第3話「塀の中の集落」
カイラと僕は集落の門の前に着いた。集落は高い瓦礫塀で囲まれていた。辺りはもう暗くなっていて、その瓦礫塀から漏れる光だけが頼りになっていた。カイラによると、どの集落も少数の訪問客ならばほとんど受け入れてくれるらしい。僕は塀の上で外を見張っている看守に気づいて手を振ってみた。看守は僕に手を振り返してくれた。それから直ぐに、門を開けてくれた。門は重そうな音を立てながら開いた。
「ありがとうございまーす」
僕は大声で看守に向かって叫んだ。看守は僕に向けてきびきびとした敬礼をしてくれた。僕もすぐに敬礼を返した。一方のカイラは表情ひとつ変えずに、門をくぐって集落の中に進んでいった。僕はそれについていった。集落の中にある建物は、全て瓦礫で作られていた。人が灯した光に照らされた瓦礫には、外の世界のものとは違って暖かさがあった。集落の中に進んでいくと、人の笑い声がどこからか聞こえてきた。夕飯を作っているのか、おいしそうな匂いも漂ってきた。しばらくして、並んで歩くカイラの表情が曇っているように見えた。心配になって、僕はカイラに声をかけた。
「カイラさん。具合でも悪いんですか?顔に表情が無くて、少し怖いですよ」
冗談混じりに聞いた質問に、カイラは相変わらず無表情で答えた。
「別に何でもない」
さっきの会話が少し気に障ったのだろうか。僕はそれ以上、カイラに話しかける気にはなれなかった。集落の中に進んでいくと、ますます明るくなっていった。外の寒くて寂しい夜とは違って、塀の中には暖かくて和気藹々とした雰囲気が漂っていた。家々から漏れる明かりや笑い声。僕は瓦礫ばかりの世界に、こんなにも幸せな場所がある事を想像もしていなかった。外の世界を知らないままに過ごしてきた僕には、想像も出来なかった。
「泊まる所を探してくる。この焚き火の周りで待ってろ」
カイラはそう言うと、集落の奥の方に走っていった。集落の中心では、大きな焚き火をしていた。カイラに言われるがままに、僕はそこで待つことにした。その周りでは住人が何人か集って談笑していた。僕は焚き火に、手を翳して暖を取った。そうしていると、10歳くらいの子供が近づいてきて、串焼き肉を僕に渡してきた。起きてから何も食べていなかった僕は、それを見て直ぐに腹が鳴った。
「ありがとう」
そう言ってから肉を貰った。食べてみると、とても美味しかった。
「美味しいね」
僕は串焼き肉をくれた子供にそう言った。
「この村で飼ってる牛の肉だよ」
子供は嬉しそうにそう言うと、他の人にもその串焼き肉を配りに行った。串焼き肉を食べ終わると、僕はその串を焚き火の中に投げ捨てた。それから、まだ近くにいた子供にお礼をもう一度言った。そして、また焚き火に手を翳した。焚き火で暖を取りながら何となく空を見上げると、満天の星空と月があった。初めてこんなに綺麗な空を見た。弟にも見せてあげたかった。色々な思いが込み上げてきて、僕はまた泣きそうになっていた。僕はどうやら、何か綺麗で優しいものに弱いらしい。それはきっと、この集落の人々が持っているものだと思った。泣いているのを隠すように、服の袖で零れ落ちそうな涙を拭った。そしてまた焚き火に手を翳した。メラメラと燃える炎を見ていると、どこか落ち着く。しばらくして、カイラが戻ってきた。
「今夜、泊まる場所が決まった。着いてこい」
カイラはやっぱり無表情だった。少し心配だったが、僕はカイラについていく事しかできなかった。集落の道を少し進むと、背中の曲がったお婆さんの姿が見えた。
「ここだ」
丁度、お婆さんの前で、カイラが言った。
「こんばんは。今夜はお世話になります」
僕はお辞儀をしながら言った。
「はいはい。もう遅いし、疲れてるだろうから早くお休み下さい。朝ご飯は私が出すから、楽しみにしてて下さいね」
お婆さんは腰を叩きながらそう言った。瓦礫でできたその宿泊所は、内装ももちろん瓦礫でできていた。部屋の中は薄暗く、灯りが1つだけあった。広さは2人で寝るには丁度いいくらいだった。
「ちょっと、そこを退いてくれますか」
若い男の声が後ろからした。僕とカイラは少し驚いてから振り向いた。そこには藁のベッドを運んでいる、若い細身の男がいた。僕とカイラはすぐにそこを退けた。
「すいません。わざわざベッドまで、ありがとうございます」
僕はその男に言った。
「どういたしまして。二人とも今夜はゆっくり休んで下さい。家の婆ちゃんの飯は美味いですよ。なんでも、前世代の人類の料理を真似してるみたいで」
若い男が、藁でできたベッドを部屋に置きながらそう言った。
「お婆さんは、前世代の人類の料理の作り方が分かるんですか?」
僕は驚いてその男にきいた。
「随分と昔に、婆ちゃんが瓦礫の中から本を拾ったらしいんです。その中に載ってたみたいで......。面白い話ですよね。世界をあんだけ壊した世代の人類が作る料理は、めちゃくちゃ美味しいんですから」
男は皮肉めいた笑いを浮かべてそう言った。僕はますます、お婆さんの作る料理が気になった。
「では、ごゆっくり」
男はそう言うと、部屋の戸を閉めて出ていった。部屋の戸が閉まると、思っていたよりも部屋の中は静かになった。その日はゆっくりと寝れることが、とても幸せに感じた。僕は藁のベッドの上に横になった。カイラは僕に背中を向けて、もう横になっていた。2人並んで寝るのは弟以外の人とした記憶がなかったから、少し緊張していた。暫くすると外の集落の灯りが段々と暗くなっていくのが分かった。すると、緊張もほどけて一気に眠気が襲ってきた。寝てしまう前に僕は、起きているかどうかもわからないカイラに声をかけてみた。
「カイラさん。いいですね。ゆっくり寝れるのって。この集落はとてもいい所ですね。いい人ばかりいますよ」
しばらくして、カイラから返事が返ってきた。
「あぁ、そうだな」
カイラはやっぱりいつもより言葉数が少なかった。それでも、返事を返してくれた事が少し嬉しかった。そう感じていると、知らない間に僕は眠りに落ちていた。
家畜について
この世界の家畜は前世代の人類にとって、放射能で汚染されていて食べることが出来ないものになっている。第4世代はその環境に適応しているので、食べることが出来る。家畜は主に「鶏、豚、牛」であり、どれも前世代の人類から見ると奇形に分類される形となっている。