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11:キツネのお面の義弟



 エル様からシュバルツ王の話を聞いた後日、わたしは城の敷地内にある図書館でシュバルツ王に関する資料を探した。

 王子の婚約者候補たちにはあらかじめ必要な場所への入室許可証が発行されていて、本来なら限られた人間しか入れない図書館へも自由に入れるのだ。閲覧禁止の本はさすがに手が出せないけれど。

 ほかにもダンスレッスン用の小ホールや、音楽レッスン室、サロンや温室なども自由に使えることになっている。


 司書に頼んで探してもらったシュバルツ王の資料は二冊だけだった。

 ひとつは王家の家系図が載っている分厚い本で、即位から退位までのことがほんの数行でまとめられているだけだった。

 もう一冊は、シュバルツ王がいた頃に城に勤めていた侍女の日記を写本したもの。もともとはこの時代を生きた女性の仕事と家庭生活についての資料として、後世に残されたものだったのだろう。皮肉なことに、今では数少ないシュバルツ王の資料のひとつになってしまったらしい。


 侍女の日記には、シュバルツ王の容姿についてけっこうボロクソに書かれていた。『見るのもおぞましい。王の専属侍女にだけはなりたくない』『王を遠目で見かけてしまって気分が悪い。唾を吐きかけてやりたい』など、悪口のオンパレードだ。


 この日記をたぶんエル様も読んだのだろうなぁ。

『シュバルツ王の再来』などと言われているエル様には、この悪口が自分に向けられたもののように感じてしまったのかもしれない。なにせまだ十一歳の愛らしい少年なのだから。十一歳+前世のわたしとは違ってまだ繊細だもの。

 きっとトラウマ本になったことだろう。


「はぁ……」


 わたしはついつい溜め息を吐いてしまう。

 自室の机で侍女の日記を読んでいたわたしの溜め息に、側に仕えていたアマレットが「私のお嬢様、どうかされましたか?」と声をかけてくる。

 わたしはアマレットに振り返り、小さく首を振って苦笑する。


「なんでもないわ」

「はぅん…! 見返り美人……!」

「アマレット、あなた、本当にわたしのことを心配してくれたのよね……?」

「勿論でございますっ! お嬢様、きっと読書のし過ぎで疲れたんですわ。リラックスできるお茶でも淹れましょう」

「ええ、ありがとう」

「毎日のように登城して妃教育を受けていらっしゃるから、疲労が溜まっているんですよ、きっと。屋敷にいるあいだはのんびりしてくださいね」

「そうするわ」


 そう答えながらも脳裏によぎるのは、宿題がわりに出されるレポートの締め切りのことだったけど。


 アマレットがお茶の準備をしていると、わたしの部屋の扉が外側からノックされた。


「はい、どなた?」

「ココ、私だよ」

「まぁ、お父様! もうお帰りになったのですね!」


 わたしは扉をアマレットに開けてもらう。

 部屋の前にはピンク髪のオークこと父が立っていた。わたしはにっこりと笑うと、父の腹に抱きついた。


「おかえりなさいませ、お父様」

「ただいま、ココ」

「それで、例の子は……?」

「ああ、無事に連れて帰ってきたよ」


 例の子とは、我がブロッサム侯爵家の新しい跡継ぎになる子のことだ。


 もともと我が家は、一人娘であるわたしが婿養子をもらう予定だった。

 けれど王家のお茶会に招かれた結果、エル様とオーク様の婚約者候補に選ばれてしまった。

 どちらの王子の妃になるかは分からないが、ブロッサム家を断絶するわけにはいかない。そう判断した父は血縁から養子をもらうことを決めたのだ。


 わたしは新たな家族ができることをそれなりに楽しみにしていた。

 そりゃあ、我が血筋は美男美女の宝庫と呼ばれるほど美形ばかりが生まれるらしいので、つまり養子に来る男の子は完全にオーク顔だろうけど。

 でも今まで父と使用人しか居なかった我が家に年の近い子供がやって来るのだ。それだけでワクワクする。オーク顔だろうと可愛がってあげなくちゃね。義弟になるのだもの。

 最悪、その子と性格が合わなくても、数年我慢すればわたしはエル様のところにお嫁に行くのだし。


「ココ、この子がきみの新しい弟だよ。二つ年下の九歳だ」


 父の後ろから現れたのは…………キツネのお面だった。


 前世の日本で見たことがある、和風のお面だ。白地に墨で目が描かれていて、目元にちょっと紅が引いてある。目と鼻の部分には勿論穴がくり貫かれていた。


 そんなキツネのお面を被った白髪の少年が、所在なさげに立っていた。


 着物や甚平を着ていればコーディネートとしては完璧だったのに。

 わたしはお面の不思議よりも、日本に対する郷愁の念を抱いた。


「遠縁の子だけど、この子が一番跡継ぎにふさわしい能力を持っていたんだ。それに……ココなら気にせず可愛がってくれると思ってね」

「わたしなら気にしない、ですか…?」

「さぁ、お面を取って、お義姉さまにご挨拶なさい」


 男の子は父に促されて、恐る恐るという様子でお面を外した。

 お面の下にあったのはーーーー。


「……レイモンド・ブロッサムです。よろしくおねがいします…」


 柔らかそうな白髪、白い睫毛、翡翠色の瞳を持ったイケメンショタがそこに居た。


 かっ、かわいいいいいいい!!!

 うそっ、うちの血筋にこんな可愛い男の子が産まれることができたの!!?

 男はオーク顔しか生まれない、呪われた一族だと思ってたわ!!!

 なにこのアイドル系の顔!! 美形天使なエル様とはまた違う、親しみやすい感じでか~わ~い~い~!!!


 わたしは思わず満面の笑みを浮かべた。


「あなたの義姉のココレットよ。これからよろしくね、レイモンド」


 わたしの笑みを間近に見たレイモンドは、白い肌をぶわっと一気にピンク色に染めた。口をパクパクと動かし、そのまま下を向いてキツネのお面を抱き締める。


 ……ちょっと刺激が強かったかな? 自分が絶世の美少女であることにもっと気を付けないと。

 自分の美貌に反省しつつ、「レイモンド?」と義弟の顔を覗き込めば。

 レイモンドは目元を真っ赤にさせてしゃくり泣いていた。


「ヒックッ、ヒック……ッ」

「あらあら、どうしたの、レイモンド……」


 わたしより幾分か小さいレイモンドを抱き寄せる。

 はぁ、イケメンショタいい匂い。

 レイモンドは片手でお面を掴み、もう片手でわたしのドレスの裾をぎゅうっと掴んだ。

 レイモンドの白髪をすくように撫でると、彼の涙の量がさらに増える。熱いしずくがわたしのドレスの胸元を濡らし、彼の吐く熱い呼吸でさらに湿り気を帯びた。


「レイモンド……?」


 わたしが困惑して父に視線を向けると。

 父はペリドットの瞳をおだやかに細めていて……、肉厚のまぶたのせいでまったく瞳が見えない。なんとも不細工な笑顔だ。

 だけど、わたしとレイモンドを見守る優しさに満ちていた。


 ついでにアマレットに視線を向ければ、彼女は彼女でわたしの美しさにうっとりとした眼差しを向けている。通常運転だ。


「お、お義姉ぇさまぁ……!」

「よしよし、いい子ね、いい子」


 生き別れた家族との再会みたいな雰囲気で、こうしてわたしとレイモンドは出会ったのである。



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