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54:傀儡化



 ピアちゃんは今後、ドワーフィスター様の部下という立場になることになった。


 ドワーフィスター様はどんどん立派になりつつある黒髭を撫でながら、「とりあえず魅了の力の限界値を検証したいな。何十人連続で魅了できるのか、そのときの彼女の精神状態も調べたい」などと鬼畜なことを言っていた。中二病からさらにヤバイ方向に進もうとしていませんか、あなた。


 変態魔術師という称号を将来獲得しそうなドワーフィスター様の案は、とりあえずエル様が止めている。エル様が先にピアちゃんの力を使いたいのだそうだ。


 まだ騎士団の牢屋に居るピアちゃんのもとへ、本日はわたしとエル様とドワーフィスター様とレイモンド、従者のフォルトさんと護衛のダグラスというメンバーで向かう。たぶんストーカー(シャドー)もどこかに居るんでしょう。


 ちなみに聖女マニアのルナマリア様は、本日はご自宅のクライスト筆頭公爵家でお過ごしだ。

 なんでも、正妃様断罪に向けてクライスト公爵様を隠居させるために従兄と話し合うのだそう。ルナマリア様は一人っ子でオーク様の妃になりたがっているので、頭の良い従兄が次期公爵になる予定なのだとか。

 エル様が正妃様を告発するとなると、正妃派閥の中心的存在であるクライスト公爵様が黙っていない。なので公爵をさっさと代替わりさせて、クライスト公爵家はエル様派閥に移行しようという、ルナマリア様発案のブラックな計画なのだ。


 クライスト筆頭公爵家としてもエル様にとっても一番メリットのある損切りではあるけれど、実の父親を追い落とすのは心苦しくはないかと、わたしはルナマリア様に尋ねた。

 ルナマリア様は眉だけをへにょりと下げて、

「父はご自分にも他人にも甘く、八方美人でその場その場を切り抜けて生きてきました。そのツケをようやく払う日が来たというだけなのですわ」

 と答えた。


 さいわいクライスト公爵様は正妃様に脅されて情報を流すことはあっても、犯罪そのものには手を染めては来なかった。それならば公爵様は正妃様の断罪回避に奔走するよりも、隠居して領地に行ってもらった方が平和なのだろう。


 わたしは気持ちを切り替え、エスコートしてくださるエル様を見上げる。


「それで、エル様はアボット様のお力をどなたに使う予定なのですか?」


 エル様がピアちゃんの魅了の力を使って、自分の支配下に置きたい相手。

 一番は正妃様だろうか。正妃様に魅了の力をかけ、これ以上の悪事を出来ないように制限出来ればとてもいい。

 だけどピアちゃんの能力の欠点は、わたしの顔面力に負けてしまうことだ。そもそも正妃様はわたしの顔を知っているので、ピアちゃんの魅了にかからないしなぁ……。


 エル様はわたしのほうに顔を向けると、悪戯っぽい表情で微笑む。

 はわわぁ……、その顔しゅきぃ……!


「アボット嬢のもとについたら教えてあげるよ」

「はいぃぃ」


 エル様のお顔に今日もメロメロになりながら、わたしは騎士団の牢屋へと向かった。





 ピアちゃんはエル様にべったりメロメロなわたしを見て、「うげぇっ」と顔をしかめた。


「本当に、この女の頭は洗脳とか錯乱とかしてないわけ?」


 ピアちゃんの言葉に「不敬だぞ!」とダグラスが怒る。


「まぁ、あたしには関係ないからいいけどさぁ。……それでぇ? 王太子殿下がこんなところまでなんの用なわけ? あたしに仕事を寄越しに来たの?」

「ええ、そうです」


 相変わらず椅子に足を組んで座っているピアちゃんに、エル様は動じずに答えた。


「私はずっと考えていました。我が母上をどうやって断罪するのかを」


 エル様はわたしやドワーフィスター様たちに向けて話し始めた。

 事情を知らないピアちゃんだけが「は? 実の母親を断罪ってどういうことよ?」と首を傾げている。


「母上が裁判にかけられ、断罪されることをもっとも望んでいないのが国王陛下です。正式な手順で母上を告発しても、陛下がその告発を握りつぶすでしょう。母上の悪事など、どうせ陛下もご存じでしょうから。

 最初、私は高位貴族達が多く集まる舞踏会などの席で、大々的に母上の罪を告発してしまおうと考えていました。それだけ大事になってしまえば、陛下もさすがに告発を握りつぶすことは出来ないと思ったからです」


 乙女ゲームの卒業パーティーで断罪する展開の豪華版って感じかしら。


「ですが、リスクが高過ぎます。派閥同士の争いが激化しますし、なにより母上が裁判当日まで大人しくしているはずがない。ヴァレンティーヌ公爵家を動かして口封じに動くでしょう」


 王家の影裏部隊がエル様の配下になったとはいえ、表の顔であるヴァレンティーヌ公爵家の者達も暗殺などの訓練を受けている。血が流れないわけがなさそうだ。


「だがしかし、アボット嬢の魅了の力が手に入れば、話はまた変わります。出来る限り血が流れず、確実に母上を断罪できる方法が生まれたのです」


 ごくりと、誰かの喉が鳴る音が室内に響く。

 わたしもエル様の次の言葉を待って、汗の浮いた両手をぎゅっと握った。


「アボット嬢に国王陛下を魅了させ、陛下を私の支配下に置くのです。そうすれば高位貴族達の前で告発せずとも、母上を確実に断罪できます」


 その手があったかーーー!


 確かにわたしはまだデビュタントしていないので、国王陛下にお会いしたことがない。だから陛下は簡単にピアちゃんの魅了に掛かるだろう。

 たぶんエル様、前世のオーク様がゴブリンの傀儡になったことをヒントに、今回のことを思い付いたのだろうなぁ。でも、息子の傀儡になる王様って、他国の傀儡になるより虚しいですね……。

 まぁエル様が決めたことだから、わたしは全肯定で応援するスタンスですけど。


 エル様の話を一緒に聞いていたドワーフィスター様とレイモンドとフォルトさんが、とつぜん歓声をあげた。


「つまり、ようやく陛下に仕事をさせられるというわけですね、ラファエル殿下!」

「やりましたねっ! これでもう明らかに国王陛下のお仕事でしょうっていう執務をしなくても済むんですね! ワグナー宰相様も大喜びですよっ!」

「良かった……良かった……、これでエル様の睡眠時間が増やせます……! 毎日遅くまで執務をなされていて、僕はずっと心配しておりました……!」


 ニート陛下の皺寄せ、全部エル様たちに来ていたものねぇ……。

 エル様は逆行転生者なせいか達観しているし、ドワーフィスター様も次期魔法宰相という秀才で、レイモンドは一度見たものは決して忘れない天才だから、なんだかんだその皺寄せに耐えて来られた。

 でもよくよく考えたら、みんな十二歳から十五歳の少年達なのである。可哀想すぎるでしょ。フォルトさんは成人してるけど。


 喜びのあまり泣き出したレイモンドの背中を撫でながら、わたしは遠い眼差しをする。


「母上の悪事を放置していた陛下にも、相応の罰を受けてほしいと思っていました。母上を断罪すれば、陛下も責を負って退位するなどとおっしゃりそうなので。陛下にとって退位など褒美なだけですから」


 そうだよね。働きたくない陛下が悠々自適な隠居生活することになっても、なんの罰にもならないよね。支配下に置いて強制労働が一番の罰だわ。


 だいたい今、国王陛下に退位という形で逃げられたら、エル様が十四歳で戴冠することになってしまう。陛下が亡くなったわけでもないのに。

 側妃サラヴィア様が暫定的にまつりごとを行うとしても、あの御方はポルタニア皇国出身だ。また別のゴブリンがしゃしゃり出て来そう。男装妃がトップに立つのも、貴族からの反発も大きいだろうし。


 もうみんな、学園すらまともに通えなくなる未来しか見えない。

 そりゃあ、陛下を傀儡にする案しかないですよね……。


「そういうわけで、アボット嬢には私の父であるウルクハイ陛下に魅了の力をかけてほしい」

「……よくわからない所はいっぱいあるけれどぉ、ゴブ様をくれるんなら、なんだってやるわよ、あたしは」


 ピアちゃんも無事に快諾した。


 ……それにしても陛下の御名前が、ウルクハイ・シャリオットなのって、意外と普通だなとわたしは思ってしまった。

 そんなことを思ってしまうなんて、オークハルトやらドワーフィスターやらゴブリンクスというこの世界のネーミングセンスに浸かりすぎたのかもしれないわね。


ウルク=ハイ

『指輪物語』に登場するオークの上位種みたいなやつ。

この事実をココが知ることは生涯ありませんでした……。

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