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24:何者にもなれなかったはずの少年たち(ラファエル視点)





 私は護衛の騎士とともに廊下を進みながら考える。


 王宮図書館にある教会関連の書物はほとんど目を通した。だが残念ながら『金のクロス』が見つかったとされている教会に関する情報は見つからなかった。

 これはいよいよクライスト嬢に協力を求めなければならないだろう。

 彼女とクライスト筆頭公爵家の力を持ってしても情報が得られない場合はーーー、それはもうそのときに考えるしかない。


 正妃マリージュエルの動向については、現在フォルトに調べさせている。どうやら、私の婚約者候補たちを招くお茶会の日取りが決まったらしい。

 母の標的はココだ。クライスト嬢もワグナー嬢も、母の掌の上で踊る駒にすぎない。

 母がココに対してどんな評価を下そうとも、彼女を利用させはしないし、彼女を排除させもしない。

 前回の人生では、私は一度たりとも母と向き合わなかった。母に愛されたかったのは幼少期までで、それ以降は母から目を反らして生きてきた。

 けれど今回は違う。ココのためならば、私は母とだって戦って見せる。守り抜いて見せる。


「第一王子ラファエル殿下のご到着です!」


 待機していた衛兵が口上を述べ、扉を開けた。私はそのまま入室する。





 部屋の中には私の愛しいココと、オークハルト、ワグナー嬢、そしてどこかで見たような気のする黒髪の美少年の四人がいた。

 ココとワグナー嬢に面会するためにやって来たので、彼女たちがここに居るのはわかる。オークハルトのことも嫌々だがわかる。お優しいあいつのことだ、どうせ無理矢理時間を作ってまでこの面会に参加しに来たのだろう。

 でもこの、魅惑的な紅色の瞳に銀縁眼鏡をしたこの美少年はーーーもしや。


 あの、ドワーフィスター・ワグナーなのでは……?


 私の脳裏に、前回の人生での彼の姿が断片的によみがえりーーー。


「エル様!」


 ココの声にハッとして、私は美少年から視線を外し、彼女に視線を向けた。ココ、と思わず力の抜けた声が出てしまう。


「さぁエル様、ミスティア様が挨拶なさりたいそうですよ」

「え……?」


 促されてワグナー嬢を見れば。


 銀縁眼鏡をかけたワグナー嬢が、私の方へ顔を向けて立っていた。

 いつもの失神もせず、顔色も青ざめたりせず、しっかりと意識を持っている。

 あのワグナー嬢が。


 あまりのことに私はポカンと口を開けてしまうが、ワグナー嬢は気にせず私に向かってカーテシーをする。


「ラファエル殿下、長々とご挨拶出来ず、大変申し訳ありませんでした。

 わたくし、ワグナー公爵家のミスティアです。

 この度はラファエル殿下の婚約者候補にお選びいただき、臣下として大変誉れであります。誠心誠意尽くさせていただきますわ!」


 悲鳴以外のワグナー嬢の声を聞いた記憶があっただろうか。二度の人生を総ざらいしてもないだろう。

 彼女の声はこんなに澄んだ声だったのだな、と現実感の湧かないまま私は思った。

「エル様」とココが私の腕をつついてくれてようやく、我に返る。


「あ、ああ、…ラファエル・シャリオットです。よろしく」


 慌てて答える声が、どこかぼんやりとした響きになった。


 うふふ、とココが愛らしく笑い声をこぼす。


「エル様、驚いていらっしゃる?」

「……うん。これはどういうことなのかな、ココ」

「実はミスティア様の御兄様にご協力していただいたお陰なんです」


 今度は黒髪の美少年が私の前にやって来て、臣下の礼をとった。


「お初にお目にかかります、ラファエル殿下。僕はミスティアの兄、ドワーフィスター・ワグナーです。どうぞお見知りおきを」


 やはり彼だ。

 あのドワーフィスター・ワグナーだ。


「立ち話は止めよう。さぁ兄君、こちらのテーブルへどうぞ」とオークハルトが楽しそうに場を改める声を聞きながら、私は前回のワグナー殿の記憶を掘り返してしまった。






 前回のドワーフィスター・ワグナーについて、私は彼を直接知っているわけではない。だが彼の情報は自然と見聞きした。

 なぜならワグナー殿はオークハルトの友人の一人であり、あの男爵令嬢にはべる男達の一人として学園内で目立っていたからである。


 ワグナー殿が学園に入学するまでの経歴は謎に包まれている。

 次期宰相として名前ばかりが先行していたが、どのようなお茶会にも顔を出さず、社交を全くこなしてこなかったらしい。

 そのことに関して公爵家は「息子は病弱だからなかなか外出できないのだ」と言っていたみたいだが。学園に入学するまでには体調も良くなったのだろう。学園内では健康そうな姿を見せていた。


 ワグナー殿は次期宰相として高い頭脳を持ちながらも、成績の方は伸び悩んでいたらしい。

 三学年下にレイモンドが入学し、彼があっさりと全学年一位の座を取ってからはひどい荒れようだったそうだ。

 ワグナー殿の成績はどんどん落ちていき、時折学園内でレイモンドとすれ違えば彼を罵倒したりする。そんな品のない男に成り下がっていった。


 そんな頃だった。

 私が学園の隅で、あの男爵令嬢ピア・アボットと語り合うワグナー殿を見かけたのは。


「僕はべつにワグナー家に生まれたくて生まれたんじゃない!」


 校舎の外れにあるベンチに、二人は寄り添うように座っていた。

 たまたまそこへ通りかかった私は、オークハルトの愛する恋人が他の男と二人きりで親密そうにしている様子が面白くて、思わず校舎の陰に隠れて二人を観察してしまった。


 ああ、このまま二人が抱き合ったり、口付けを交わす瞬間でも見られないだろうか。オークハルトのいう『真実の愛』とやらが、粉々に砕け散る瞬間が見られたら楽しいだろうに。


 私は暗くほくそ笑む。


「宰相になりたいわけでもないのに、幼い頃からずっとずっと身勝手な期待をかけられて……! 僕が本当になりたいのは、そんなんじゃないんだ……ッ!」

「フィス様……、わたし、フィス様のお辛いお気持ちがよくわかります……」

「……ピア」

「フィス様、なりたい御自分になっていいんです。宰相になりたくなければ、ならなくてもいいんです。御自分の心を偽らないでください。わたしはそのままのフィス様がとっても素敵だと思いますからっ!」

「ピア、アンタはなんて心優しい女なんだ……」

「フィス様……」

「ピア……」


 熱心に見つめ合う二人のあまりに馬鹿馬鹿しい会話に、私は溜め息を堪えた。


 なにがワグナー家に生まれたくなかった、だ。

 なにが宰相になりたくない、期待が重い、だ。


 だったら初めから他に譲ればいいじゃないか。

 宰相はべつに世襲制でもなんでもない。彼が継がなければ他に優秀な誰かがその椅子に座るだろう。それはワグナー公爵家の分家かもしれないし、まったく違う家の人間かもしれない。

 代わりの効かない存在などこの世にありはしないんだ。王太子の私ですらスペアのオークハルトが控えているのだから。


 私は白々しい気持ちになり、その後の二人の様子を確認することもなくその場を離れた。





 学園を卒業と同時に、ワグナー殿は失踪した。その後の彼については知りもしないし興味もない。


 ワグナー公爵家は、結局私の婚約者候補から外されることになったワグナー嬢が婿をとって引き継ぐことになった。

 だが長年宰相を輩出しつづけたワグナー公爵家はついにその地位を他家に譲り渡すはめになり、今までの影響力を失ってゆるやかに衰退していった。

 せめてワグナー嬢が私の妃になれればその影響力を失わずにすんだのかもしれないが、それは結局もしもの話である。私でさえ彼女と夫婦生活を送れるとは、最初から思っていなかったのだから。





「魔術師、魔道具……?」


 私の呆然とした声に隣のココがにこやかに笑い、真正面のワグナー殿は誇らしげに胸を反らせた。


「僕は以前から魔術・魔法に関する分野について、独学で勉強しております。今回妹のために作ったこの眼鏡も魔道具でして。……妹がラファエル殿下を見ても問題ないように作りました」


 えらく説明を省かれた気がするが、要は私のような不細工を見ても視界がある程度遮られるようになっている、ということだろうか。


「これはすごいな! 量産できれば、兄君を見て倒れる侍女たちも減るんじゃないか?! 根本的な解決には全くならんが、気休めとしては十分じゃないか!」


 相変わらず思ったことをそのまま口に出すオークハルトである。本人は良かれと思って言っているのだろうが、私の怒りを簡単に煽ってくる異母弟だ。

 私は唇の端が引きつるのを必死で堪える。


「ラファエル殿下、どうかこれから話す内容を笑わずに聞いていただきたい」


 姿勢を正し、ワグナー殿が微笑む。その表情は晴れやかで、前回の人生で見かけた彼とはまるで違った。


「僕はこの国初の魔法宰相になるつもりです」

「魔法宰相、とは……?」

「魔法はきっとこの国や民の役に立つはずです。私はこの国に魔術師を誘致し、国に仕えるたくさんの魔術師を育てていきたいのです。そしてゆくゆくはこの国を『魔法王国』と呼ばれるような国にしたい」


 たしかに魔法や魔術は発展不足の分野である。それを育てて、国や民に役立てるというのは面白い話かもしれない。

 だがメリットだけではなくデメリットも見極め、法整備も一から作っていかなければならない。至難の道だろう。


「それは何十、何百年もかかる壮大な計画のようですが。わかっていますか、ワグナー殿」

「はい。僕の代では終わらないどころか、その芽すら出ないかもしれません。……けれど始まりがなければ、このまま魔法分野は衰退していくだけでしょう」


 彼のルビー色の瞳に強い覚悟がきらめいている。


「あなたが僕の話を有用だと思っていただけるよう、許可が出るまで何十年でも努力いたします。ラファエル殿下、……あなたの宰相として」


 胸元に片手を当て、深く頭を下げる彼を見つめながらーーー小さく息を吐く。


「…それは私が国王の座に就き、あなたも無事に宰相になれたときに考えましょう」


 前回の人生ではどちらもその席に座れなかった人間だ。今回だってどうなるかはわからない。

 そう思って告げれば、ワグナー殿はゆっくりと顔を上げ、鮮やかに笑った。


「はい。今はそのお言葉だけで十分ありがたいです」


 ふと周囲に視線を向ければ、ココとオークハルトが嬉しげに私を見つめ、ワグナー嬢もまた目元をほころばせながら兄を見つめていた。

「よかったですね、エル様」「よかったな、兄君」「よかったじゃない、フィス兄さま」と三人揃って同じことを口にし、……そのことが可笑しくて私は笑ってしまった。

 きみのいる人生はとても賑やかだね、ココ。


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