第1話「目覚め」
「お兄ちゃん起きてよー。もうお昼だよー。早く起きて今日も探検に行こうよぉーーーー。早く起きてよぉーーー!」
まだ幼い弟の声が聞こえてくる。
その声は段々とうるさくなってくる。
無視できなくなってきたので、僕はやっと返事をした。
「ん.......うん。もう少し寝かせて」
微睡みの中で無意識に、僕はそう言って弟をなだめた。
昨日の夜、僕は自分のシナリオに何を書くかを考えていた。
自分の将来が決まることだ。
1番いいように書こうとしていたら、ついのめりこんでしまっていた。
気がついたら夜が浅くなって、今もまだ眠い。
結局書けなかったシナリオは、机の上にほったらかしたままだった。
大切なシナリオを早く引き出しの中にしまわないといけないとは思うが、体が動かない。
陽光に照らされた足首と腰あたりに寄りかかってくる弟の暖かさが、さらに眠気を誘ってくる。
「おーきーてー。おきてよー。お兄ちゃーーん!」
今度は弟が僕の体を揺さぶってきた。
まだ少し眠くて頭が痛かったが、兄として弟のために起きてやろうと思った。
弟に体を揺らされて、寝ていられなくなったのもあったけれど・・・。
とりあえず、僕は起き上がろうとして、弟の手を振り払った。
しかし、振り払った僕のその手は空を切った。
少しだけ違和感を覚えて、僕はゆっくりと目を開いた。
その瞬間だった。外の景色を見て、僕はハッとした。
そこには陽光の暖かさはなく、冷たい雨が降っていた。
雨音がうるさく、弟の声が遠のいていった。
「酷い雨だねっ...て.......あれ?」
振り向くと同時に、弟に話しかけたつもりだったが誰もいなかった。
弟の代わりに、そこには暗闇が広がっていた。とても奥が深い暗闇だった。
背中からじっとりとした冷たい汗がでてくるのが分かった。
僕はとにかく弟を探そうとした。
弟は外に出たのではないかと思って、暗闇とは反対側の方を振り返った。
すると、外の景色が丸く切り取られている事に僕は気が付いた。
どうやら僕は、大昔に使われていた下水管の中にいるらしかった。
何故ここにいるのかさえ僕は検討が付かなかったが、弟を探すことに専念した。
見える限りでは周りに廃墟と瓦礫しかなく、錆びた鉄の臭いが漂っているだけだった。
霧が濃く遠くの方は見えなかった。
雨の音がうるさくて、足音なんかも聞き取れそうになかった。
掴み取れない絶望に浸っていると、何故ここにいるのかという疑問が蘇ってきて、僕をより苦しめた。
「なんで、なんで僕はここにいるんだ?」
どこか落ち着かない自分に、そう静かに問いかけてみた。
下水管の中で僕のその声は少しだけ反響した。
しかし、さっきより雨音がやけに大きく聞こえてくるだけで、自分の中では何もおさまらなかった。
僕は錆び付いた下水管の壁に寄りかかりながら、その場に座り込んだ。
とても肌寒かった。しばらく俯きながら膝を抱えて座っていた。
その間に自分の体に触れて、痛むところがないか確かめてみた。
特に痛むところはなかった。僕はどうやらねむっていただけらしい。
しかし、それが分かっただけで、何も安心することは出来なかった。
シナリオはズボンの右ポケットの中に入っていた。だとすると、あれはすべて夢だったのだろうか。
そんなことまで考えていると何も信じられなくなってきてしまった。
何とかして自分を落ち着かせようと深呼吸をしていると
「コツ...コツ...コツ」
と暗闇の方から足音が聞こえてきた。
足音の高さから弟の足音ではないと思った。
誰かが僕に近づいてきていると思って、咄嗟に外の方を向いて死んだフリをした。
突然の事だったから心臓が破裂しそうだった。
とにかく体を動かさないように、全身の力を抜いてやり過ごそうと思っていた。
すると突然、背中を蹴られた。激痛が走る。
「痛っ!」
僕は思わず声を出してしまった。
しまったと思い、手で口を覆ったが遅かった。
すると、意外にも女の笑い声が後ろから聞こえてきた。
「お前、さっき起きてただろ。なんでまた寝ようとしてるの?......あ、分かった!私が怖かったんだろ?死んだフリしてたとか?まさか──」
女はその後もずっと何か喋っていた。
予想以上に気さくな様子の女に、僕は少し落ち着く事が出来た。
落ち着きを取り戻したからか、蹴られた背中がとても痛みだした。
僕は蹴られたところを押さえながら痛みに蹲ってしまった。
「ん?大丈夫か?さっきのそんなに痛かったか?そんな強く蹴ったつもりはないんだけどな」
そう言うと、やっと女は黙った。
黙ったと思ったら僕が痛がっているところを撫でてきた。
「痛いの痛いの飛んでいけー」
女が不思議な歌を歌っていた。
「なんですかその歌」
僕は女に背を向けたまま言った。
「やっと喋ってくれた!これは私が小さい頃、怪我した時に祖母が歌ってくれた歌なんだ」
女は少し嬉しそうに答えた。
何処が嬉しいのだろうか。僕はちっとも分からなかった。
「とりあえず、撫でるのはやめて下さい。僕、そういうスキンシップ慣れてないんです。あと、あなた誰ですか?話しかける前に、ちゃんと名乗るのが常識です」
僕は女の手を振り払いながら振り返って顔を見た。
若い女の人だった。僕よりは年上だけど。18歳くらいの見た目だった。
焦げ茶色の髪は後ろで雑に束ねられていた。
女の服は全体的に薄汚れていてツギハギの灰色のスカートを身につけていた。
ただならなぬたくましい感じがその容姿から漂ってくる。
僕は座ったまま少し後ずさりして女と距離をとった。
「あぁ、分かったから落ち着けって。逃げなくても大丈夫だから。私の名前はカイラだ。よろしくな。ほら、私は名乗ったぞ。お前も名乗ったらどうだ」
僕はしばらく言うか迷ってから、口を開いた。
「僕はナギトです。よろしく……でいいんですよね?」
僕はとりあえずカイラの話に合わせて答えた。
カイラという女の様子から、特段に騒ぐ必要は無いと思ったからだ。
「ナギトか。いい名だな。よろしくでいいぞ」
カイラが手を差し伸べてきた。僕はその手を掴んで立ち上がった。
立ち上がって気がついた。カイラは僕より身長が高かった。
ちょっと悔しかった。まぁ、あんまり気にしないけど・・・。
そんなことを気にしてる場合ではない。
こんなところに偶然やってくる人なんていないんだ。
きっとカイラは何かを知っているはずだった。
「ところでなんですが、僕は何故ここで寝ていたんですか?」
僕が今、一番気になっていた事を聞いた。
「なるほど、なるほど。その質問から聞いちゃうのか。まぁ、私が君の立場でもそれを聞くと思うけど…。少々、話が進むのが早くないかな…」
カイラの言葉のトーンが少し下がった感じがした。
「ちゃんと答えてください。隠し事はなしでお願いします」
僕はカイラを急かした。どんな事でもいいから知りたかった。
「あぁ、分かった分かった。別に、隠し事なんかするつもりはないよ」
そう言うとカイラは僕の目をまっすぐに見て、再び口を開いた。
「お前の住んでいたところが何者かに襲われた。私はちょうどそれに出くわしたんだ。私は普段からここらの集落を転々としてる放浪人だからな。偶然、お前を見つけたんだ。お前は道端に倒れてた。私は目の前に倒れている人を助けないほど根症が腐ってない人間だからね。助けたんだ。でも、感謝なんかしなくていい。こんな世の中じゃ、それが当然なんだよ」
言葉を選んで話しているようだった。カイラの目が少し虚ろになっていた。
「そう、だったんですね。僕にはやっぱり、家があったんですよね。分かりました。でも、まだ分からないことが沢山あります。まず、この瓦礫ばかりの世界はなんですか?」
僕はとにかく情報を集めようと思っていた。
「え?そこから?もしかしてお前、記憶が飛んでるのか?」
「そうなんですかね・・・。弟がいた事とシナリオの事しか記憶にありません」
ありのままを話した。カイラは状況を読み込むように目を瞑って頷いていた。
しばらく、どこから説明するか考えているようだった。
カイラによるとこの世界は第3世代の人類が残した負の遺産だそうだ。
見渡す限りの廃墟と瓦礫。これらは過去に核弾頭が連発して出来たものらしい。
あまりの爆発の激しさにクレーターのように地面が陥没し、抉り取られたような地形になっているという。
恐ろしい話だった。
それから、現在は第3世代の人類が滅んで第4世代の人類が地上世界に生きている。
第4世代の人類は小さな集落を各地に形成して生活している。
それから、カイラは第4世代が信仰している第1世代が存在する事も教えてくれた。
第3世代が消滅してから姿を現し、第4世代に過去の負の歴史とシナリオを授けたのだそうだ。
第1世代は大半が地下に暮らしているが、その一部がとても高い塔を地面に建てている。
世界各地にいくつかそれは建っているが、その目的は定かではない。
集落では第4世代を監視しているという噂がよく流れているらしい。
「まぁ、こんなところかな」
カイラはそう言うと僕の目を見た。僕はあまりの情報量の多さに苦笑いを返すことしか出来なかった。
シナリオについて
第1世代が第4世代に授けた紙のような物。産まれて間もなく、気づいた時には側にシナリオが現れる。そのため第4世代全員が持っており、自分の人生のシナリオを書くことができる。しかし、自分の力量を見極めてそれに見合ったシナリオを書かないといけない。もし、シナリオを好き勝手に書いたら、精神的な障害を発症したり殺人を起こしたりしてしまう。その為、第4世代の道徳的な教育はレベルが高い。因みに、第4世代はシナリオの仕組みを知らない。