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【書籍2巻3/10発売】美醜あべこべ世界で異形の王子と結婚したい!(書籍版:美醜あべこべ異世界で不細工王太子と結婚したい!)  作者: 三日月さんかく
第1章

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56:シュバルツ王の生涯





 醜さ故にどれほどの善政も評価されなかった不遇の王、シュバルツは、美しい弟が成人すると同時に王位を譲り、王都を去った。

 その心には癒せぬ虚しさを抱えて。


 シュバルツはそのまま旅に出た。

 彼はもう何もかもがどうでも良かった。

 幼少期から異形の王子として人々から怯えられ、夭逝してしまった父の代わりに早々に王位を継承し、悲しみに浸る暇もないままに民の生活へと尽くし続けた。誰からも愛されず、求められず、望まれてもいないのに王として足掻き続ける日々に絶望した。幼い弟が早く成人することだけがシュバルツの唯一の希望だった。

 そして実際に退位する日が来るとーーー己の空っぽさにシュバルツは気付いた。王であることを辞めてしまえば、あれほど心の底から嫌悪した“権力に媚びへつらう下等な人間”さえ近づかない、ただの化け物でしかないことを。

 だから旅に出ることにした。化け物など人里離れた山奥にでも籠ればいいのだと、自虐を込めて安住の地を探すことにしたのだ。


 だが、彼のその旅は苦しみに満ち、シュバルツをますます人間不信にさせるだけのものだった。

 醜い彼には一晩の宿を取ることすら大変なことだった。金ならいくらでもあったし、実際に金貨を積んで見せたが、「お前のように醜い男を雇う人間などいるはずがない。どこから盗んできた金なんだ」と盗人扱いをされ。しまいにはゴロツキ達にその金を狙われる始末だ。

 シュバルツはフードを深く被り、人と関わらないように旅を続けた。ほんの一瞬でもフードが捲れてしまったら大変だ。子供たちは火が着いたように泣き出し、女性たちは泡を吹いて倒れ、やっとありついた食堂ですら追い出されてしまうから。

 みじめで、みじめで、みじめで。シュバルツはこんな醜い姿に生まれた己を呪い、両親を憎み、まともな扱いをしてくれなかった周囲の人間たちを許さなかった。


「旅の御方、あなたの心はどうしてそんなに泣いているのでしょう?」


 ある教会に辿り着いたとき、シュバルツは一人の美しい少女にそう話しかけられた。

 修道女見習いの服装をした少女の瞳はぼんやりと宙を見つめていて、シュバルツの姿がまったく映っていなかった。少女が盲目であることが一目で分かった。


 そのときにシュバルツの身の内に込み上げた感情は筆舌にしがたい。

 うら若き乙女が自分を前にしても嫌悪感の一つも出さずに居てくれることの、喜びと呼ぶには強烈すぎる熱い感情に思わず涙が溢れた。目の見えぬ彼女の前でなら、化け物ではなくただの一人の人間になれることを知ったのだ。


 シュバルツは自らを『ルッツ』と名乗った。少女は穏やかに微笑んで自らの名を教えた。ツェツィーリアと。


 それからシュバルツは近くに住むところを借り、毎日ツェツィーリアの元へ訪れた。

 ツェツィーリアは献身的な少女だった。

 癒しの力を持つ彼女はその手で、声で、祈りで、多くの悩める人々を救っていた。病を治し、乾いた地に雨を呼び、助からぬ命に安らかな眠りを与える。ツェツィーリアのその姿に、シュバルツはますます彼女にのめり込んでいった。


 しかしツェツィーリアは日に日に青白く、痩せ細っていく。

 ベッドに臥せっている時間のほうが長くなり、シュバルツが激しく問いただせばようやく答えた。彼女の癒しの力の代償を。

 あまりのことにシュバルツの目の前が暗くなる。


「けれどあなたの心を癒すことは未だ出来ません」


 ツェツィーリアは悲しそうにシュバルツへ問いかける。


「どうすればあなたの悲しみを癒すことが出来るのでしょう。私の残りの寿命をすべて使えば、あなたの心を救うことが出来ますのでしょうか?」


 シュバルツはシーツの上に置かれた彼女の細い指をそっと握りしめ、懇願した。


「いっときの慰めなどで、私が今日まで味わってきた地獄を追い払うことなど出来ません。

 ……ツェツィーリア、どうかあなたの一生を私にください。あなたの祝福ではなく、あなた自身を。どうか妻として残りの人生を私と共に生きて欲しい」


 ツェツィーリアは青白かった頬をパッと赤く染め、震える声で「はい」と頷いた。

 彼女の花嫁姿はそれはそれは美しかった。


 シュバルツとツェツィーリアの結婚生活は短かったが、とても穏やかで幸福に満ち足りていた。

 彼女は子供を生めなかったが、時おり未来視をしては彼の子孫を心配していた。


「あなたの子孫がとても心配です」

「私はツェツィ以外と結婚する気はないよ」

「違うの。あなたの弟さんの……たぶん孫に当たる子供だと思うのですが。たぶんその子は……」

「きっとその家族がなんとかするよ。ツェツィが気に病むことはないから」

「……そうだといいのですけど」

「さぁ、ゆっくり体を療養してくれ」

「……はい」


 けれどツェツィーリアはどうしても未来が気になったのだろう。いよいよ体調が悪くなると、最期の力を振り絞り、癒しの力を金細工のロザリオに込めた。それはシュバルツからツェツィーリアに贈られた宝飾品の中でも取り分け彼女が愛した品だった。


「ルッツ、どうかこれを、教会へ隠してください。時が来ればきっと、必要な人のもとへ辿り着きますから」

「何故さらに寿命を縮めるような真似をしたんだっ、ツェツィ!!」

「どうかお願いです……、このロザリオがきっとあなたの子孫を救う力を持つから……」

「誰も今のきみを助けることが出来ないのに……! 生まれてもいない未来の子供を救うというのか、きみは……ッ」

「だってルッツの家族の方ですもの。あなたの血すら、わたしは愛しい」

「……わかった、きみの望み通りにしよう……」


 ツェツィーリア亡き後、シュバルツは彼女の育った教会にその金のロザリオを隠した。

 そしてそのロザリオは彼女の言う通り、何十年もあとになって発見され、シュバルツ王の遺産ではないかと城で保管されることとなった。

 シュバルツ王の最後の遺産『金のクロス』として。




 ーーーというようなことが、日記に古代語で書かれていたらしい。

 わたしとエル様はルッツとツェツィーリアの家から移動し、二人のお墓の前で手を合わせたあと、エル様から長々とシュバルツ王の退位後の話を教えていただいた。


「では、シュバルツ王はこの地で愛を見つけられたのですね」

「ああ、そうだね」


 エル様は晴れやかに頷いた。

 ずっと『シュバルツ王の再来』だと蔑まれてきたエル様にとって、かの王様の幸福を知れたことは嬉しいことだろう。なんだか肩の荷が下りたように穏やかだ。


「でも、聖女ツェツィーリアが残した『金のクロス』は気になりますね! 今でも城にあるのでしょうか? 子孫を守るとはいったい……」

「『金のクロス』はもうこの世には存在しないよ」


 エル様は穏やかに、だけど蒼い瞳になにか強い覚悟を宿してわたしを見つめる。


「『金のクロス』は私が使ったんだ。……前の人生で」

「まえの、人生……?」

「信じてはもらえないかもしれないけれど、私は一度死んでいるんだ」


 え。それはどういう……?

 まさかエル様もわたしみたいな転生者ってことかしら……?


 え、まじ?


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