金魚、この愛しき魚
私が最初にこの魚の魅力に取りつかれたのは、確か小学校三年生の時だったと思う。
当時の住居は団地で、犬猫の飼育は禁止であった。
それでも子供というのは何かと生き物を手元に置きたがるものである。うちの母親は田舎育ちで何の虫も怖くないという人であったため、私は近所の草むらや用水路で捕まえた『獲物』を飼育することを許可されていた。
コンクリートで固められた巨大な団地群のど真ん中でのこと、生き物の種類も目を見張るほど豊富なわけではない。大きくてもせいぜいがトカゲかヤモリ、小さいものならつまむことも困難なほど小さなアリンコまで……それでも生物飼育の楽しさを覚える程度には一通りの生き物を飼育することができた。
一番数多く育てたのは蝶の幼虫である。うちの酔狂な母は買ってきたキャベツに青虫がついていれば、これを空き瓶に入れて私たち兄弟のためにとっておいてくれるのである。
キャベツの切れ端を分けてもらって、空き瓶にはガーゼで蓋をして、私はこうした幼虫の類を机の隅において眺めながら勉強するのが好きだった。
ご存じだろうか、こうした幼虫の類は静寂の中でしか聞こえぬほど小さな音で、「ポツポツポツ」と葉を食す音を立てる。養蚕が盛んだったころには農家の二階で無数のカイコにクワを与えると、一階には雨を降らせたような音がザアザアと響いたのだという。
もちろん一匹だけなのだから、はかなく小さな雨だれの如く。
私は少し耳が悪く、音質の悪い当時のラジカセの音を好まなかった。静かに葉をかじる雨だれを聞きながら、時には瓶の中を覗き込んでむっちりと太った緑色の子虫を愛でる、その柔らかい音こそが私にとっては至上の音楽だったのである。
さて、件の魚もそうした『団地で飼ってもいい生き物の飼育』の延長線上にあったものだ。
夏祭りに行くと必ずある金魚すくい、あれが子供の頃の私にとっては無上の楽しみであった。好きこそものの上手なれとは良く言ったもので、金魚すくいは今でも得意である。まして反射神経の鋭かった子供の頃であれば、一度の金魚すくいで十匹ほどを掬うこともざらであった。
ところが哀しいかな、こうした金魚すくいの金魚は弱くてすぐ死んでしまうものである。
冷静に考えれば理由は明らか、そもそもが選別ではねのけられた規格外品であるというのもあるが、『子供が十匹も掬える金魚』というものが元気よく泳ぎ回る体力のある個体であるはずがないだろう。
金魚を数多く掬うコツは、選別の段階から始まっている。あまり元気よく泳ぐ金魚は、その速さを追うためにポイで水をかき回すこととなり、良くない。いきおい隅の方にやる気なく漂う金魚たちの中から、魚体の小さなものを選ぶこととなるのだから、言い換えれば『素早く泳ぐ元気のない発育不良児』をわざわざ狙っているのだということになる。
こうした金魚が長く生きられないのは当然のことである。
おまけに当時の私は子供、金魚に適した環境を整える財力もなければ飼育の知恵もない。掬ってきた金魚が一晩で全滅することもざらであり、金魚すくいとは残酷な遊びでもあった。
それでも何匹かの金魚は生き残って夏を超すこともある。ハネ金(不要な金魚)とはいえ選別基準は体力だけではないのだし、時には元気はあっても姿かたちでハネられた金魚も混ざっているのだ。
私が子供の頃に愛育していた小さな白い金魚も、おそらくはそうした体色の規格でハネられたものだったのだろう。ほかの金魚たちがコロコロと死んでゆく中、この子だけは五年ほども私の手元に居た。今の私の知識があれば、おそらくはもっと長生きしたかもしれない。
この白い金魚の思い出と絡めて、ここまで私が蓄積してきた金魚飼育のコツをここに記しておこうと思う。
なにぶん素人が手探りと経験則だけで導き出した野良作法、専門家から見て荒っぽいのは少しばかりのお目こぼしを。
そしてここから金魚を飼い始めようと思った方へ、一素人が何度も失敗を繰り返して編み出した飼育法など一事例にすぎないということを心に留め置いて。私の金魚に最適だった方法があなたの金魚にも最適だとは限らないのである。これを人は個体差という。
思えば私が金魚飼育を始めたころにはパソコンなどなく、何らかの知識を得ようと思えば調べ物は図書館に頼るしかなかった。それに比べれば寝室で寝ころんだまま操るノートパソコンでありとあらゆる情報を調べることのできる現代は『便利』というよりほかに言葉などないだろう。
だからこそここに書いてあることを鵜呑みにせず、むしろここを入り口として情報を深く探り、ぜひとも『あなたの金魚のための』飼育法を模索してほしいと思う。子供を育てるのに子供一人ひとりの個性が違うのと同じ、あなたの金魚の個性はあなたにしかわからないのだから。
金魚は寿命が十余年といわれる長寿の魚、おまけに風水でも縁起のいいものとされ、何より愛育されるために選別された魚だけあって、飼えばその愛くるしさにおぼれること間違いなしの観賞魚の長である。
みなさま、ぜひともよき金魚ライフを!
次回、『金魚すくいの金魚を長生きさせよう』