45:ルナマリアの初恋
ある日『異形の王子』のもとに春の女神が訪れて、こう言った。
「ある領地に恐ろしい怪鳥が住み着いてしまいました。領民たちをお救いなさい」
『異形の王子』はすぐさま騎士たちを連れ、春の女神の導きのままにその領地を目指した。
旅の途中、兄の形見のペンダントをなくした美しい魔女と出会い、『異形の王子』は彼女のためにペンダントを探してやった。ペンダントを見つけてもらった魔女は『異形の王子』に感謝し、怪鳥退治に同行すると言った。
また旅の途中、怪我をした美しい女性騎士を『異形の王子』は助けてやった。そのことに感謝した女性騎士もまた、怪鳥退治に同行すると言った。
『異形の王子』は目的の領地に辿り着いた。
その地はすでに無惨な有り様だった。
畑の作物は食い荒らされ、家々は破壊され、どうにか逃げ延びた人々が教会に集まり、怪鳥に怯えて暮らしていた。
「『異形の王子』よ、どうか我らをお救いください」
神父と領主から懇願され、その地に封印されていた聖銃を『異形の王子』は受けとった。彼はそれを本当に相応しい者へーーー女性騎士にその聖銃を預けた。
「これは貴方に捧げられた聖銃です。王子がお使いください」
「いいえ、これは貴方にこそ相応しいものだ」
女性騎士は聖銃を受けとると、その手の馴染みように驚いた。まるで生まれたときから持っていたかのように聖銃を扱える。
『異形の王子』は魔女と女性騎士、そして騎士たちと共に怪鳥の住み処へと向かった。
そこで彼らは死闘を繰り広げ、聖銃によって本来の力を開花した女性騎士の猛攻撃と、形見のペンダントによって不思議な力を操る魔女によって、すべての怪鳥を倒すことができた。
それ以来、その領地で怪鳥の姿を見た者は居ない。
〈第二話・完〉
またしても噂話に尾ひれも胸びれも腕も足も生えたような『異形の王子の偉業』第二話が、民衆に広まり始めたことも知らず、わたしはその日、ルナマリア様の恋愛相談に乗っていた。
▽
妃教育の昼休憩のとき、わたしはルナマリア様に声を掛けられた。話を聞いてほしい、と。
ちなみにランチと昼休憩は別のものである。
ランチはマナーの授業に毎日含まれていて、そのときは事前に決められたテーマに沿ってしか話すことができない。ランチの後の三十分ほどの休憩時間を昼休憩と呼び、そのときは自由に私語をすることができるのだ。
わたしとルナマリア様は婚約者候補のために用意された控え室のソファーに腰を掛け、顔を寄せ合って話すことになった。
ほかに控え室に居るのはミスティア様だけで、彼女は窓際の机で勉強をしているご様子だ。ミスティア様が書き物をする音が時折カリカリと響く。
ヴィオレット様に関してはどこに居るのかわからない。休憩時間中はたいてい姿を消しているので。中庭で散歩でもしていらっしゃるのかしら?
「……それで、ココレット様にお尋ねしたいですが」
「はい」
「来月に行われる側妃様のお茶会へは、どのようなドレスをお召しになるのでしょう? 色やデザインが被らないようにしたいのです……」
そう、もうすぐ側妃様のお茶会だ。
わたしは側妃様にはじめてお会いする。いろいろと自由な人だとはお聞きしているが、いったいどのような方なのだろう。あのオーク様の御生母なのだから、かなり純粋培養な方なのではと、勝手に想像しているのだけど。
「わたしは瞳の色に合わせてグリーン系のドレスを仕立てようかと思っております。髪飾りはこちらの、エル様から頂いたブルーサファイアを着けていこうかと」
本当はエル様の蒼眼をイメージする青系のドレスを着たいのだけど、残念ながらオーク様も同じ蒼眼なのだ。側妃様の前で身に付けてしまったら、わたしがオーク様に気があると誤解されてしまうかもしれない。そんな恐ろしいことは嫌だ。
それなら自分のペリドット色の瞳に合わせたドレスを着るわ。
わたしがそう言えば、ルナマリア様はホッとしたように肩の力を抜いた。
「グリーン系のドレスでしたら、きっとココレット様によくお似合いですわ」
「……ルナマリア様はブルー系ですか? 濃い青の?」
暗にオーク様の瞳の色のドレスを着る予定なのかと尋ねれば、彼女の頬はぽわっと紅潮した。はぁ~、たいへん可愛らしい。
ルナマリア様は両手で頬を隠しながら、コクリと頷く。
「側妃様のお茶会なので、せっかくですからオークハルト殿下のお色にしようかと……思いまして……」
「絶対にルナマリア様にお似合いですわ! 当日が楽しみです!」
「……ありがとうございます」
銀髪アイスブルーの瞳のルナマリア様に、濃いめの青のドレスはよく調和することだろう。ピンク髪で黄緑色の瞳のわたしよりもずっと。
まぁ、わたしは似合わなかろうが着るけどね、エル様カラーを! だって着たいんだもん!
とにかく今日のルナマリア様は、わたしのドレスの色を確認したかっただけのようだ。恋する乙女らしい理由で。
わたしはあまりに可愛らしい彼女をうっとりと見つめてしまう。
「ルナマリア様は本当にオーク様をお慕いしていらっしゃるんですね」
「はい……」
ルナマリア様は両手の指をもじもじと弄びながら、耳や首筋まで真っ赤にしている。彼女は一応わたしより一つ年上なのだけれど、なんだか年齢よりも幼く感じられた。
「……七歳の時にはじめてオークハルト殿下にお会いしたときから、ずっとお慕いしております」
「まぁ!」
なんだか恋バナが始まったわ! 今世で初の恋バナ!
……あれ? 前世では喪女で夢女だったから、同じ趣味の仲間と二次元のキャラについてきゃあきゃあオタク話をしたことはあっても、現実の男性について恋バナをしたことがないような……? もしかして前世も今世も合わせて初の恋バナかもしれない……?
わたしは慌てて「どんどん語ってくださいませ、ルナマリア様っ」と言って、居住まいを正した。
「私は幼い頃から表情を顔に出すのが苦手で……。貴族令嬢として恥ずべきことなのですが、うまく笑うことが出来ないのです。
家族はこんな私を良しとしてくれましたが、周囲の方はそうではありませんでした。ある日招待されて行ったお茶会の席で、どうして愛想笑いの一つもできないのだと責められ、落ち込んでしまったのです。
そんな私を庇い、慰めてくださったのがオークハルト殿下でした。殿下もその日のお茶会に招待されていたのです。
『笑いたくなければ笑わなくても良いではないか。ルナが表情を顔に出さずとも、なにを考えているかは大体わかる』と、オークハルト殿下はおっしゃって下さったのです。私はそれがとても嬉しくてうれしくて……。その日から私は、殿下に初恋を捧げているのです」
正直、ここに百人居れば九十八人は、一見無表情っぽいルナマリア様の喜怒哀楽が読み取れるだろう。彼女の瞳はそれだけ雄弁だ。
だけど、悩んでいる女の子の心を救ってあげた。楽にしてあげた。その事実はとても大きいものだと思う。
オーク様、けっこうやるじゃない! というのがわたしの正直な気持ちである。
素敵な出会いですね、と声を掛けようとしたわたしの背後から、
「なによそれ! 素敵じゃないっ!」
と、ミスティア様が叫んだ。
ミスティア様は机から小走りでこちらにやって来ると、ルナマリア様の両手をがっちりと掴む。興奮したように、眼鏡の奥のルビー色の瞳を輝かせた。
「わたくし、あなたのことを見目の良い男性に安易に心奪われる、ただの恋愛脳でお花畑女子だと誤解しておりましたわ、ルナマリア様!」
ミスティア様の言葉はむしろ、わたしに向けられるべき内容だわ。
でも、こちらも前世からの生粋の面食いなので、彼女の言葉に胸が痛むこともないけど。
「確かにあなたは正妃派閥としては失格ですわ! そのところはやはり嫌いですけど、でも、そこらの安っぽい女とも違いますわね。一人の殿方に一途に愛を捧げるところは見直しましたわッ!」
「ミスティア様……!」
褒めているんだか貶しているんだかよくわからないミスティア様の言葉を、なぜだかルナマリア様は良い意味に捉えたらしく。微かにはにかんだ。
つり目がちなアイスブルーの瞳が氷のようにまばゆく輝く。とても嬉しそうだ。
「今まであなたの気持ちも考えず、一方的な態度を取って申し訳なかったわ。心より謝罪いたします。
これよりわたくしミスティア・ワグナーは、あなたの恋の味方ですわよ、ルナマリア様!」
「私もきちんと言い返しておりましたので、過去への謝罪は不要です。それに……正妃派閥として失格なのは事実でしたし。
ミスティア様が味方になってくださって、私とても心強いですわ」
「良かったですわね、お二人とも!」
わたしが無理矢理接点を作ろうとしなくても、勝手に仲良くなってくれてたいへん嬉しい。
わたしはニコニコと二人の美少女を眺めた。