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27:仕切り直し(ラファエル視点)





 勉学の時間が一区切りつくと、私はすぐに離宮から出た。目指すは、現在お茶会が開かれているはずの母上のサロンだ。

 従者のフォルトや護衛の騎士すら振り払うような歩みで宮殿へと移動し、目的のサロンに辿り着く。


 扉の向こうから母の甲高い声で「ココレット、あなたが私のモノになるなら私の陣営に入れてあげなくもないわよ。あなたは本当に美しいわ……。どの男のベッドにも潜り込ませられそうね?」という言葉が聞こえてきた。

 その瞬間、怒りで私の目の前が真っ赤に染まる。

 ああ、この人は生家のその稼業にココを引き込むつもりなのか。身も心も女神のように美しいココを。あまりの怒りに手足が震える。


 扉の前に立つ衛兵が私の訪れを母上へ伝える前に、自らその扉を押し開けた。


「楽しそうですね、母上?」


 一人だけソファーに腰を下ろした母上と、座ることも許されず背筋を伸ばして立っている私の婚約者候補たちがすぐに視界に飛び込んでくる。青ざめた顔をするクライスト嬢とワグナー嬢、ーーーそして微笑みながらも固く拳を握っているココ。

 いつも穏やかなココの瞳が、燃えるような怒りに満ちていた。


「なぜお前がこのサロンにやって来たの!!? 私は入室の許可を与えてないわよっ!!!」


 私を視界に入れてしまった不快感に顔を歪めながら、母上が叫ぶ。

 たしかにいつもの私なら、相手の許可なく部屋に入室するような無作法な真似はしない。それどころか母上の視界に入らないよう、わざとすれ違う生活を送っているくらいだ。そんな私がまさか母上のお茶会に顔を出すなど夢にも思わなかったのだろう。


 私は、母上の許せない醜い顔で、笑みを作る。


「ええ、許可はいただいておりません。ですが本日母上のお茶会に招待されたのは私の婚約者候補の三人です。きっと母上が彼女たちの面談をなされると思いましたので。ぜひとも私から母上に、彼女たちの評価をお伝えしなければと伺った次第です。ーーーなにせ婚姻する当事者は私ですので」


 母上は私から顔を逸らし、「オェェッ!!」と舌を出した。その舌先は青い口紅に染まっていた。


「ああ、気持ち悪ぅ~い……。化け物の顔を見たせいで胃がムカムカするわ」


 そう言ってソファーから立ち上がる母上の顔は、本当に吐きそうなほど蒼白だった。


「気分が悪いわ。お茶会は中止よ!」


 侍女や従者を引き連れ、サロンから退室していく母上は、私を視界に入れないようにしながら叫んだ。


「なぜこの私からお前のようなおぞましい化け物が生まれたのかしら?! 私の一生の汚点よ!!」


 母上の履く靴の踵がガツガツと廊下を叩く。まるで嵐のように去って行った。


「エル様……」


 扉から視線を外し、ココへ振り返ると。

 彼女はとても辛そうな表情で私を見上げていた。

 私は思わずココに手を伸ばし、指先だけでそっと彼女の頬を撫でる。母上に傷つけられたココを慰めたかった。


「ごめんね、ココ。私の母があなたにあんな暴言を……」

「それはエル様に謝っていただくことではありませんから」


 ココはそう言って、頬に触れる私の手を取って包み込む。


「わたしは絶対にエル様の味方ですからね!」


 ココの瞳に浮かぶ悲しみの色は彼女自身ではなく、私のために浮かんでいた。


「子供に親は選べませんし、親の影響から逃れることは容易ではありませんけど…。わたしはエル様の味方ですし、エル様を愛しています」


 ……私はココを母上の魔の手から助けに来たはずだったのに。

 反対にココのほうが私を心配してくれている。母上から邪険にされ、利用されるだけの私のことを。


 ああ、私は情けない。助けに来たはずが勝手に救われている。

 母上に愛されたいと願って泣いていた前世の私に、手を伸ばしてもらえたような気さえした。


 喉奥から込み上げて来そうになる熱いものを、私は必死で飲み込む。


「……ありがとう、ココ。私の方がずっとずっと、あなたを愛しています」


 ココの本心なんて、思惑なんてどうだっていいと思っていたはずなのに。そう思っていたかったのに。


 ココから本当に愛されたいと願ってしまう自分の気持ちに、もはや気付かない振りをしていることができない。


 私の方がずっとずっとココを愛している。

 こんなに醜い上に、ココに救われてるばかりいる情けない男なんて、あなたにちっとも相応しくないというのに。





 母上の無礼を詫びる形で、お茶会を再開させる。

 急遽追加のケーキなどを用意して勧めれば、ようやく落ち着いた雰囲気が流れてきた。ココは肩の強張りが取れたし、クライスト嬢とワグナー嬢の顔色もだいぶん良くなったみたいだ。

 ……そういえば私が婚約者候補全員とお茶会をするだなんて初めてのことだな、と思う。前回のワグナー嬢は言わずもがな、バトラス嬢など私との面会をことごとくボイコットしていた。怒る気にもなれなかったけれど。


 私はもう一度母上の無礼を詫びてから、クライスト嬢に以前から頼もうと思っていたことを依頼することにした。


「クライスト嬢、あなたの家の力を借りたいのですが、頼めますか?」

「……はい。どのような情報でも、ラファエル殿下のお望みのまま献上いたします」


 クライスト筆頭公爵家。

 彼ら一族が『筆頭』まで登り詰めたのはその情報力だ。

 貴族の汚職情報から市井の噂話、民間伝承など幅広く豊富な情報を入手し、操作することによって多大な利益を生み出してきた。クライスト筆頭公爵家の手の者は近隣諸国にまで潜んでいるとも聞いている。

 彼らの力があれば『金のクロス』が発見されたはずの教会の特定も、難しくはないだろう。


 それにクライスト嬢は無類の『聖女好き』だ。ココに好意を寄せているのもそのせいだろう。

『聖女好き』なら教会関連の民間伝承にも詳しいはず。


「王家と縁のありそうなペンダント、クロス、装飾品などが発見されたことのある教会を探しています」


 民間伝承なら“金のクロスのペンダント”としてはっきり言葉が残っているかはわからない。語り継がれるうちにその品の形さえ変わる恐れもある。なのでできるだけ大まかなくくりで探してもらうつもりだ。


 クライスト嬢はアイスブルーの瞳をしばたたかせ、無表情のまま頷く。銀の髪がサラリと揺れた。


「いくつか……、心当たりのある伝承や噂話がございます。情報をきちんと精査したのち、ラファエル殿下へご報告申し上げます」

「よろしくお願い致します」

「承りました」


 私とクライスト嬢の話が終わるのを待っていたらしいココが、口の中のケーキを飲み込んでから私に話しかけてきた。


「エル様、教会に興味がおありなのですか? もしよろしければ来月の『星月夜の宴』に参加されませんか? わたしもいつも慈善活動に行っている教会へ、お手伝いに行く予定なんです」

「『星月夜の宴』……そういえば、もうそんな季節だったね」


 毎年冬の始まりに行われる『星月夜の宴』は、一年の収穫に感謝し、これから始まる厳しい冬をできるだけ穏やかに過ごせるように神へ祈りを捧げる日のことだ。

 その日は昼から教会でバザーなどの催しが行われ、夕方にはミサが開かれる。一日がかりの祭りである。


「夕方のミサへ参加することは出来ないけれど、昼間なら少し顔を出せるかもしれない」


 フォルトに予定を確認してもらえば、時間を調整できそうだった。

 ココにそう伝えれば、彼女は嬉しそうに両手を合わせる。


「ならぜひっ! わたしは毎年、我が家で作った焼き菓子をバザーに出品しているんです。売上金はすべて教会へ寄付をするのですけど、とても楽しいんですよ」

「へぇ。ブロッサム侯爵家の料理人の焼き菓子なら、それはとても人気だろうね」

「あ、もちろん我が家の料理人も作るのですが、わたしや父も手伝いますの。今年はレイモンドも一緒に」


 貴族が料理をするというのも滅多にないことだが、それが家族総出というのも珍しい。とても仲の良い人たちだ。


「それはとても楽しそうだね。では愉快なブロッサム侯爵家の焼き菓子を目当てに、バザーへ顔を出しに行くよ」

「はいっ。エル様の分はちゃんとわたしが作りますわ!」


 そんなココへ、ワグナー嬢が声をかける。


「ココレット様、わたくしも参加したいですわ!」

「なら、ミスティア様にも教会の場所をお教えいたしますね」

「バザーだけでなく、焼き菓子作りとやらにも参加したいわ。それにブロッサム侯爵家にも一度行ってみたいもの」

「……そういえば一度もお誘いしておりませんでしたね」

「そうよ! 我がワグナー公爵家へ通いつめたくせにご自宅に招かないだなんて、失礼だわ!」

「(通いつめさせたのはあなたたち兄妹のせいなんだけど……)大変失礼いたしました。では後日詳細をお伝えいたしますね、ミスティア様」


「あの……!」


 ココとワグナー嬢へ、クライスト嬢が声をかける。彼女の顔は無表情でありながら、両頬が赤く染まっていた。


「わ、私も参加させていただくことはできませんでしょうか、ココレット様……?」

「え、ルナマリア様?」


 きょとんとした顔で首を傾げるココの愛らしい様子と、どんどん顔が紅潮していくクライスト嬢の様子を見比べながら、私は予感する。


 またひとつ、運命が変わっていく予感を。


感想や評価やレビュー、誤字報告など本当にありがとうございます!

お陰さまでとりあえず二ヶ月続けることができました(^∇^)


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