58:橙色の髪のゴブリン
エル様は実は逆行転生者だった! ←New!
そんな感じで聖女ツェツィーリア伝説の教会視察のはずが、まさかエル様のとんでもない秘密を知ることになろうとは……という感じの旅だった。エル様のプロフィールがものすごい勢いで更新された一日だったなぁ。エル様が教会視察でやたらと装飾品やロザリオを調べていた理由も、逆行転生の秘密を探るためだったのねぇ。
そしてわたしの前世の記憶について、今までは話す気も特になかったのだけど、エル様がせっかく秘密を打ち明けてくださったのだからと、話すことにした。ほとんど勢いだった。
だけどそのお陰で、なんとあのエル様がついにわたしの愛を信じてくださった! ついにまともに告白が通じたよ~! 嬉しい! 苦節二年が報われるわ!
晴れて両想いになれたので、わたしはとてもご機嫌だ。
エル様が話してくださった一度目の人生にはもちろん色々と考えることもある。エル様やレイモンドやダグラスが可哀想で仕方なかったし、お父様に対しても見方が変わってしまったところもある。
あのときはサラリとしか聞けなかったけれど、妃が出来なかったというエル様の前回の婚約者候補についてとか。ルナマリア様やミスティア様やヴィオレット様や、王太子になったというオーク様についてとか、ついでにドワーフィスター様とか。みんなどんな一度目の人生をおくったのだろう。気になることは盛りだくさんだ。
だけどそれらの疑問は少し横に置いておいて、わたしの頭の中はお祭り騒ぎである。ワッショイワッショイ! 前世からの悲願『イケメンと結婚する』に大きく前進じゃ~い!
無駄に気分が良いので、妃教育のために登城してからも込み上げる笑みが抑えられない。
絶世の美少女であるわたしのハッピー過ぎる微笑みに、わたしを見慣れているはずの城内の人間たちでさえ顔を赤くして膝から崩れ落ちている。護衛の騎士も給仕の侍女や侍従も、教師やミスティア様たちでさえ、わたしの笑顔に心臓を押さえつけて床にうずくまっている。美しすぎてごめんね。でも自分でも自分の魅力を抑えるすべを知らないの。
だからこのとき、脳内花畑のわたしに分かる筈もなかった。
この日のわたしこそが、来年学園で巻き起こる騒動の種であったことを。
▽
「おお、ココではないか! 教会視察から戻ってきたのだな! 旅はどうだった?」
「オーク様」
その日、薔薇色の気分で城内を移動していたわたしを、後方から呼び止めたのはオーク様だった。
幸せいっぱいのわたしなので、なんの含みもない満面の笑みでオーク様に振り返る。普段ならオーク様に声を掛けられるとテンションがちょっと下がるのだけどね。
「ごきげんよう、オーク様。とても良い視察でした。……あら?」
わたしの美貌にうっとりとするオーク様の隣には、年の近い少年が一人立っていた。
彼の肌は艶やかな褐色で、橙色の髪と瞳を持ち、隣国ポルタニア皇国風の鮮やかな色使いの衣装を身に付けていた。
褐色の肌でもよくわかるほど顔を赤らめた彼は、フラリ、フラリと足元が揺れていた。魂が抜かれたような表情をしてわたしを見つめている。
少年のその顔の造りは実に特徴的で、尖った鼻と顎、不気味に裂けた唇、小さすぎる瞳といった、ポルタニア皇国人らしいーーーゴブリン顔だった。
我がシャリオット王国ではオーク顔の男性が王道イケメンとして持て囃されているが(次点でクールビューティー系ドワーフ顔)、隣国ポルタニア皇国で一番人気なのはこのゴブリン顔である。わたしにはまったく理解できないけれど、ゴブリン顔こそが奥ゆかしい儚げ美少年として認定されているそう。いったい何故なの。
そしてこの『オーク顔こそ王道』というシャリオット人と、『ゴブリン顔こそ至上』とするポルタニア人の価値観の違いこそが、長い歴史上で何度も繰り返されてきた二国間のいざこざの原因のすべてである。
歴史の授業を受ける度に何度、白目を向きそうになったことか……。
これほど無意味な争いもない、と個人的に思うけど、前世の宗教争いレベルに根が深い問題になっている。
現在は側妃サラヴィア様が輿入れされているので、大きな争いは起きていないことが救いだ。
エル様……エル様……イケメンが恋しい……と心から思いながら、カーテシーをする。
「彼女は俺の婚約者候補のココレット・ブロッサム侯爵令嬢だ。
ココ、こちらは我が従兄弟のゴブリンクス・ポルタニア。ポルタニア皇国の第二皇子だ。年は一つ上だ」
「お会いできて光栄ですわ、ゴブリンクス殿下」
名は体を表すというか顔を表すっていう感じね……。と思いつつ挨拶するが、皇子はまったく反応しない。
オーク様が皇子の顔の前で手をヒラヒラさせてみせるが、反応がない。オーク様は驚いたように皇子の長く尖った鼻に指を近付け、「息はしているみたいだな」と首を傾げている。
「あー……、すまん、ココ。さっきまではゴブも元気だったのだが、どうも急に熱が出てきたみたいだ……?」
「医者を呼びましょう。誰か、休めるお部屋にゴブリンクス殿下をご案内して差し上げて」
それならさっさとゴブリンを封印しようとばかりに、わたしは周囲の侍女たちにお願いする。ちょうど近くに居た衛兵が皇子を抱えてくれたので、そのままサヨナラだ。
「ではゴブリンクス殿下、お大事に」
「またな、ココ。旅の話は後日聞かせておくれ」
「はい、オーク様。皆がいらっしゃるお茶会の席でお話ししましょう」
二人っきりは絶対嫌だと言外に告げて、オーク様と皇子を見送り、わたしは安堵のため息を吐いた。
まさかこのゴブリンがこの時わたしに熱烈な恋に落ち、学園にまで追いかけてくるとは思いもせずに。
これにて第1章完結です。お読みいただきありがとうございました!
次回からは学園編です。