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41:桜の下のお茶会






 先日ふと気になったまま、ずっと心に引っ掛かっていることがある。

 それは婚約者候補たちの不仲についてだ。


 ここ一週間ほど、ルナマリア様とミスティア様の様子を観察してみたけれど、やはり二人が会話をしているところは見なかった。

 どうもわたしを間に介して意思疏通をすることはあっても、直接の交流はしたくないらしい。

 まぁ、最初の挨拶の時がアレだものね……。

 ミスティア様はルナマリア様を恋愛脳だと罵るわ、ルナマリア様もきちんとミスティア様を返り討ちにするわで……。

 貴族令嬢らしいといえばらしい争いだった。


 あの当時のミスティア様を思い返してみると、かなり切羽詰まった状況だったのだと思う。

 ドワーフィスター様とワグナー公爵家のために、エル様の正妃にならなければならないと気負われていて。それなのにエル様を見る度に失神してしまう状態で。

 そんなミスティア様にとってルナマリア様は、同じ正妃派閥なのにお家の力を使って好きな人の婚約者候補になった、甘やかされた令嬢に見えたことだろう。


 けれどもうミスティア様の状況はすでに変わっている。

 ドワーフィスター様も次期宰相として勉強に励んでいるし、魔道具のおかげでミスティア様本人もエル様と良好な関係を築いていらっしゃる。

 あとはこのまま正妃派閥としてエル様の婚約者候補に名を連ねていれば、ミスティア様は安泰なのである。ワグナー公爵家の名を守ることができ、たくさんの報償金と望む縁談が用意されるのだから。


 この状況でもまだミスティア様はルナマリア様のことをお嫌いなのかしら……? もちろん派閥としては彼女のことを認められないのだろうけれど。

 でも、状況が変わって以来、ミスティア様がルナマリア様に突っかかっているところは見ていないし。


 ルナマリア様も謎なのよねぇ。

 ミスティア様に言い返したことはあっても、自分からは喧嘩を吹っ掛けない。オーク様にいつも釘付けで、ミスティア様のことはどうでもいいといった雰囲気がある。


 もしもお互いが本当に嫌い合っているのなら、嫌な人とも仲良くすべきだなんてそんな綺麗事は勿論わたしだって思わないけれど。

 でも、ミスティア様とルナマリア様に関しては、まだ仲良くなる可能性があるのでは、とお節介ながら思ってしまう。婚約者候補としてまだ行動を共にする時間は長いのだから。





「それで、教会へ視察に行く時にワグナー嬢も同行させたいというわけだね、ココ」

「はい。ご迷惑でしょうか、エル様?」

「……いや、むしろ人数を増やした方が、オークハルトに関わらずに済むのかもしれない」

「じゃあミスティア様をお誘いしても……?」

「いいよ」

「ありがとうございます、エル様! 明日早速ミスティア様にお話ししてみますわっ」


 我がブロッサム侯爵家に植えられた桜の大木が開花したので、今日は庭先でエル様とレイモンドとお茶会という名のお花見を開いている。

 エル様はいつものようにたくさんの本をレイモンドに貸し出してくださり、レイモンドは大喜びでさっそく本を読み始めたところだ。わたしたちはその横で、今度視察に行く教会についての日程を話していた。


 大体の日程が決まると、侍女のアマレットに新しいお茶菓子をサーブしてもらう。桜に合わせてピンク色のマカロンだ。残念ながら桜の味ではないけれど。

 マカロンを摘まみながら、エル様が桜を見上げている。チラチラと舞う薄紅色の花弁がエル様の頬を何度も撫でていた。いつも一本に結ばれた金髪にも、花片が降り積もる。

 あああぁぁああ! 桜の精霊王か……ッ!!?

 美しい、美しすぎる……。エル様がただただ尊い……。この御方を拝顔するためなら割りとなんでもできる……。

 エル様と桜のコラボレーションに悶えながら、わたしは両手を祈りの形に組んだ。


「あ、ココ、君の髪に桜が」

「え?」


 こちらを向いたエル様がふわりと目を綻ばせて、わたしのローズピンク色の髪へと手を伸ばす。そして手櫛ですくように桜の花びらを払った。

 けれど花びらは次から次へと降ってくるのでキリがなく、しまいにエル様は可笑しそうに笑い声をあげた。


「きっとこの庭の桜は、ココのことが大好きなんだろうね。君にばかり桜が降っているよ」

「そんなことありませんわ。エル様のお髪にもたくさん花びらが付いていらっしゃいますもの」

「いいや、君の方だよ。……だって君はまるで桜の精霊姫みたいだもの」

「エル様ったら……ッ」


 正直、毎年この季節は父から『ココは我が家の桜の妖精』だの『私の春の精霊姫』だの言われきたわたしにとっては、聞き飽きた賛辞だったのだけど。

 エル様に言われると有り難みが全然違うわ……!

 わたしは高鳴りすぎてむしろ痛みさえ感じる胸元を押さえながら、答える。


「エル様も、わたしにとっては桜の精霊王ですわ!」

「こ、ココ、そういう言葉はオークハルトの方が相応しいだろう……」

「わたしにとってはエル様にこそ相応しい言葉なんです」

「…も、もういいよ、ありがとう……」


 照れて真っ赤になったエル様がうつ向く。その塗りつぶしたように赤い首筋にひらりと桜の花びらが触れて、零れ落ちるのをわたしはうっとりと眺めた。


 教会視察当日に、オーク様がさらにもう一人追加メンバーとしてヴィオレット様を連れてくることを知りもせずに。


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