14:真犯人
普段は温厚な父が、今回の事件では大変激怒した。
「これは我が侯爵家への宣戦布告だね」とオーク顔で黒いオーラを撒き散らしながら微笑む様子は、魔界よりの使者のようで大変恐ろしい。
すぐさま騎士団に協力を要請し、酒場にやって来た真犯人を実行犯共々捕まえてしまった。
真犯人は、ガストロ子爵家の子供たちだった。
レイモンドさえいなければ自分たちがブロッサム侯爵家を継げるはずだったのに、と彼を逆恨みしていたらしい(レイモンドがいなくても、ガストロ子爵家の子供たちの能力は大したものではないので、どうせ父に選ばれるはずもなかったのだけど)。
お面を壊してレイモンドの醜さを知らしめれば、どうせ侯爵家や使用人たちから拒絶されて捨てられるだろうと考えたようだ。
あのお面が母親から贈られた大切なものであるということもわかっていて、レイモンドの心を粉々に傷付けるために実行させたそうだ。
なにそれ、ほんっと、最低ッッッ!!!
もうっ、心が醜すぎる!!!
こんなに醜い犯人たちに、なんでレイモンドが醜いだなんて言われなくちゃいけないのか本当にわからない。だいたいわたしには犯人たちのほうが不細工にしか見えないし!
父も使用人たちも、わたしと似たような怒りを持ったらしい。
父はもう魔王のような顔をして、
「レイモンドはもはや私の愛する息子だ。レイモンドを傷つけた君たちを私個人も、ブロッサム侯爵家としても許すことはない。君たちガストロ子爵家とは縁を切る!」
と宣言した。
それを聞いたガストロ子爵は大慌てだった。
子爵家の子供たちはまだ成人しておらず、おこなったことも器物損壊なのでたいした罪にはならない。示談金でどうにかなると考えていたようだ。
だからこそこちらも、法のもとではたいした罰を与えられないのがわかっているからこその縁切りである。
ブロッサム侯爵家の不興を買ったということで、これからガストロ子爵家は社交界から爪弾きにされるだろう。
なにせ今の我が家には、第一王子と第二王子両方の婚約者候補であるわたしがいるのだから。エル様と結婚すれば王太子妃、ゆくゆくはこの国の正妃になる。正妃の実家に楯突いた一家にだれが近寄りたいというのだ。
すがりつくガストロ子爵とその子供たちを侯爵家から追い出すと、父はレイモンドに笑いかけた。
「レイモンド、君はたしかに美男子ではないが、その心根はちっとも醜くない。私が認めた、素晴らしい跡継ぎなんだよ。また今回のようなことがあれば、私たち家族を頼りなさい」
「は、はいっ、お義父さま…!」
レイモンドは潤んだ翡翠色の瞳を、涙がこぼれ落ちないよう必死にまばたかせていた。泣くのを堪えた分、顔が真っ赤になっている。
「お義父さま、ぼっ僕を家族に選んでくださって、本当にありがとうございます…!」
母の思い出の詰まったキツネのお面を壊されたレイモンドの悲しみを癒したのは、たぶん父の『家族』という言葉だったのだろう。
父はレイモンドの背中を優しく叩いて励ました。
▽
怪我の功名と言えばいいのか、今回の事で我がブロッサム家とレイモンドの距離はぐっと近づいた。
父はレイモンドを単なる跡継ぎとしてだけではなく、息子として慈しむようになった。
使用人たちも、レイモンドの素顔に慣れようと彼の肖像画をいたるところに飾ったりしている。そのおかげで男性たちの方はだいぶんレイモンドの顔に慣れたようだ。女性たちはまだ難しいようだが。
それでも努力して素のままのレイモンドを受け入れようと努力している様子を見て、レイモンドは嬉しそうに顔をほころばせていた。
「レイモンド」
わたしがレイモンドの部屋に入ると、彼は勉強机に向いていた顔を体ごと振り返った。
「お義姉さま! おかえりなさいませ。街からお戻りになったのですねっ」
「ええ、ただいま」
きょうは妃教育あとに街に寄ってきた。依頼していたあるものを受け取ってきたのだ。
「あなたに渡したい物があるのよ、レイモンド」
わたしはそう言って、後ろ手に隠していた箱を二つ取り出すと、レイモンドに手渡した。
レイモンドは愛らしく首を傾げる。
「これは……?」
「開けてごらんなさい」
レイモンドは一旦机の上の勉強道具を片付けると、箱を置いた。
「まずはその白い箱を開けてみて」
「はい」
わたしの指示にしたがって、レイモンドは白い箱を慎重そうな手つきで開ける。
中に入っていたのはーーー修理されたキツネのお面だ。
ガストロ子爵家と断絶したあと、レイモンドはわたしに頼み事をした。真っ二つに割れてしまったお面を捨てて欲しいのだと。
「壊れてしまったものをいつまでも持っているのは辛いから……。本当は自分で捨てるのが一番なんですけど、……僕には出来そうにないので、お義姉様が捨ててください」
本当に捨てていいのかと、何度も聞いたけれど、レイモンドは頑なに首を振った。
「僕にはもうお義姉様もお義父様も、先生や使用人たちもいます。母さんの思い出に縋って生きなくても、大丈夫ですから」
レイモンドは侯爵家の跡継ぎとして生きる覚悟を決めた顔つきをして、そう言った。
なのでわたしはレイモンドからお面を受けとるとーーーすぐさま修理してくれる工房に預けてきたのだ。
レイモンドが呆然とした様子でお面を見つめている。
「なんで……」
「修理はして貰ったけれど、強度の問題であまり長時間使うことはできないらしいの。やはり一度割れてしまったものだからね。大切にしてちょうだい」
「だって、僕、捨てて欲しいって……」
「使えなくたって、壊れたものだって、心に無理をしてまで捨てることはないわ」
わたしはレイモンドの両肩に手を置く。彼の肩は震えていた。
「だってそれはレイモンドのお母様がくださった、大切なお守りなのでしょう? ……新しい家族ができたって、お母様の思い出を捨てる必要なんてなにもないのよ」
「……ぁっ……」
レイモンドはそっとキツネのお面を手に取ると、そっと額に当てた。
堪えきれなかった涙が彼のなめらかな頬を伝い、顎先からポタポタと落ちていく。
「…ッ、どうして、お義姉さまは、僕に優しくしてくださるの……? 僕はっ、こんなに醜い……バケモノみたいなのに…ッ! ずっと、最初から、どこまでもやさしくて……!」
「あなたを醜いだなんて思ったことはないわ。だってあなたは出会った最初から、わたしの可愛い弟レイモンド・ブロッサムでしかなかったもの。姉が弟を可愛がるのは当然でしょう?」
レイモンドがイケメンショタではなくオーク顔だったとしても、わたしは義弟として受け入れるつもりだった。
それがこんなに可愛くて、出来たばかりの義姉を慕ってくれるいい子だったのだもの。倍増しで優しくしてしまうのは当然だろう。
わたしがレイモンドの白髪を撫でれば、彼は顔をあげた。翡翠色の瞳が涙に輝いてまるで宝石みたいに美しい。
「わたしが嘘を言っていると思う?」
「…いいえ、ちっとも」
レイモンドは涙に濡れた顔で、最高の笑顔を浮かべた。
「だってお義姉さまはいつも、母さんみたいに優しい笑顔で僕をまっすぐに見てくださるもの」
そう言うレイモンドの笑顔がほんとうに綺麗で。
わたしが笑顔の下で悶えていたことは、一生秘密にしておこう。
もうひとつの箱に入っていたプレゼントの方も、レイモンドは喜んでくれた。
修理したお面とは別に、普段使い用のお面を用意したのだ。
「ちょっと口元が変なのだけど…」
「もしかしてお義姉さまが作ってくださったのですか?」
「絵付けだけやらせてもらったの」
修理を依頼した工房では、ふだんは修理よりもお面を生産する方が主力らしく。わたしはついでに新しいキツネのお面を発注することにした。
その際お店の人から絵付け体験も可能だと言われて、キツネの顔を描いてきたのだ。
ちょっと歪な口をしたそのキツネのお面を、レイモンドはとても喜んでくれた。
「ありがとうございます、お義姉さまっ! 僕の大切なお守りが増えました!」
腰に抱きついてくるレイモンドの背中を撫でる。
「喜んでくれて嬉しいわ」
やっぱりイケメンショタがこんなに間近で堪能できるなんて、今世は贅沢だなぁ、とわたしは思った。