7 大人達の策略
ヴェネツィアの街角にぽつんとひとり、ロジェは立っていました。
「どうしよう」
かなり、焦っています。
「オレのせいでレアが迷子に」
ちくしょう、ちょっと目を離したすきに――。
「レア・ヴェルレーヌと言ったか」
「!」
突如耳に入って来た娘の名に、ロジェは身を強張らせます。
「そんな名前の娘だ」
「ロマーノの身代わりになれるような子なんでしょうか」
「何、心配ない。パーティーに来る貴族界の連中はロマーノの顔や年齢などは知らないはずだ」
その怪しげな会話を発しているのはある夫婦のようです。中世風の豪奢なドレスとタキシード。妻も夫も仮面をつけているので顔はわかりません。
ロジェは後をつけることにしました。
レアのやつ、今頃きっと泣いているだろう。そう自分を責めながら。
「ワーイでしゅ!これぜんぶ、レアにくれりゅんでしゅかー」
本人はその頃、大いに喜んでいました。
彼女お好みの、豪華なお屋敷にいたのですからそれもそうでしょう。
ロマーノはかなりのお金持ちのようで、広い部屋の中には紫の天蓋つきのベッドやたくさんの舞台衣装が詰め込まれていました。壁一面にはたくさんの豪華な仮面。着替え用の小さなお部屋までついています。
「うん。わたしが小さい頃着ていたドレスなの」
「なんだか悪いでしゅわねぇ」
レアがそう呟いたとき、着替え用の個室からロマーノが姿を現しました。
真っ赤な膝丈までのフリルいっぱいのドレス。頭には同じ赤と金で縁取りがしたリボンをつけています。
「うわぁ……。ロマーノ、きれーでしゅ」
「ほんとう? 今日は特別だから、一番好きなドレスにしたんだ」
「勝負ドレシュでしゅわね。…でもどうして今日が特別なんでしゅの?」
「えぇっと」
ロマーノは顔を赤くしてかすかに俯きました。
「好きな人が来てくれるから」
「ほーぉ!」
「その人、わたしの悩みを聞いてくれて、それも他の人には言わないでいてくれるの」
「ここはナシだな。家族旅行にしちゃ、ちょいといがみ合いがありすぎる街だ」
「そのようだな」
らしくもなくコートなど羽織ったジョエルと白衣姿のエルネストが会話しています。 ヴェネツィアのとある橋の上です。
「それで、どうなんでぃ。事件が起きる気配は」
橋のたもとの街頭にもたれ問うジョエルにエルネストは答えました。
「令嬢の話を聞くに、今夜のダンスパーティーにでも」
「そっか」
街頭から大きな背中を離し、ジョエルは笑った顔をエルネストに近づけながら、
「いやぁお互い、仕事に来て警察の真似事やらされるとはねぇ」
「人の命を救うのは医者の務めだ。どんなやり方にしろ」
「もーしもーし、オレは建築士なんだがね。ま、それでも正義の味方を降りる気はねーが。もう少し、敵方の足跡を洗ってみるわ」
「あぁ。無理はするな」
「おうよ」
ジョエルはそう言うと、コートを翻し、どこへともなく姿を消しました。