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魔竜王の呪い(ミスティア視点)

ココが16歳くらいの、ある日の出来事。



 わたくしの名前はミスティア・ワグナー。

 シャリオット王国に仕えるワグナー公爵家で生まれ育った淑女ですの。

 ワグナー公爵家は代々宰相を輩出しており、わたくしの父も現在宰相を務めております。

 大事なお役目に就く父のことを、人々は『麗しの黒薔薇公爵』と呼んで崇めておりますのよ。おほほほほ。

 実際娘のわたくしから見ても、父ほど格好良い殿方はあまりおりませんわ。ウルクハイ国王陛下とオークハルト第二王子殿下、ブロッサム侯爵閣下くらいかしら?

 そんな父に瓜二つの兄、ドワーフィスターもわたくしの自慢ですの。

 フィス兄さまは以前、未来への目標がブレて引きこもりがちになったこともありましたけれど……、今ではずいぶんご立派になられたわ。もともと頭の良いフィス兄さまですもの。目標を定めてしまえばどんな困難な道のりでも諦めずに邁進できるのよ。


 さて、そんな青き血の一族に生まれたわたくしの現在の使命は、ラファエル第一王子殿下の婚約者候補をまっとうすること。

 ラファエル殿下の婚約者になるのはどうせココレット様だからといって、候補としての役目をないがしろにしてはいけませんわ。

 候補に選ばれたからにはきちんと妃教育を受け、ラファエル殿下に尽くし、淑女としてきちんと振る舞わなければ、下々の者たちに示しがつきませんもの。

 ワグナー公爵家がラファエル殿下を支持しているというアピールでもありますから。手は抜けませんわ。


 というわけで本日も、妃教育のために登城いたしましょう。





「ごきげんよう、ミスティア様」

「ごきげんよう、ルナマリア様」

「ごきげんよう、ココレット様」

「ごきげんよう、ヴィオレット様」


 妃教育を受ける部屋へ入室すれば、すでに他の候補者たちのお姿があり、みんなで優雅に挨拶を交わします。


 クライスト筆頭公爵家のルナマリア様は相変わらず無表情ですけれど、そのアイスブルーの瞳は暖かく輝いておりますわ。

 ブロッサム侯爵家のココレット様はいつもどおり絶世の美しさで、彼女が微笑むだけで世界に春が訪れたかのよう。

 ベルガ辺境伯爵家のヴィオレット様は計算され尽くした愛らしい笑みを浮かべていらっしゃる。


 三人ともなかなか癖の強い女性ばかりですけれど、まぁ、すでに気心の知れた仲。いわば親友。ズッ友というやつですわ。

 彼女たちと過ごす空間は居心地が良いのです。


 いつもと同じ席にわたくしが腰かければ、すぐに本日の講師が入室してきました。


「皆様、ごきげんよう。さっそく歴史の授業を始めましょう。本日は歴史上でもっとも謎の多い時代『喪失期』について勉強していきましょう」


 『喪失期』とはこの世界の最大の謎とも言われており、まだ解明されていないところばかりだとフィス兄さまから聞いたことがありますわ。

 だから『喪失期』についてはデーモンズ学園でも習うことがなく、シャリオット王国の上層部や妃教育を受けるわたくしたち、一部の研究者くらいしか学ばないらしいのです。


 とても難しそうだけれど、きちんと講師の話を聞かなければと、わたくしは姿勢を正します。


「『喪失期』とは、我々が生きている時代以前の歴史が喪失されていることから名付けられました。『喪失期』以前にも人類は存在していたとされており、人類誕生は『喪失期』よりずっと以前だとも言われております。

 なぜ『喪失期』の記録がまったく追えないのか。もちろん、我々の研究不足もありますし、以前の人類には後世に情報を残す手段がなかったのかもしれません。

 ただ、かつて大陸で暮らしていたとされる“森の民”と呼ばれた一族が残した手記に、世界は一度崩壊したと書き記されております。それにより人類は絶滅寸前まで追いやられたのだと。今日はそれをお話しいたしましょう」


『喪失期』に起こったとされる世界の滅亡を、講師は話し始めました。





 その昔、世界は二つに分かれておりました。


 一つはごく普通の人間達が治める国があり、もう一つにはマリューオーと呼ばれる王が統治する国があったそうです。


 マリューオー様は絶大な力を持っていました。そしてたくさんの配下を持っていらっしゃいました。

 彼らはその力を使い、人間の国の美しい女性たちをどんどん拐って行きました。


 これ以上美しい女性を奪われたくなかった人間たちは、ユーシャという名の男にマリューオー様を討伐する使命を与えました。

 当時の世界には、魔術師や聖女といった不思議な力を操る者達がたくさんおり、その中でもとりわけ優れた者たちをユーシャの供につけました。


 ユーシャたちはマリューオーの国へ行き、次々にその配下達を倒して行きました。


 マリューオーはユーシャに怒ります。


『許さん、許さんぞユーシャ達よ! 我らの美しさを理解せず、我が配下のオークを! ゴブリンを! ドワーフを! 半魚人を! こんな風に痛め付けたと言うのかぁぁあああ!』

『異形がなんと言おうと知ったことか! マリューオーよ! 美しき乙女達の敵を討つ! この俺が貴様もここで成敗してくれる!』

『人間ごときが我に勝てると思うなっ! 美女達にモテよって憎たらしい! 呪ってやる! お前たちを呪ってやる! 我の最大の魔力を込めてーーー!!!』

『行くぞ、マリューオー! 大人しく死ねぇぇぇぇえええ!!!』

『魔竜王奥義・逆転の呪い(イケメン滅びろ)!!!』





 教師は書物に視線を落としたまま、悲痛そうに言いました。


「マリューオー様が使った魔術により高エネルギー爆発が起こり、世界は一瞬にして白い光に包まれたそうです。ユーシャ達はその光に破れ、世界の秩序はこの時一度生まれ変わったのだとマリューオー様が言っていたそうです。ですが、彼の言う世界の秩序とはなんだったのか、まだ解明されてはおりません」


 まだまだ謎の多い歴史だわ。

 こういうのってロマンを感じますことよ。


 ぜひとも『喪失期』について詳しく知りたいわ、と思うわたくしの隣で、ココレット様が勢いよく挙手をしました。


「なにか質問ですか、ブロッサム様?」

「あの、魔竜王様はまだ生きていらっしゃいますか!? 魔竜王様の呪いの発生源は特定されていますか!? ここから馬車で何日くらいかかります!? 森の民に是が非でも話を伺いたいのですが!?」


 ココレット様はなぜか鬼気迫るご様子でした。

 普段なら宝石のように輝いている瞳には絶望と焦燥感が滲み、顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうな雰囲気です。


 わたくしは「具合がお悪いの?」と彼女に尋ねましたが、彼女はブンブンと首を横に振ります。

 けれど目の焦点が合わず、彼女はブツブツと「まだ魔竜王様に許される可能性があるのなら……わたしが謝罪しなくちゃ……いいえ、可能性がなくても、美醜逆転の呪いを解かなくちゃ……ああ、なんという呪いを……」などと呟いております。


 教師はココレット様のご様子に首を傾げながらも、質問に答えて差し上げました。


「マリューオー様のその後はよくわかっておりませんが、すでに亡くなっているでしょう。『喪失期』の話ですから。決戦があった場所も、残念ながらまだ特定されていません。森の民はずいぶん昔に、この大陸から海を渡って去って行ったそうです」

「ガッテム!!」


 ココレット様はよくわからない叫び声を上げると、そのまま両手で顔を覆いました。泣きそうな声で教師に「質問に答えてくださり、ありがとうございました……」とお礼を伝えます。


 ルナマリア様もヴィオレット様も彼女の様子に首を傾げましたが、彼女はそれ以上を語ろうとはしませんでした。


 ただ、それから両手から顔をあげたココレット様の瞳には、何事かを強く決心したような輝きがありましたわ。





 授業が終わるとすぐに、ココレット様は部屋を飛び出されました。

 すれ違い様に「わたしが世界を変えてやるわ……!」などと物騒なことを呟いていらっしゃったけれど、大方ラファエル殿下のいらっしゃる離宮へ向かわれたのでしょう。


 わたくしもこの休憩時間を利用して王宮図書館へ行こうかしら。先程習った『喪失期』の話はなかなか面白かったですし、関連図書を探したいですわ。


 さっそく衛兵と侍女を引き連れて、王宮図書館まで移動します。

 いつもなら司書の方に本を見繕って運んで来てもらうのですけど、今日は自分で選びたい気分でした。司書に棚の場所だけ教えてもらい、そちらへ足を運びます。

『喪失期』に関する書物はあまりに少なく、そのラインナップには期待外れな感じもありましたが、仕方ありませんわ。『喪失期』について研究されていらっしゃる方が少ないと聞きますし。


 わたくしは取り敢えず軽く読めそうな一冊を選び、借りることに致しました。


「あれ、珍しいですね。『喪失期』の書籍を選ぶご令嬢がいらっしゃるとは」


 貸し出しカウンターへ向かおうとしたわたくしに声をかけたのは、非常に美しい青年でした。


 白銀に輝く髪とたっぷりと豊かな髭、大きくゴツゴツとした輪郭、知性の輝きを秘めたその金色の瞳。

 まるで父やフィス兄さまを思わせるクールビューティーに、わたくしは息を飲みました。


「『喪失期』に興味がおありですか?」

「は、はい……」


 思わず震えた声を出してしまうわたくしに、青年は温かく微笑みました。


「もしよろしければ、今度、僕の研究室に遊びに来てください。『喪失期』に関する資料がたくさんありますから」


 普段はデーモンズ学園の研究棟にいるというその人は、気さくにそうおっしゃいました。


「お茶くらいご馳走しますよ。……では」

「お待ちになって!」


 去っていこうとするその御方を、わたくしは呼び止めました。


「わたくしはミスティア・ワグナー。あなたのお名前をお教えになって」

「おや、うっかりしていました。『喪失期』について興味を持たれている方に会えて喜んでしまいまして」


 青年は答えました。


「ツヴェルクです。しがない伯爵家の三男ですよ」

「ツヴェルク様……」


 リーンゴーンとわたくしの頭の中で鐘が鳴り響きます。


 この日、この瞬間、わたくしは将来の夫となる方と出会ったのでした。


・森の民……エルフのこと。

・ツヴェルク……ドイツ語でドワーフや小人の意味。


かつて地球と同じ美的価値観のファンタジー世界だったのに、魔竜王が命を懸けて男性のみ美醜逆転した上に世界を崩壊させたため、この世界が出来た。モンスター顔の男達は、実は本当にモンスターかもしれない。

ちなみにモンスターは女性の胎でしか繁殖出来なくて、美女が大好きという設定です。


第1章44話二回目の教会視察②で、ココが、

『もしかするとこの世界は、まだまだファンタジーの創世記なのかもしれない。

 今日倒したあの鳥も数百年後には、前世のゲームでよく見るようなモンスターへと進化してしまうのかも。』

と考えたのは当たらずといえども遠からずで、ファンタジー創世記というより、崩壊した世界がまた同じ進化の過程を辿っている途中です。


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