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21:魔術




 わたしは今、とてつもなく暇である。

 やることが何もないのだ。


 ドワーフィスター様の助手になれと言われてから初のワグナー公爵家への訪問。魔術のお手伝いってどんなことをするのだろうかと、ワクワクしながらやって来たのに、本当にやることがない。

 ただドワーフィスター様の部屋で彼が羊皮紙になにかを書き込んでいるのを延々眺め、たまに紅茶を淹れるくらいのことしかしていない。

 いったいなんの為にわたしを呼んだのだろう? もしかしたらわたしに一目惚れって線もあるわね。わたしが男だったら絶対にわたしに一目惚れしているし。そんなくだらないことを考えてしまうくらい暇だ。

 いっそこの暇な時間のうちに、妃教育の宿題である課題図書を読んでレポート製作をしてしまいたい。

 だって妃教育が終わったと同時にミスティア様と共にワグナー公爵家へ来ているのだもの。ここで数時間もただぼんやりしてるだけなのは辛い。たぶん今頃ミスティア様は、この同じお屋敷のなかで課題をこなしているというのに。

 けれど仮にも助手と言われて呼ばれているのだから、ほかのことはできない。わたしは本棚の前に置かれたソファーに腰を掛け、ただ次の紅茶を淹れるタイミングを計るのみだ。……今夜は睡眠時間削ってがんばろーっと。


 わたしは暇潰しに、本棚に並んだ本のタイトルを端から順に読んでいく。

 壁一面に造りつけられた本棚はかなりの収納量で、その三分の二が宰相教育の為のもの。残りの三分の一が魔術関連のものみたい。

 王宮の図書館でもこれほどの魔術関連の書籍はないわね、と考えていると。

 ドワーフィスター様が机から顔をあげないまま、わたしに尋ねた。

 

「アンタは魔術や魔法に興味があるのか?」


 急に掛けられた言葉に、思わず肩が跳ねる。


「最初に会った日に、アンタは僕の部屋の前で騒いでいただろう? 魔術が見たいと」

「そ、そうですね……。興味というか、憧れがありますわ」


 かつて愛した推し達が魔術を使う場面を思い出しながら、わたしは恍惚とした表情で頷いた。

 あの美しい氷魔法、薔薇の花びらが舞い散る植物の魔法、一瞬で敵を薙ぎ倒す雷魔法ーーーああ、イケメンと魔法ってほんと絵になるわよねぇ。

 きっとエル様にも魔法が似合うわ。神々しい聖魔法なんかがぴったりよ。聖魔法で世界を浄化して、呪われしオーク顔の男すべてをイケメンに変えてくださるの。はぁ、それでもいちばん素敵なのはエル様なのだけど。うふふ。


「……ふ~ん。アンタも変わってんな」


 美しい妄想の邪魔をされて、わたしはチラリとドワーフィスター様に視線を向けた。


 ドワーフィスター様は書き物をやめ、机の上に高く積み上げられた本の中から一冊を取り出し、パラパラと捲りはじめる。

 そして「ん…」と、その本をわたしに突き出した。


「これでも読んでれば? 初歩的な内容だから、猿にだって理解できるだろ」

「はぁ」


 仕方なくソファーから立ち上がり、わたしはその本を受け取った。

 ずいぶん読み込まれた本らしく、ワインカラーの革表紙はくたびれている。角もすり減っていた。


「ずいぶん読み込まれておりますのね。ありがたくお借り致しますわ」

「……ああ。汚すなよ」

「はい」





 この世界の魔法は、いわゆる魔術式のパターンらしい。

 数式のように簡単なものもあれば、曼荼羅の絵図のように複雑怪奇な魔術式まであって、その構造をきちんと理解した上で紙や地面などの平面に書き込み、そこに自身の魔力を流し込んで魔法を発動させる。

 師になれるほどの魔女や魔法使いなら、頭の中で魔術式を思い浮かべて魔力を流すだけで魔術が使えるらしい。へぇ~。


「アンタもやってみるか?」

「え?」

「ほら、紙とペンを貸してやる。簡単な火起こしの魔術式を書いてみろ。手本は六ページだ」


 ドワーフィスター様から羊皮紙などの一式を渡されながら、わたしは困惑の声をあげる。


「でも、わたし、自分に魔力があるかどうかも分かりませんわ」

「試してみて出来なければ魔力はない。出来れば魔力があるだろ」


 それはそうなんだけど。結構雑ね……。


「僕はそうやって試してみて、実際に魔術が使えたから今もこうして独学で続けているんだ」

「そうなんですの?」

「ほら。やるだけやってみろ」


 言われるがままに手本通りの魔術式を書く。ほんの一行足らずだ。その魔術式に手のひらを当て、なんとなく力を込めるイメージでーーー。


 火も、なにも、起こらない。


「フッ、アンタ才能ないな」


 分かっていたとは言え、実際に魔術が使えないとへこむ。ドワーフィスター様の容赦ない言葉にもへこむ……どころか若干腹が立つ。

 魔術が使えないのがこの世のスタンダードなのよ! と苛つきながら顔をあげれば、ドワーフィスター様が笑みを浮かべてわたしを見ていた。


「ほら、見ていろ」


 ドワーフィスター様はわたしが書いたのと同じ魔術式をサラサラと書くと、片手をかざし、あっという間に火を起こした。

 なにもない空中に小さな火が紅く燃える。ドワーフィスター様の瞳と同じ色だ。


「すごく綺麗……」


 思わずこぼしてしまった言葉に、ドワーフィスター様は笑みを深めた。

 きっとこの世界の普通の女の子なら、ここでドワーフィスター様に恋に落ちるんだろうなぁ、と思いつつ。わたしはドワーフ顔の少年の、本当に子供らしい無垢な笑顔に和んでしまった。


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