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39:春の始まり




 天井飾りの崩落事故があった教会視察から約二週間。教会本部は異例のスピードで教会の改修工事を決定し、今はどのような教会に建て直すのかを検討している最中らしい。

「どうやら第一王子である私が事故に居合わせたことで、気を使ったらしいね」とエル様はどこか皮肉げにおっしゃったけれど。

「ではエル様のお陰で、牧師様達は早く新しい教会で暮らすことができますね。きっとエル様にとても感謝されていると思いますよ」と、わたしが答えれば、エル様は苦笑した。


「……私の権力が民にとって良い方向に作用したのなら、それは確かに良いことなのかもしれないね。ココの言う通り」


 エル様はまるで己の権力が悪い方向へ作用した場合を知っているかのような、不思議な言い方をされた。その横顔に指す影が、あまりにも悲しみに満ちているような気がしてしまい、わたしは戸惑う。

 わたしはエル様の手を両手で包み、元気付けるように笑いかけた。


「エル様、貴方の権力はとても強大で、扱い方の難しいものかもしれません。でも、それは正しく使えば、エル様や国や民を守るための素晴らしい武器ですわ」


 わたしの絶世の美貌がわたしや周囲の人を守ってくれるように。

 エル様の権力だって、絶対、エル様や民を守れるはずだ。


「……私は今度こそ、正しく使えるだろうか……?」


 今度こそ、という言葉に少しだけ引っ掛かったけれど。

 わたしの目を覗き込むエル様のお顔はとても真剣で、苦しげだったから。そんな細かいことには構っていられなかった。イケメンを悲しませてたまるか!


「わたしが居りますわ。エル様の妃として、貴方が正しくご自分の力を発揮できるよう、お支えいたします」

「ココ……」


 わたしの励ましに、エル様は一瞬泣きそうに眉間を寄せられて、「うん」と笑った。


「ココが私の正妃になる未来へ、絶対に辿り着いてみせるよ」


 このときのわたしたちにはまだ預かり知らぬことだけど、あの教会の改修工事について「『異形の王子』が婚約者候補と共に教会視察に来て、天井飾りの崩落事故に巻き込まれた結果、教会本部が異例の早さで改修工事を決めた」という話に尾ひれがつき、原型を失った話が民衆たちに広がった。

 内容は大体こんな話だ。





 ある日『異形の王子』のもとに美しい春の女神が訪れ、こう言った。


「善良なる民を助けなさい」


『異形の王子』は驚き、すぐさま騎士を集め、春の女神に導かれてとある教会へ向かった。

 そこは教会本部からも捨て置かれたボロボロの教会で、今にも崩れ落ちそうだった。


 ここは危険だと判断した『異形の王子』は、屈強なる騎士たちと共に教会へ入ると、すぐさまそこにいる牧師や孤児たちを救い出そうとする。


 しかし孤児たちを集めている間に教会の崩落が始まった。

 床板が抜け、窓ガラスが落ち、天井が崩落していく。彼らは瓦礫や砂埃のせいで出入り口を見失ってしまった。

 牧師や孤児たちは自分達の命はこれまでだと諦めたが、『異形の王子』は諦めなかった。

 そこへ春の女神が「出口はあそこです」と指をさした。


 女神の指がさす方には、一筋の春の光が。


『異形の王子』たちはその光を目指して進み、無事に教会の外へと脱出した。

 彼らが全員脱出したとたん、教会は完全に倒壊した。


〈完〉





 おい。

 突っ込みどころが多すぎるんですけど!?

 わたしとエル様がこのとんでもない話を知るのはずっとずっと後の、それこそこの話が『異形の王子の偉業』とかいう駄洒落かよってタイトルの本や劇になってからだったりする。これは記念すべき一つ目の話だ。





 そして妃教育もようやく再開された。

 まだ寒いけれど、植物の種類によってはすでに新芽が顔を出し始めている。春の訪れを予感させる景色だ。


 王宮の庭園も少しずつ緑が現れ始め、わたしは妃教育を受ける部屋へ向かう道すがら、窓の外を眺めていた。

 いつも通り護衛の衛兵と共に廊下を進んでいたのだけれど、衛兵もわたしが庭園の様子を眺めたい気持ちを察してくれたらしく、その歩みはゆっくりしたものだった。レッスン開始までまだ時間の余裕もあったので、その厚意に有り難く甘えさせてもらった。


 もう少ししたら、わがブロッサム侯爵家のエンブレムでもある桜の花が咲き始めるだろう。

 この王宮にも侯爵家の庭にも桜が植えられているので、咲き始めたらお茶会と言う名のお花見をエル様と楽しめるかもしれない。

 我が家では毎年父と使用人たちと夜桜を楽しむお食事会をしていたけれど、今年からはレイモンドも参加できるのだなぁと思えば、胸が膨らむ。楽しみが目白押しだ。


 そんなことを考えて外を眺めていれば、ちょうど、庭園の小道を歩く一人の少女の姿が視界に入った。


 栗色の巻き髪をふわふわと揺らし、スミレ色の瞳を輝かせる小柄な彼女はーーーヴィオレット・ベルガ辺境伯爵令嬢。側妃様からのご要望でオーク様の婚約者候補に選ばれた、一つ年下の女の子だ。

 愛らしい見た目に反して好戦的で、格闘の心得もあるということだけれど……。わたしは今までほとんど彼女と会話したことがない。

 ミスティア様も最初のキャットファイトで言い負かされたあとは、ヴィオレット様に話しかける様子もなかったし。ルナマリア様もわたしとしか話していないような気がする。

 ……あれ?

 ミスティア様とルナマリア様も、実は最初の言い争い以来会話してないような……?

 我が家でのお菓子作りの時だって、別段会話してなかった気がするし??


 ふと気付いた疑問に、記憶を掘り起こそうとしていると。庭園に強い風が吹いた。

 冷たそうな風がヴィオレット様の髪やドレスの裾を乱し、彼女の髪に飾られていたスミレ色のリボンを解いていく。風に拐われそうになった彼女のリボンを、傍に控えていた侍従の少年が飛び上がって掴んだ。

 少年の素晴らしい反射神経に、わたしは思わず「すごい……」と呟いてしまう。


 その背格好から少年はヴィオレット様と同年か、それより年下くらいに見える。ごくごく平凡な顔立ちをした、深紫の髪と瞳を持っていた。


 彼は手にしたリボンをヴィオレット様へ差し出そうとする。するとヴィオレット様は嬉しそうに顔をほころばせて、自分の頭を下げた。まるで結んで欲しいとおねだりするように。

 そのとたん、少年は顔を赤らめて困ったように両手を振ったが、ヴィオレット様は頭を下げるのを止めない。

 少年は困り果て、少し涙目になりながら彼女の栗色の髪へ手を伸ばす。そして不器用そうに髪を手櫛で解き、リボンを縦結びに結んだ。

「申し訳ありません」と彼の口が動いているのがなんとなく想像できる。少年は何度も頭を下げて謝っているようだが、ヴィオレット様はまるで気にしないように微笑むのが見えた。

 そして少年を促し、ヴィオレット様は王宮内へ入る扉のある方へ小道を進んでいく。


 ……あの少年、今までヴィオレット様の侍従に居たかしら?


 わたしは小首を傾げ、小さな二人の背中が見えなくなるまで眺めていた。


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