29:星月夜の宴
『星月夜の宴』当日。
朝早くから、わたしはレイモンドと共に馬車で教会へと向かった。貴族なのであまり使用人の仕事を奪うわけにもいかないが、品格を落とさない程度に出店の準備を手伝わせてもらうのだ。
教会前の広場ではすでにバザーの準備が進んでいる。
農家の方々が野菜や果物、その加工食品などを並べ、手芸好きの奥様たちが作ったパッチワークやら刺繍の入った小物を広げ、食べ物関連の屋台が火を起こしていた。
「活気がすごいですね、お義姉さま!」
わたしが絵付けをしたキツネのお面を被ったレイモンドが、広場の熱気に感染したようにはしゃいだ声を上げる。わたしは彼とはぐれないように手を繋ぎながら、「まずは神父様にご挨拶をしましょう」と教会へ向かうことにした。
侍女のアマレットと護衛以外の使用人は出店の設営準備の方へとまわし、混雑する人混みを進む。
神父様はちょうど教会の入り口あたりで、シスターたちと打ち合わせをしているところのようだ。
神父様たちはわたしたちに気付くと穏やかな笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。
わたしも挨拶を返し、レイモンドを紹介したり、今年のバザーの実行委員の方々を紹介されたりした。
「今年も炊き出しの方のボランティアに参加してくださいますか、ココレット様」
神父様の問いかけに、にっこりと頷く。
「ええ、もちろん。出店の方が一段落しましたら、手伝わせていただきますわ。レイモンドも参加させるつもりです」
「それはそれは、大変有り難いですね。人手は多い方がいいですから」
炊き出しはバザーの目玉イベントのひとつだ。
農家から寄付された規格外の野菜などを、毎年シスターたちが大鍋で美味しいスープにしてくれる。そのスープと小さなパンをセットで無料配布するので、大行列必死なのである。
わたしは毎年出店の方が一区切りしたら、炊き出しを配る手伝いにまわっている。こういうところでコツコツと点を稼ぐことで、今まで『誰にでも優しいココレット』像を築こうとしてきたのだ。イケメンと仲良くしたいあまりの、涙ぐましい努力である。
今はもうイケメンのエル様の婚約者候補だけれど、その努力をやめる必要性も感じないので、今年も頑張るつもりだ。
わたしたちは神父様と別れると、ブロッサム侯爵家の出店へと向かう。すでに立派な出店が設営され、領地からやって来た商人たちが名産品などを並べていた。
商人たちはわたしたちに気が付くと、すぐさま挨拶をしてくれた。
そしてレイモンドは次期跡取りとして、しっかりと商品や段取りの確認を始める。
本人としては父から教わったことをこなしているだけなのだろうけど、領地の名産品の特徴から搬入数、近年のバザーでの売上高など資料も見ずにスラスラと口にしている様子を見ると、やはり末恐ろしいものを感じた。すごいチートだ。
わたしの方は先日みんなで作った焼き菓子の最終チェックである。
ひとつひとつラッピング作業の済んだ焼き菓子は、クッキーやパウンドケーキの他にもマドレーヌやフィナンシェ、フロランタンと豊富だ。種類ごとに可愛らしい藤製の籠に入れられ、ラッピングのリボンがカラフルで、見ているだけで楽しい感じだ。
「アマレット、エル様やミスティア様たちに差し上げる焼き菓子はどこかしら?」
「こちらに選り分けておりますわ!」
アマレットはすぐさま別の籠を取り出して見せる。
わたしはエル様とレイモンドの分のクッキーを選んだあとはすべてアマレットに任せたのだけど。そこには売り物用とは別の豪華なラッピングが施された焼き菓子が四つ用意されていた。エル様用の花型クッキー、ルナマリア様用の星型クッキー、ワグナー兄妹それぞれへのパウンドケーキだ。
ご丁寧にわたしの筆跡を真似たメッセージカードまで付いていた。
「抜かりありませんわ! 第一王子への愛のメッセージも、巷で人気の詩集から選ばせていただきました。これでますますのご寵愛を得られますわ!」
「……アマレット、抜かり無さすぎてなんだか逆に申し訳ないわ……。さすがにメッセージカードはわたしが書き直します」
「でしたらカードの準備をいたしますね」
ラッピングに自信がないから任せたのだけど、そこまでやってもらうとなんだか申し訳ない気持ちで一杯になる。エル様たちにも、アマレットにも。
新しいメッセージカードと万年筆を用意してもらい、出店の奥の机でカードを書く。エル様には長々と愛の言葉を綴り、他の三人へは先日のお礼を書いておいた。
そうこうしているうちにバザー開始の鐘がなる。
すでに広場に集まっていたお客さんたちがワッとそれぞれ目的のお店へと駆け込んでいく。店側も声を張り上げて客寄せを開始した。我が家の出店の前にもすでに人だかりが出来はじめている。
わたしはヒラヒラとしたエプロンを身に付けると、出店に立つ。わたしのやるべきことはこの美貌を使っての客寄せパンダである。
我が家から派遣されている使用人や、領地の商人たちがお客さんへの説明や会計、商品の受け渡しなどほとんどすべてをしてくれるので仕事が他にないのだ。
時おり購入を躊躇っているお客さんに微笑みながら「こちらの商品はわたしのおすすめですの」と声掛するくらいである。そして声をかけられたお客さんは老若男女問わず、わたしの笑顔へのチップのように商品を購入していく。大変あこぎな商売である。
そんな胡散臭い商売をしている姉を横に、レイモンドは会計係と共に帳簿を確認したりしている。前世の感覚が強いわたしには、彼が本当に九歳なのか疑問に感じるレベルの仕事ぶりである。
「ココレット様! わたくしたちが来て差し上げましたわよ!」
「おい、レイモンド! 例の物を早速作ってきたぞ!」
しばらくするとミスティア様とドワーフィスター様が遊びにやって来た。
わたしはさっそく二人にパウンドケーキを差し上げる。ミスティア様は大変喜んでくださり、ドワーフィスター様も嬉しそうだった。
ドワーフィスター様は連れてきた従者にパウンドケーキを預けると、すぐにレイモンドと顔を付き合わせて話し出す。なにやら大きな箱を取り出し、中身を見せていた。
「レイモンドとドワーフィスター様は、いったいなんの話をされているのかしら?」
ひとりごちるわたしへ、ミスティア様が答える。
「フィス兄さまは先日のお菓子作りの際に、あなたのところの料理長と話してアイディアが湧いたそうよ。新しい魔道具をお作りになったの」
「あら、そうでしたの?」
「なんでも風の魔法を組み込んだ泡立て器? とかいうもので、生地を楽々混ぜることができるそうよ」
完全に前世のハンドミキサーである。
彼らのもとへ近付くと、「ここに触れると自動的に回転する。低速から高速まで自由自在だ」とドワーフィスター様が説明していた。レイモンドはキツネのお面の奥で翡翠色の瞳を輝かせながら「さすがはフィス様ですっ! 料理長が望んでいた以上の道具ですね!」と興奮していた。
無事に彼らの商談はまとまり、レイモンドは父から預かっていたお金で『魔道具・ハンドミキサー』を買い取った。ドワーフィスター様も領収書を見て満足そうである。
ワグナー兄妹はこれからバザーを見て回り、ワグナー公爵家が寄付金を納めている教会のミサへ足を運ぶそうだ。お別れの挨拶をして二人を見送った。
次にやって来たのはルナマリア様だ。ストレートの銀髪を冬の始まりの風になびかせながらしずしずとやって来る。
白い外套を着込んだその姿は冬の妖精のようで、道行く人たちもハッとしたように彼女を見つめていた。
「ごきげんよう、ココレット様」
「ごきげんよう、ルナマリア様。ようこそいらっしゃいました」
星型のクッキーを渡せば、ルナマリア様のアイスブルーの瞳が無表情のままに輝く。嬉しそうだ。
そのままポツリポツリと会話を続けると、ルナマリア様は「……バザーに来たのは初めてです」と言った。
「『星月夜の宴』では毎年ミサだけ参加して、家族で食事に出掛けることになっておりますの。私にとってはとても静かな一日なので、なんだか不思議な気分ですわ」
「ではこれからバザーを見て回るのですね?」
「……そうしたいのですけど、なにを見ればいいのかもよくわかりませんの」
お連れの侍女や護衛がいるので、身の安全やボッタクリにも対応して貰えるはずだ。そういった面の不安はないけれど、箱入り娘らしい気後れを感じているらしい。
ならばと、わたしはアマレットに相談する。
「ルナマリア様をバザーにご案内したいのだけど、店の方は問題ないかしら」
「問題なく対応できます。それに焼き菓子の方ももうすぐ完売ですので、休憩時間が早まるだけですよ」
「あら。ほんとね。レイモンドも連れていって平気かしら? あの子もここのバザーは初めてだから」
「はい。商人たちもおりますので」
そういうわけで、わたしとレイモンド、ルナマリア様でバザーを見て回ることにした。
エル様が訪ねてきたら連絡が取れるようにだけしておく。こういうときにやはり前世の携帯電話が恋しくなる。ドワーフィスター様が魔道具としてお作りになってくださらないかしら。
「わぁ、お義姉さま、見てください! あの飴細工すごいですよっ」
「……あれはなんでしょうか、ココレット様。果物にチョコレートがかけられているみたいですが、どんなお茶会でも見たことがございませんわ」
「あそこのスペースは古本市みたいですっ。覗いてきてもいいですか、お義姉さまっ!?」
「まぁ、あんなところにオークハルト殿下の肖像画がたくさん売られておりますよ、ココレット様! ここは天国ですの!?」
バザーの中心地を軽く見て回るだけで、ふたりは目を輝かせて出店のなかを覗いては買い物をしていた。
ルナマリア様は初めての買い食いに戸惑ったり、オーク様のブロマイドみたいな肖像画を大量購入したりと満喫している(ちなみにエル様の肖像画は売ってなかった。需要はここにありますよ!)。
レイモンドも古本を大量購入しては従者に持たせている。
「ココレット様、レイモンド殿、本日はありがとうございました。私、初めてきちんと市井の暮らしというものを垣間見ることが出来ましたわ。……王族の婚約者候補であるのに、お恥ずかしながら情報以上のことは知らずに生きてきたようです」
この一場面だけを切り取って『市井の暮らし』というのはいささか乱暴な気もするけれど。それほど貴族にとっては本来縁のないものなのだろう。
「……今の私はまだまだ、ココレット様には遠く及びません。けれどオークハルト殿下のその隣に立つためならば、努力を続け、いつかあなたを越えられるほどの淑女となってみせますわ」
そう言って微かに口元をほころばせるルナマリア様は、恋する乙女の可愛らしさに満ちていた。オーク様、こんなに可愛い子に一途に愛されるなんてずるいわね。
わたしとレイモンドに小さく手を降ると、ルナマリア様はクライスト公爵家の馬車へ乗り込み、帰っていった。
ついに十万字越えました!
目標のひとつだったので嬉しいです。