疑心
秋月 忍さま主催「ミステリアスナイト」企画参加作品……
あの人は、狸汁を所望した。そこで私は、狸を獲ることになった。
まずは、おびき寄せて。油断をさせて、仕留める。私は念入りに策を練った。
狸狩りは成功した。あの人は喜んで、私に褒美をくれた。
時が経った。
あの人はふたたび、狸汁を所望した。そこで私は、狸を獲ることになった。
まずは、おびき寄せて。油断をさせて、仕留める。私は念入りに策を練った。
ところがあの人は、こう言った。
「皮算用か」
は……?
「お前は褒美を期待しているな」
初めてだった。傷ついた。
あの人は爽やかだったが、私の心を疑ったのだ。
それは私には、ひどい侮辱に思われた。
私の心、そのみにくさ。それは問題ではなかった。
あの人の疑心、それを恐れているわけでもなかった。
あの人は爽やかだったが、私の心のみにくさを指摘した。そのことが、問題だった。
私には、とてつもなく大きな問題に思われたのだ。
不意に、あの人のなんでもない一言が、
いつ聞いたか、それすらも覚えていない、
本当に聞いたのかも怪しく思われるほどの記憶が、思い出された。
「金柑は砂糖漬けがうまい」
狸を獲らずとも良くなった。
私は別のことを言いつけられた。
私は山へ登った。
そして、降った。
私にはわかった。あの人は、私を疑ってはいない。
あの人は、いつだって爽やかだ。
疑り深いのは、私のほうだ。
あの人は、私を疑ってはいない……
笑いがこみあげてくる。
あの人は、いつだって爽やかだ、
ほれぼれするくらいに……。
空を仰いだ。
まだ陽は昇らぬ。
黒々とした木々が、
空の声を告げた。
私は確信した。
私は貪欲なのだ。
そうしてあの人は、
いつだって爽やかだ。
敵は、本能寺にあり。