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金魚すくいの金魚を長生きさせるには その2

 さて、実際に金魚に対する処置の話を始める前に注意事項が一つ。

 人間の医療にも、医者できちんと治療を受けたり薬を処方してもらう正規の医療と、先人から受け継がれた経験則によって怪しい食事療法などを行う民間療法とがある。

 ここの違いはご理解いただけるだろうか?

 ここに書くことは人間でいうところの民間療法にあたる。というのも、魚類を専門に扱う動物病院というのはほとんどなく、魚類の病気に関しては飼い主が自己管理のもとに治療を行うものだからである。

 観賞魚のショップに行けば治療用の薬もいくつか売られてはいるが、これを正しく選ぶことも飼い主の仕事。ショップの店員が専門知識の豊富なベテランであれば聞くのもいいが、ホームセンターの生体コーナーなどでは肝心の店員さんですら薬の種類をよく把握していなかったり。

 こうなると頼りになるのはネットでの情報であるが、ここに書いてあることも飼育経験の長いベテランによる経験則であることが多い。つまりは『絶対痩せる最強の食べ合わせ!』とか、『腰痛が治る○○体操!』などの見出しが躍る健康雑誌を眺めているのと変わらないのである。

 正規医療にあたる金魚の病気の予防としては、金魚すくいでとってきた金魚を隔離用の水槽で一定期間の薬浴をさせるのが理想的である。初期予防薬としてはメチレンブルー、これを規定量溶かした水槽で様子を見ながら、ほかに病気の発症が見られたならば薬を変えて一週間ほどの養生をさせる。

 ところがうかつに子供が金魚すくいなどしたときに、こうした魚病薬が手元にあるわけがない。仮に運よく魚病薬を手に入れることができたとしてもすでに手遅れであることも多く、こうしたことから「魚の薬は効かない」などという俗信も生まれたわけである。

 はっきり言おう、薬である以上、きちんとした治療効果は見込める。ただしそれは病気に対しての効果であって、金魚の体力を回復させるものではないのだ。

 

 さて、子供が小さな金魚を二匹ばかり入れた袋を持って帰ってきてしまったお母さん、叱るよりも先に金魚を適当な容器に移してあげてください。

 金魚飼育の本を見るとビニールの口を開けて水面に浮かばせ、水の温度が一緒になってから……なんて悠長なことが書いてあるけれど、これはお店から買ってきちんと梱包された金魚の話です。縁日金魚に関してはこのやり方では遅いのです。

 まずは水、前述したとおり金魚すくい屋のお水にはいろんな人が手を突っ込むのだから汚れていて当然、ビニール袋に入れられているのはこの汚れたお水なのだから一刻も早く新鮮なお水に移してあげましょう。

 この時にカルキ抜きとか、水槽とか、難しいことは考えなくても大丈夫です。

 容器に関していうならば、掃除用に使っているバケツや、普段お風呂で使っている洗面器でもいいんです。

 ただしこれには洗剤が残留していることもあり、これが魚にダメージを与えることもあるので、オススメなのは食品の入っていたパッケージを軽く水洗いしたものです。特に大きなペットボトルであれば、ハサミで上部を切り落とすだけで魚の仮宿として十分な機能を果たすでしょう。

 次に水ですが、カルキ抜きは絶対にしないと魚が死ぬというものではなく、できたらしたほうがいいよ、というものです。人間が飲めるように調整された水道の水であれば、ほとんど魚のダメージとなることはないでしょう。

 つまり目安としては、自分が飲めと言われたら飲める程度のきれいなお水、これで十分なのです。

 ここがすでに金魚飼いが目を剥くところで、本飼育に入ったらこんな雑な水替えをしてはいけません。金魚は温度変化に弱い生き物であり、水温差の予測もつかない水にいきなり移したりしたら、多少なりとも弱るものです。

 しかし、夜店の小さなビニール袋の水は、見た目こそ透明ではあってもすでに汚れきった水だと考えていいでしょう。

 子供は金魚を掬った後で真っすぐに家に帰ってくるわけがない、少しだけの水が入った小さな袋に金魚を入れたまま、お祭りの屋台を冷やかして歩いたりしたら、あっという間に水中の酸素は消費され、水温もぐんと上がることでしょう。こうして汚れたお水に金魚を閉じ込めたままにするよりは、思い切って新たなお水に放してしまったほうが生存率は上がると、そういうことなのです。

 これは全く根拠のないたわごとではなく、掬ってきた金魚を何も考えずに家にあった水槽に放したとか、庭の池に放り込んだら以外に元気だったとか、そういった経験則から成るものです。

 金魚がいたらまずは新鮮なお水に、これが第一の鉄則。お説教は金魚たちが新しいお水に移ってからにしてあげましょう。


 さて、お説教もひと段落したら、金魚の状態を確かめてあげましょう。

 はっきりいって最近の金魚すくいは昔に比べて金魚の状態がさほど悪くない。輸送技術の発達もこれに貢献しているのでしょうが、祭りの一番最初に金魚屋を回れば、どの金魚もうろこがピカピカしてしっかりと泳いでいる。

 ただしこれも金魚屋の生体管理に左右されるところは大きく、名も所在地も知らない店から金魚を入手するということを考えれば、品質の良い丈夫な金魚が確実に手に入るという確証はないのです。

 まして祭りの間中を浅くて水量の少ない舟で過ごした金魚は弱っており、小さいビニールの中で無造作に揺すられ続けらればさらに弱る。

 こうして弱った金魚を襲う最初の病が『尾ぐされ病』です。

 この病気、人間でいえば風邪のようなもの、「普段は体力があるから平気だけど、ちょっと体が弱っているから風邪ひいたわ~」ぐらいの感覚で発症します。ですから弱っている屋台金魚はまず間違いなく尾ぐされ病にかかっていると心得て接するぐらいで正しい。だからこそ本水槽に移す前に薬浴治療がセオリーなのです。

 尾ぐされ病とはその名の通り、尻びれや胸びれなどのひれが腐れて溶ける病気です。すでに掬ってきたときからひれが白濁して溶けているならば初心者でも見分けはつくでしょうが、発症寸前の微妙な頃合いでは見逃してしまうことも多いでしょう。ひれをよく見て、少し厚ぼったくて白濁しているなと感じたならば、まず尾ぐされ病とみて間違いないでしょう。

 ここですぐに「あ~、病気だわ、この子死ぬんだわ」と思っちゃいけないです。人間でも軽い風邪ならば薬に頼らず寝て回復できるのと同じで、尾ぐされ病は金魚の体力が回復すれば治るものです。とりあえず少しでも怪しいと思ったらまず、塩水浴を即刻開始しましょう。

 塩水浴とは金魚飼育のサイトを回るとかなりの頻度で目にする治療法であり、こと金魚に関してはかなり効果の見込める治療法でもあります。

 方法は実に簡単で、水に対して0.5パーセントの食塩を入れるだけ。こういう時に容量の決まっているペットボトルはとても便利です。

 0.5グラムとは一リットルに対して塩5グラム、小さじ一杯がおよそ5グラムだと言われているので、二リットルのペットボトルに水を満たした場合には小さじ二杯の塩を入れればいいのです。

 ただしこの塩水浴、科学的根拠は全く立証されておらず、それでも一定の治療成功例があるという本物の民間療法なので自己責任で。

 私の場合は最初から0.5パーセント溶液にはせず、目分量0.5パーセントよりも明らかに薄くなるように小さじ一杯に少し足りないくらいの塩を入れます。

 塩を入れた後は、せめて五分ぐらいは金魚のそばにいてあげてください。塩の濃度が濃すぎたり、体質的に塩水に弱い子であればすぐに暴れて異常な行動を見せます。急に速度を上げて泳ぎだしたり、水槽の底で落ち着きなく体を跳ね上げるようなしぐさを見せたらすぐに塩水浴を中止して真水に戻してやります。

 もしも金魚が安定した様子ならばこの日の処置は終わり、一晩様子を見ましょう。

 翌朝、金魚を覗いてみましょう。塩水浴の甲斐なく星になっている子もいるかもしれませんが、それはその金魚の運命、己の無力さを呪いつつきちんと処理してあげてください。

 さて、ここで1回目の選別と水替えを行いましょう。一晩を無事に過ごした子たちはそれなりに体力も回復しています。あまりにも尾ぐされ病や寄生虫がひどいならばホームセンターへ駆け込んで薬剤を買い、薬浴を開始してもいいでしょう。

 金魚の状態が良いならば、本水槽を立ててここに移してやってもいい。

 どちらにしてもホームセンターへゴーです。


 これは本当に裏技中の裏技……どうしても回復の見込みが立たないほど金魚の状態が悪い時に私が試したものですが、『超過激水替え法』というのがあります。

 一晩たったら明らかに尾ぐされ病が進行しているとか、もはや手の尽くしようもないほどに弱った金魚がいるときは以下の方法を試してみましょう。

 用意するものはバケツが二つ、百均で買えば二つでも二百円、命の代償としては惜しくない出費です。

 これに水を張り、二つともベランダに出します。日が当たらない場所のほうが好ましいでしょう。

 このうちの一つには金魚を放し、もう一つは水を温めておくだけです。金魚すくいが盛んなのは主に夏の祭り、夕方には金魚の入っていないバケツの水も適温に温められていることでしょう。

 夕方、金魚を温めておいた方のバケツに移し、空になったバケツには新たに水を張ります。次の水替えは翌朝、同じように空になったバケツには水をためておいて……ということを三日ほど繰り返します。

 これはひどく邪道なやり方です。金魚にとって水替えは体力を消耗することであり、人間で例えるならば病気なのにランニングをさせられているようなものなのですから。

 それでも病気の金魚は、回復しようとする自浄作用によって分泌物を多く出すので、すぐに水が汚れます。流れのある水(例えば川)ならばこれを洗い流して新しい水が常に供給されるわけですが、ためみずではそうはいかない、ならば水替えでごまかしてやろうという作戦です。

 家に関していうならば、これは一定の効果のあった方法であり、瀕死から回復した金魚もいました。ただし、荒療治であるがゆえに星になった子も多く、百パーセントどの金魚にもお勧めできるものではないのだと思います。

 しかし何もせずに体が溶けて死んでゆく金魚を見守るよりは延命の可能性がある、その程度にとらえておいてください。


 治療中の餌ですが、金魚が欲しがらなければ与えなくて構いません。というかむしろ、薬浴中は餌を与えるなというのがセオリー。

 例えば自分が具合が悪い時に、鼻先にこってこての脂が浮くような肉を差し出されたら、うれしいですか?

 多くの生き物は具合が悪い時には食欲が減退するもの、「ごはん食べないと金魚さん、お腹へっちゃうよ?」というのは人間が脳内のお花畑に描くファンタジーでしかありません。

 とはいえ、金魚すくいの金魚は餌を切られていることも多く、空腹状態であることは間違いありません。状態が回復すればすぐにでも餌を欲しがることでしょう。

 逆を返せば「餌を欲しがり始めた=回復した」ということですね。

 水替えをする直前に、餌を二つぶほど水面に置いてみましょう。養魚場では練り餌で育てられることも多いため、最初は金魚たちも戸惑って餌を見つけられないかもしれませんが、餌の匂いは水中に広がります。この匂いに反応する気配があれば、その子はもう大丈夫、本水槽に移してのびのびと泳がせてあげてください。

 間違っても掬ってきたばかりの金魚に、「何か食べないとかわいそう」という人間の身勝手なファンタジーでパンくずなど与えないように。


 さて、金魚すくいという過酷な環境から掬い上げた金魚を生かしておくのに、ひどく手間と努力が必要だということはわかっていただけたかと思います。

 ここで私から一つだけお願いが……こういった金魚の世話は、お子様に一任してあげてください。手間はかかるけれども手順としては難しくない、子供でもできるような作業ばかりのはずです。

 むしろ忙しい大人よりも、夏休みの暇を持て余しているお子さんのほうが、水替えに使う時間もあるでしょう。金魚を見守ってやる余裕もあるに違いない。

 これだけ手を尽くしても金魚の個体差や衰弱度によって生存率は変わるので、時にはお子さんが泣くようなこともあるかもしれない、そんなときには努力だけは認めて、一緒に金魚のお弔いをしてあげてください。

 こうした経験をすることによって、ある子は金魚など二度とこりごりだと思うかもしれませんね。もしくはこれで金魚飼育の面白さに目覚めて、大人になってから拗らすでしょうか。

 どちらにしても子供が学び、選ぶことです。

 大人ができるのはすべてが完璧であるように整えてあげることではなく、転んで泣きながら帰ってきたときに一緒に泣いてあげることなのです。

 金魚飼育を通してそうしたことを学んでいただけるといいなあと、私などはほのかに思うのです。


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