがご不安なら、在校生に案内を頼みましょう。

 ……どなたか、彼女の案内をお願いできるかしら?」

「ブロッサム嬢のお願いとあらばこの僕が!」

「いいえ、わたくしが引き受けますわ! アボット嬢も同じ女性の方がご安心でしょう!」

「俺ならば学園の抜け道すべてを知っておりますっ。ココレット様、どうか俺にそのご命令をっ!」


 わたしのお願いに集まった数十人の生徒の中から何人か選んで、ピアちゃんの案内を頼む。


「では皆さん、アボット様をよろしくお願いいたしますわね」

「「「はいっ!!!」」」


 周囲の生徒たちに促されてようやく硬直が溶けたピアちゃんは、可愛らしく周囲を見回し「え? え? え?」と焦っている。

 連れ去られるように足を動かし出したピアちゃんは、それでも振り返ってなんとかわたしを視界に収めた。その澄んだエメラルドの瞳には驚きと共に、なぜだか悲しみが宿っている。


 ……ピアちゃん?


 なんであんなに悲しそうな目で、わたしを見たのだろう。

 ルナマリア様とミスティア様が来るまで、わたしは何度もピアちゃんの瞳を思い返した。


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