断章 シーン1 吾輩と猫
断章 シーン1 吾輩と猫
吾輩は猫ではない。飼い主である。名前もある。しかし、名乗ることもないだろう。
吾輩は、日がな家にいることが多く、自然と猫と過ごす時間が多い。勤め人になり損なったが故の状況であるからだ。芳しい状態とは言えないのだろう。なので、仕方がなく、猫とともに毎日を過ごしている。
猫と長い時間をともに過ごしていると、どうにも猫という生物と自分が似通ってくる。
主に怠惰と云う面である。
日がな一日猫と我輩は、横になって寝ていることが多い。それは、吾輩が病弱であることに起因する。猫については〈寝子〉と当て字をされる生物なので、日がな寝ているのが大半である生物なのであろう。
猫というのは、大変勝手な生き物で、普段は、しれっとそっぽを向くような、冷たい態度を取っているのだが、時折、思い出したように喉を鳴らして甘えてくる。
つい、今しがたも、寝込んでいる吾輩の頭上の周りをぐるぐると何回も行き来し、そのたびに、撫でろと要求をしてくる。
吾輩は、無視して寝ていたいのであるが、そうもいかないので仕方なく猫を撫でる。すると、猫は少しばかり喉を鳴らしては、また、ウロウロと吾輩の周りを徘徊し、そして、何の前触れもなく去っていく。
正直なところ、吾輩の睡眠を邪魔されるのは癪に障る。だが、それでも猫との暮らしには良いところがある。
猫は、一日一日の中で、最も快適に過ごすことができる場所を見つけるのが大変得意である。それは、気温だったり、日差しだったり、静かさであったり、空気の通りが良い場所であったりと、兎に角、猫は、快適な場所を探すのが上手い。まるで、それをすることに人生の、いや、猫生の大半を費やしているようにみえるほどだ。
吾輩は猫ではない。故に、快適な場所というのは中々に探しづらい。よって猫の動きを参考にし、自身も快適な場所を探す指針としている。安眠が欲しいからだ。
多くは静かな縁側の奥の少し陰った隠れるには絶好の場所であるのだが、今日は、どうやら、吾輩の布団の中が一番の快適な場所であるらしい。吾輩の頭上を、ゴロゴロと喉を鳴らしながら徘徊する猫は、布団のへりを見つめ、入れろと促してくる。吾輩は仕方なく布団のへりを持ち上げて中に入る用に促す。すると、猫は、ぬるりぬるりと、そろりそろりと布団に潜り込み、しばし吾輩の脇腹付近で毛づくろいをした後に、どっかと体を投げ出して寝始める。
随分と勝手ではあるが、猫が居心地がいいと判断したのだから、今日の我輩は、よく眠れる状況にあるのだろう。
吾輩は猫を撫でつつ、眠りにつく。