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40:オークハルトのおねだり




 本日の妃教育が終わり、わたしは衛兵と共にエル様の離宮へと向かっていた。王宮からは結構離れているけれど、そのぶん閑静な雰囲気で、周囲に緑が多くてわたしはとても好きだ。

 なにより離宮にはエル様の匂いが充満している。イケメンの芳しい香りが嗅げるとあらば、えっちらおっちら歩いてやろうではないの。わたしは背筋を伸ばし、腹筋に力を入れて足を進めた。


「ココ! 奇遇だな!」


 途中で聞こえた、鼓膜を甘く震わせるその声に、わたしの肩がビクッと思わず跳ねてしまう。

 最近はちょっと聞いていなかったけれど、声だけは本当に好みだわ……と思いつつ振り返る。

 声のした方へ顔を向ければ案の定、オーク様がいらっしゃった。お付きの侍女や侍従がぞろぞろと彼の後ろに続いている。

 そしてオーク様の隣には、ルナマリア様がエスコートされている。彼女はわたしと目が合うと、頬をほわりと紅潮させた。


「ごきげんよう、オーク様。そしてルナマリア様、お疲れさまです」

「ああ。ココも元気そうでなによりだ」

「ココレット様もお疲れさまです」


 わたしのことを愛しそうに目を細めるオーク様は、少し背が伸びたような気がした。冬の間にあまりお会いしなかったから、そのせいで余計に彼の変化がわかるのかもしれない。


「ココもこれから兄君のところへ行くのだろう? 俺もそのつもりだから、一緒に行かないか」

「オーク様たちも本日のお茶会へ誘われていらっしゃったのですか?」

「いいや? 教師の予定が変わってな。空き時間が出来たから兄君に会いに行こうかと思ってだな。ルナとも途中で会ったから、連れて来たんだ」


 オーク様は「まぁ、これのお陰だ」と、周囲の侍女や侍従たちへ指先を向ける。

 促されるままに視線を向ければ、彼らがみな、一様に同じ銀縁の眼鏡をかけているのが目に入った。


「あの魔道具をフィスから購入できたお陰で、兄君のもとへ頻繁に訪れても皆が困らなくなったのだ。今まではあの魔道具がなかったから、兄君へ会いたいときに気軽に会えなくてなぁ」


 そうおっしゃるオーク様はとても嬉しそうだった。


 そうして三人でエル様の離宮に向かいながら、オーク様が冬の間に側妃様の母国であるポルタニア皇国で過ごしていたことを聞いた。

 ポルタニア皇国は我がシャリオット王国の隣国だけど、ここよりずっと気候が暖かく、冬の間は雪が降らないらしい。


「従兄が雪を見てみたいと騒いでな、大変だった。ココとルナにもいずれ紹介する日が来るだろう」


 従兄とはつまりポルタニア皇国の皇子だろう。側妃様は元皇女で、その兄弟は兄である現皇帝だ。オーク様は気軽に話題に出しているけれど、ロイヤルすぎるわ。

 ……でもよくよく考えれば、オーク様も第二王子でロイヤルだわ。顔が全然王子様じゃないから忘れてたけど。


「そうだ、ココ。母上からお茶会の招待だ。ルナにはもう渡したのだが、忘れていたよ」


 オーク様はそう言って、懐から一通の招待状を取り出した。やたら高級そうな封筒をわたしは受け取る。


「俺の婚約者候補とお会いしたいらしい。堅苦しいものではないから、ぜひ気楽に来てくれ」

「はい。ありがとうございます」


 脳裏によぎるのは正妃マリージュエル様の苛烈なお姿だ。あの方のお茶会よりは一億倍もマシだろう。……そう願いたい。





 エル様はオーク様のお顔を見たとたん、口の端をヒクッと震わせる。相変わらず苦手なご様子だ。わたしが追い払って差し上げればいいのだけれど、権力が足りないしなぁ……。


 侍従のフォルトさんがすぐにお茶や焼き菓子をサーブしてくれる。わたしはエル様の隣に腰掛け、オーク様とルナマリア様は向かいのソファーにご一緒に腰を掛けられた。


「まぁ、気を取り直して……。クライスト嬢、先日あなたが勧めてくださった教会へ視察に行きました。思わぬ結果になりましたが、民を守ることができました。ありがとうございます」


 エル様がルナマリア様にお礼を言うと、彼女は少し眉間にシワを寄せた。


「申し訳ありません、ラファエル殿下。私が殿下に勧めておきながら、あのような崩落事故が起きるとは……。ご無事で本当によかったです」

「いえ、今回の事故はクライスト嬢のせいではありません」


 二人の会話に、ああそうかとわたしは納得する。

 いつ崩壊してもおかしくないような教会を勧めるなど、エル様暗殺未遂の疑いをかけられてもおかしくはないのだ。

 けれどルナマリア様は正妃派閥で、エル様を暗殺する理由がない。

 エル様と結婚したくないから、という理由もわたしが居る以上ありえないし。エル様を暗殺してオーク様を王太子に、という理由も、ルナマリア様に限ってはなさそうだ。だって彼女はなぜだか本気でオーク様を愛している。

 そしてそのオーク様はかなりーーー。


「今回のことは大変だったな、兄君。だが教会視察だなんてとても楽しそうだ。ぜひ俺も混ぜてくれ。俺も兄君とココと出掛けたい!」


 ーーーエル様を慕っているのだから。

 オーク様に嫌われるかもしれないことを、わざわざルナマリア様がするとは思えないわ。


「オークハルト……、私は遊んでいるわけじゃないんだぞ」

「そんなことは分かってる! だが一度くらい同行したって構わないだろう? 俺は兄君と一緒に視察へ行ったことがないのだから」


 両手の指を組み合わせ、小さな瞳をうるうるさせながらエル様を見つめるオーク様の表情は、わたしにとってはとんでもない凶悪さだ。

 思わず視線を逸らせば、オーク様付きの侍女や侍従たちが視界に入る。彼らは「我らがオーク様のなんたる愛らしさよ……ッ!!」と言った表情で頬を紅潮させていた。きっと彼らにとっては美少年の可愛らしいおねだりなのだろう……。

 エル様も周囲の反応に気付いたのか、一瞬顔を強張らせ、すぐにため息を吐いた。


「私はお前の予定に合わせるつもりはない。来たければ自分で予定を調整するように」

「わかった! 日程が決まったら早めに教えてくれ」


 満足そうに頷くオーク様へ、今度はルナマリア様が話しかける。


「あの、オークハルト殿下……」

「なんだい、ルナ」

「殿下が行かれるのでしたら、ぜひ私もご一緒させてください」

「兄君、ルナも参加させても構わないだろう?」

「……もう好きにしてくれ」

「ありがとう、兄君!」


 ぐったりとソファーへ沈むエル様は、疲れたように両手で頭を抱えた。

 それがなんだか可笑しいような、可哀想な様子で、思わず彼の肩を擦ってしまう。

 エル様は長い前髪の隙間から、わたしを見上げた。


「次の視察は騒がしいかもしれないけれど。一緒に来てくれるかい……?」

「もちろんですわ、エル様。あなたの向かう場所でしたら、どこへでも」

「ありがとう、ココ」


 ホッとしたようにエル様は笑った。


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