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金魚すくいの金魚を長生きさせるには

 結論を先に言おう、金魚すくいの金魚を長生きさせたければ、金魚すくいなどしないことである。

 金魚すくいの屋台をひょいと覗いてみよう。良心的な屋台であれば舟(金魚を入れる四角い槽)は金魚がよく見えるように浅型で、二か所か三か所にエアーレーションがいれてあるはずである。

 エアレーションの泡など気にせずにぐいぐい泳いでいる大ぶりな金魚がいるだろう。これが金魚すくいで掬っても長生きする健康な個体。

 目玉商品のように出目金や流金の大きいものを入れた金魚すくい屋も見かけるが、これも大きさではなく泳ぎで見ること。人間が覗き込んだ時に驚き、すいっと泳ぎ去ってゆくのが良い魚なのだ。

 さて、破れやすいポイを使って泳ぎ回る金魚を捕まえるというゲームのさなか、わざわざそうした良魚を選別して狙うことができるだろうか。もしもあなたが名人級の金魚ハンターで、そうした選別も余裕だというならば、金魚すくいは金魚との良い出会いの場になることだろう。

 普通級の金魚ハンターであれば、エアレーションの近くにぼんやりと集まっている『おとなしい金魚』を狙うしかない。この金魚は十中八九、弱っている金魚である。

 そもそもが金魚すくいに出される金魚の一生は、ほかの観賞魚では類を見ないほどに過酷である。

 例えばあなたが自治会のイベントや文化祭で金魚すくいをしようと思いついたとしよう。ネットにはそうした素人も買える金魚すくいセットが用意されており、これには金魚から金魚を掬うポイまでがセットになっており、イベントで金魚すくいの屋台を開くことは難しくない。

 ところがこの金魚、注文単位が百である。最低でも百匹、それだけの数の金魚が大きなポリ袋にわずかな水と酸素で充填されて配送される。

 そんな過密状態のままで揺すられ、やっと着いた先で放されるのは大きな池ではなくてやはり過密状態の浅い舟の中なのだ。

 そのうえ、旅の疲れをいやす間などない。金魚すくいが始まれば子供たちが屋台で食べたたこ焼きのソースや綿菓子でベタついた手を突っ込むのだから、水質の管理もクソもない地獄のような環境なのである。

 うちの近所にある生体管理のうまくないホームセンターですら、魚は水合わせ(郵送用のビニールを水槽に浮かべて温度差を少なくする)をしてから、販売前には旅の疲れを癒すためにゆっくりと養生させる。もちろん水質は管理されているのだから、ソースや綿菓子が溶け込むこともない。

 値段の話をしても、実は金魚すくいよりもホームセンターのほうが断然安い。

 金魚すくいの屋台用に流通している小さな和金(時に小さいものなので小赤という規格名で呼ばれる)は大型の熱帯魚の餌として売られることが多く、一匹が20円程度と安価だ。つまり金魚すくいで元を取りたければ子供料金で15匹、大人料金なら25匹以上を掬わなくてはならない。


 ……と、ここまで金魚すくいの劣悪さばかりを語ってきてなお私は、金魚初心者は金魚すくいから金魚を始めることを勧める。

 金魚すくいのいいところは、自分の思い通りにならないことに対していかに対処するかという柔軟性と寛容、そして根気が養われることだ。

 昨今の親は金魚すくいに対する絶対禁止令など出しているが、これに本当の強制力があって、子供はバカみたい真面目にこれを守っている……私などから見ればひどくさもしいことだ。

 金魚すくいだけではない、買い食いやちょっとしたいたずらについても親のいうことには絶対服従である、そうした子供が増えてきたことを空恐ろしくも思っている。

 つい最近のことである。最近の子には珍しかったのであろう、小さな子供がコンビニの集蛾灯の下に落ちていたコガネムシをつついていた。母親は近くでスマホをいじって顔も上げない。と、ちびっこが意を決したようにコガネムシを拾ったその時である、間の悪いことに母親がふいとスマホから顔を上げた。

「あんた、なにしてんのよ!」

 駆けだした母親の顔は鬼の形相で、見ているだけの私ですら身がすくむほど。母親は子供の手からコガネムシを叩き落とし、さらに、柔らかい頬にビンタを一撃くれた。

「虫なんか触ってんじゃねえよ!」

 ヒステリックにわめき散らしながら、母親は泣き叫ぶ子供を引きずって店内へと入って行った。おそらくは手でも洗わせようという魂胆だろう。

 泣きながら手を洗う子供の姿を思い浮かべれば胸が痛い。おそらくは子供が手を洗っている最中も許しはせずに、あの母親はヒステリックに叫ぶのだろう。

 あれでは親に甘えることもできない子に育つに違いない。

 言いつけを破ること、これは親に対する甘えの裏返しだ。子供だってバカではないのだから、親の顔色を見るものである。破ってもいい言いつけと破ってはいけない言いつけの区別はつくというのに、親が何に対しても許容の狭い性格であれば、子供にとって破って良い言いつけなど存在しなくなる。

 数多くある言いつけは子供が正しく育つようにという愛情の裏返しであり、わが子が人生という道で転ばないようにという優しさでもある。が、これに必要以上の強制力を与えてはいけない。子供とは何もない道で転ぶことのできる生き物、失敗と挫折の塊なのである。

 子育てで一番大事なのは子供が転んだ時にどう対処をするか、転ばぬように歩くことを禁止するよりも、そちらの方が正しい。

 金魚すくいの金魚を育てるというのは、失敗と挫折と、そして寛容の繰り返しである。何しろ弱った個体を飼育するのだから、最初の一週間は『延命措置』であり、百パーセントの生存など望めないからである。

 もちろん、たったそれだけのことを学ぶのに『命』を無駄に散らすを良しとしないならば、それも立派な教育方針であり、私が何かを言う筋合いもない。ただし、その気持ちの根底にあるのが『どうせ金魚飼育なんて子供には無理だから』だというのならば、これは子供をバカにしすぎである。

 ここまでは屋台の金魚がいかに弱いかをお伝えしてきたわけだが、ここからは金魚という生き物がいかに健壮であるかということをお伝えしよう。

 金魚はすでに南北朝時代には飼育魚としての歴史が始まっていたといわれる観賞魚の最古参である。そこから気が遠くなるほどの品種改良と交配と選別を繰り返し、今のような形になった生き物であるのだから、生物としての安定性は抜群である。

 特に和金は金魚の中でも丈夫で手間のかからない魚種として知られており、安定した飼育をすれば手のひらよりも大きく育つ。金魚すくいで掬ってきた金魚が生き残り、コイかと見まごうほどに大きくなったという話もよく聞くではないか。

 間違えてはいけないのは、入手先が金魚すくいであれば百パーセントすぐに死んでしまうわけではないということである。

 考えてみてほしい、なぜに金魚すくい用として和金が流通しているのか。これはほかの金魚に比べて和金が頑丈であり、ハードな輸送状態にも耐えられるからである。ほかの繊細なランチュウなどであれば、ビニール袋にすし詰め状態で出荷されることにすら耐えられないかもしれない。

 つまり祭りの金魚が和金中心であるのはこの金魚が丈夫だからであり、金魚すくいや餌金などの大量消費が見込めるからこそ和金は大量産出される、ゆえに和金は安価であるのだ。

 そんな丈夫な和金であるから、きちんと延命できて本飼育に移行することさえできれば実に長生きする。うちには金魚すくいから掬い上げた和金が二匹、すでに十年近く生きているが、まだまだ当分の間は生きそうな気配である。

 余談ではあるが、ホームセンターで餌金として売られている小赤も飼育したことがあるが、むしろこちらの方が個体としては脆弱であった。購入した金魚すべてが尾腐れ病を発症しており、もとから飼育している金魚まで全滅させそうになったこともある。

 こと小赤に関していえば、屋台もホームセンターもリスクはあまり変わらない。

 よほど信頼のおける金魚やで更紗の入った観賞用の和金を買うのならば話は別であるが、金魚飼育のはじめとして入手するならば屋台で十分なのである。

 そもそもが金魚に限らず水の生き物というのは小食で、多少餌をやり忘れたところで餓死することもない。特に和金ならば難しい水管理もかなりずぼらで済むため、良い個体さえ手に入れば何の手間もかけずに飼育することができる。

 それこそ子供でも飼える最も簡単な生き物、それが和金なのである。

 つまりあなたが屋台の前で『どうせ世話できないでしょ』と言ったならば、それは『うちの子は金魚すら飼えない低能者』と決めつけているのと一緒なのである。


 とはいえ、やはり生き物という命あるものを家に迎え入れるわけだから、家のルールというのはあってしかるべきだと思う。

「うちのどこに水槽を置くスペースがあるの」

 そう言って子を叱る親があれば、これは当然だと思う。

 のちに詳しく記そうと思うが、本格的に魚を飼おうと思うなら水槽は大きいほうが水質の管理は簡単だ。小さい金魚だって自由に泳ぎ回れるだけの水が必要なわけで、それを考えれば『水槽を置く場所がない』は現実的な禁止理由なのである。

 お若いお母さん方にお願いである。どうかやみくもに禁止ばかりを与えて子供を潜在的に卑下するのではなく、「それはうちのライフスタイルに合わない」という、子供の能力に依存しない理由をきちんと考えてあげてほしい。なんなら「私は魚が怖いから」でもいいのだ。

 子供の可能性をやみくもに封じないこと、これこそが親として第一に考えるべき子育てのコツだと、これだけはベテラン母親からの教えとして心に留め置いてほしい。


 さて、難しいことはこのくらいにしておいて、次回は金魚すくいの金魚を延命する実際の流れを記そうと思う。

 特に飼育用の水槽もない、餌もない、子供がうかつに掬ってきた金魚をそのまま死なせてしまうのも忍びない、さあどうしようという時に使う緊急度の高いやり方である。

 それゆえにきちんと金魚飼育をする人から見たら目ん玉ひん剥くほどの裏技なのではあるが……少なくとも、なんの努力もせずに金魚を見殺しにするような非道な真似だけはしないでほしいと思う。

 屋台の金魚は『どうせ死ぬ金魚』ではなく、『死ぬ確率の高い金魚』と言うだけなのだから。


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