6 オペラ歌手のロマーノ
曲を歌い終えて盛大な拍手を一身に浴びているときになって初めてロマーノは目の前にいる小さな女の子の存在に気付きました。
「すごいでしゅ! すごくきれーだったでしゅ!! レアこういうとき、何て言うか知ってましゅよ。ブラボー!! 」
いつの間にか船にいた、ふたつのおだんごを頭につけた女の子のその言葉を皮切りに、船のいたるところでブラボーという叫び声が聞こえました。
「グラッツェ。……ううん、メルシー、だね」
ロマーノがそう声を掛けると、女の子はたった今思い至ったように、
「ふらんしゅ語、わかるんでしゅか? 」
「片言だけど。わたしロマーノ。よろしく」
「うーむ。お名前までロマンヌに似てるでしゅ」
ぶつぶつ言うと、はっとしたように顔をあげ、女の子は赤い生地に黒いラインの入ったスカートの両裾を持ち上げました。
レアとしたことが! じこしょーかいを忘れるなんて。そう言ってぺこりと小さな頭を下げます。同時に赤茶の髪でつくられたふたつのおだんごもお辞儀します。
「レアの名前はレア・ヴェルレーヌでしゅ。どーぞよろしくでしゅ」
ロマーノは考え込むように顎に手を当てました。
おませな子だな。でもそこがかわいい。それがレアへの第一印象でした。
陽の光を反射して真昼の星屑が散る波間をゴンドラはゆらゆらとたゆたいます。
「世界を回るプロのオペラ歌手しゃんでしたかー。どーりでお歌が抜群にお上手なワケでしゅ」
「本当は今あんまり歌っちゃいけないんだけど」
「どうしてでしゅの? ロマーノのお歌、とってもしゅてきでしゅのに」
レアがそう言うとロマーノは少しだけ寂しげに目を翳らせて、
「喉がちょっとだけ病気なの。歌い過ぎて」
「んまぁ!! しょれはたいへん!!」
「大丈夫」
ロマーノは微笑みました。
「今フランスからとってもいいお医者さんが来てくださってるの。だから」
「しょうでしゅかー。早く治るといいでしゅわね」
「レアは、歌が好き?」
「もっちろんでしゅー。レアは大きくなったら女優しゃんになるでしゅ。だからお歌もだんしゅもこなせなくては」
「それなら話が早いわ。今夜オペラハウスを貸し切って開かれるダンスパーティに出ない?」
「だんしゅ・ぱーてぃ?」
レアの瞳が輝きました。きっと胸をときめかせているのでしょう・
「いよいよレアも社交界デビューというわけでしゅかー。いいでしゅよ、一緒に出ましょう、ロマーノ」