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44:二回目の教会視察②





 伯爵家のお屋敷に着くと昼食会が始まった。

 テーブルにはこの地で採れた食材を使った料理の数々が運ばれてくる。春野菜の他に、お肉やチーズ、ジャガイモなどの根菜類といった保存の効くものが多く使われていた。どれもすごく美味しい。特にデザートのイチゴが甘くて最高だった。

 オーク様が綺麗な所作で食事を取りながら、時折ヴィオレット様の席や伯爵家の使用人の方へチラチラと視線を向けているのが見える。その表情はどこか申し訳なさそうだった。

 急遽人数を増やしたことを彼なりに反省しているのだろう。食事が終わるとオーク様は伯爵家の方々にきちんとお礼と謝罪をしていた。


 食後のお茶を飲みながら、この地域の歴史や風土、産業についての説明を聞く。

 熱心に相槌を打つエル様のご様子に、伯爵家の方も少しは慣れたようだ。顔色は悪いけれど、ポーカーフェイスを保てている。

 説明が終わると、実際にこの地域を見て回ることになった。


 再び馬車で移動し、この地域の小麦の貯蔵施設や、機織り工房などを見学する。

 エル様を見て悲鳴をあげる人々も居たが、わたしがエル様の腕にしがみついて満面の笑みを浮かべることでエル様の威力(?)を分散した。

 隣に絶世の美少女が居たら、美少女のほうに視線が行くでしょ。だって美少女だもん。もうみんな、いくらでも笑顔を向けてあげるからわたしを見てて!


 最後に種蒔きをしている大規模な畑へと向かった。

 たくさんの男性たちが畑を耕し、そのあとを追うように女性たちが腰を曲げて種をぱらぱらと蒔き、薄く土をかけていく。

 ほかにも春野菜やイチゴを収穫している人々の姿が見えた。

 やはりここでも狩人たちが猟銃を構え、野性動物が潜んでいそうな近くの茂みや、少し離れたところの林などに真剣な眼差しを向けていた。


「ここでは種蒔き体験を予定しております」


 伯爵家の方がそう言うと、土いじりをするためのエプロンやブーツ、手袋を全員に配ってくれた。

 それらを身に付けると、農家の人から赤茶色い小さなちいさな種を受けとる。どうやら大根の種らしい。

 農家の方が一・五センチほどの深さに掘ってくれた場所へ、五粒ほど蒔き、再び農家の方が種の上へ浅く土を被せてくれる……という流れらしい。王族貴族向けの超絶簡単な農作業だ。


 わたしは腰を屈めることさえなくパラパラと種を蒔きながら、これってやっぱり農家の方には迷惑なのでは? という疑問がよぎる。

 春先の大事な季節に素人が仕事の邪魔してるよね?

 わたしの前後で穴掘りと土を被せる作業をしてくださる二人の女性に、ひっそりと「お手数をかけて大変申し訳ありません……」と呟いてしまった。

 すると女性たちはわたしの顔をうっとりと眺めながら「お気になさらず」「お貴族様にあたしらの仕事に興味を持っていただけて、嬉しいですから」と答えてくれる。


 ふと周囲を見回せば、エル様も興味深そうに種蒔きをしているし、オーク様もとてもはしゃいでいる。ルナマリア様も瞳が輝いているし、ミスティア様も満足そうな表情だ。ヴィオレット様は従者に種を持たせ、彼の手から種を摘まみあげては種を蒔く。なにその密着度、わたしもエル様とそのやり方で種蒔きしたいんですけど……!

 わたしは前世庶民の感覚が抜けなくて、ついついお仕事のお邪魔かなと、居たたまれない気持ちになってしまうけれど。ここにいるのはシャリオット王国の未来を担う身分を持った子供たちなのだ。多少周囲に手間をかけさせても、民の生活を知るべきなのだろう。きっと。

 最後の方は吹っ切れて、ドレスの裾に土汚れが付くことなどいっさいない種蒔きをやり遂げた。


 あとは農家の方々に挨拶をして帰ろう……というところで、突然ミスティア様が大声をあげた。


「あれは何ですの!? こちらへまっすぐ飛んできますわ!」


 ミスティア様はそうおっしゃって遠い山の方の上空を指さしたけれど……なにも見えない。

 護衛の騎士たちを始め、みんなが困惑したようにミスティア様と上空を交互に見やる。


「まぁ、皆様は見えませんの?」


 ムッと唇を尖らせるミスティア様は大変色っぽいが、彼女はとても無茶なことを言っている。だって彼女の視力は5.0だ。ミスティア様が見ている世界を共有できる人間はこの場にいない。


 そう思っていると、しばらくして今度は狩人達が慌て出した。


「本当だ! お貴族様の言う通りだ! 現れたぞ!」

「ありゃぁ大群だッ!」


 銃声が鳴った。パァンッ!! と大きな音に驚き、狩人たちが発砲する方向へと視線を向ける。

 そこにはようやく見える距離までやって来た、巨大な鳥が現れていた。何十羽も空を覆っている。

 狩人たちは何度も発砲するが、なかなか当たらない。鳥たちは嘲笑うように畑に舞い降りて、イチゴを食い荒らし始めた。


「ココ、こちらにあの鳥が来ては危ないから……!」

「エル様っ」


 エル様に手を引かれ、畑から離れるように促される。

 するとミスティア様がわたしたちへ駆け寄り、「お守りいたしますわ、ラファエル殿下!」と叫んでなにやらペンダントを弄り始める。


「他の方もこちらへいらっしゃいッ! 貴方もよ、ルナマリア様!」


 ミスティア様のペンダントが白く光り始めた。かと思えば、その光りはわたしたちの周囲を覆い、ドーム型の結界を作る。

 わたしはエル様にしがみついたまま、唖然とミスティア様に視線を向けた。彼女は誇らしげに胸を張り、笑みを浮かべる。


「フィス兄さまがお作りになった新作の魔道具ですわ! 使い捨てですけど、一度だけ防御魔術が使えるのです。いざというときの為に持っていろとおっしゃられて、わたくしにくださったの。まさかこんなにすぐに使うことになるとは思いませんでしたけど」

「ドワーフィスター様、すごいですわね……」


 だからペンダントの石がイミテーションだったのね。

 あのドワーフ、知らないところでひとの弟にカードゲームのイカサマを教えたかと思えば、なんかとんでもない魔道具を作ってたり。充実した生活を送っているようでなによりだわ……。


 ワグナー兄妹がどんどんたくましくなっていってる気がするが、それはともかくとして現状である。

 結界内にはわたしとエル様、ミスティア様にオーク様とルナマリア様。フォルトさんたち使用人や伯爵家の方々、農家の人たちがいた。

 結構な範囲をカバー出来るらしい。みんな外の鳥のことよりも不思議な結界に興味津々で、白く光る幕を眺めている。オーク様が結界に触れたが、内側は触れても問題ないらしく水の波紋のように光が揺れるだけだった。


「ミスティア様……」


 不意にルナマリア様の緊張した声が聞こえてくる。そちらに視線を向けると、ドレスの裾をぎゅっと両手で掴んだルナマリア様が、ミスティア様と向かい合っているところだった。

 ミスティア様は肩にかかる黒髪縦ロールを指先でブォォオオンッ! と振り払い、威嚇する。


「別に貴方を助けたかったわけではなくてよ、ルナマリア様。それでも貴方も助けなければ、ワグナー家とクライスト家の火種になりかねませんもの」

「……ええ、わかっております、ミスティア様。それでも、……ありがとうございました」

「れッ、礼など結構ですわ!!! わたくし、わたくしはッ……貴方なんて……だい、だいっきらいですっっっ!!!」


 眼鏡の奥のルビー色の瞳がぐるぐる動き、顔を真っ赤にさせて怒鳴るミスティア様に、わたしは半笑いを浮かべてしまう。素直じゃないなぁ。


 ルナマリア様はぺこりとミスティア様にお辞儀をすると、またオーク様のもとへと戻っていった。


「ココ、見てごらん」


 繋がれた手に柔らかく力を込められて、わたしはエル様に視線を向けた。

 エル様は結界の向こう側に視線を向けている。わたしもようやく外の様子を伺うとーーーダグラスが。


 まだ装飾の少ない騎士見習いの白い制服を着たダグラスが、先輩の騎士たちと共に剣を振るっていた。少年らしい身軽な体を駆使して、地上にいる鳥たちの首を次々にはねていく。まるで剣舞を舞っているかのように美しかった。


 きゃぁぁぁぁあああああ……ッッ!! 最高かよ~~~っ!!!


 血飛沫が躍り、鳥の羽が舞い散り、美少年が剣を振るっている。しかも白く輝く結界越しに見ているので、乙女ゲームのスチルもかくやという神々しさだ。もう有り金全部課金したい。させてください(土下座)。


 わたしが涙を浮かべながらダグラスの勇姿を目に焼き付けていれば、隣からエル様が心配そうな声で「ダグラスなら大丈夫だよ。彼はとても強いから、心配しなくても平気だよ」と慰めようとしてくれた。

 この誤解は別に否定しなくてもいいか……と思い、こくりと頷く。


 地上にいた巨大な鳥たちは、ダグラスたち護衛の騎士がどんどん倒していった。

 けれどまだ上空にも鳥たちがいて、地上の仲間たちを助けたいのかぐるぐると旋回している。狩人たちが猟銃を撃つが、動いている獲物を撃つのは難しくなかなか当たらない。


「ねぇ、ソレを貸してちょうだぁい? 下手くそすぎてぇ、見ていられないわぁ」


 甘いゆったりとした声が響いたかと思えば、ヴィオレット様が狩人の一人から猟銃を巻き上げているところだった。

 子供といえども貴族相手に取り返すこともできず、狩人が慌てている。だが彼女はどこ吹く風といった態度で猟銃を構えた。


 バァァンッッ!!!


 一発目から、ヴィオレット様は鳥を撃ち落とす。そのまま立て続けに発砲し、撃った弾の数と同じ数の鳥を撃ち落としていく。あまりの銃の腕前にだれもが絶句した。

 ヴィオレット様の傍ではあの深紫色の髪の従者が、ほかの狩人からも猟銃を巻き上げていた。そしてヴィオレット様から弾切れになった猟銃を回収し、新しい猟銃を渡す。見事な連携プレーだ。


 どんどん数を減らしていく仲間たちに、鳥の方が諦めるのが早かった。鳥たちはバサバサと羽ばたいて畑の向こうへと飛んでいく。

 それを見てヴィオレット様も騎士たちもようやく手を止めた。

 わたしたちはみんなで歓声をあげた。





 こうして本日の視察は怪我人を一人も出すことなく、無事に終わった。

 エル様も目的のカメオのペンダントを見ることができたし、ダグラスの勇姿も見れたし、ルナマリア様とミスティア様が会話をされたので上々だろう。

 撃ち落とされたあの鳥は血抜きをして売るらしいし。なかなか美味なのだとか。

 もしかするとこの世界は、まだまだファンタジーの創世記なのかもしれない。

 今日倒したあの鳥も数百年後には、前世のゲームでよく見るようなモンスターへと進化してしまうのかも。

 そうするとドワーフィスター様がいつか魔法宰相となって我が国を魔法王国にしたいと計画していることは、むしろ正解なのでは……? 今日だって役に立ったものね、ミスティア様の防御魔法のペンダント。


 ーーーそんなことを考えつつ、わたしはある二人へ視線を向ける。


「わははっ、さすがだな、ヴィー! ベルガ辺境伯爵家らしい戦いであったぞ!」

「お褒めいただき光栄ですわぁ、オークハルト殿下」


 ドレスの裾を摘まんでちょこんとお辞儀をするヴィオレット様。


 わたしの中で今、彼女の謎が深まるばかりだった。


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