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5 パパとカップル?

 「お客さんおふたりですかい?」

 青と白の縞々のシャツを来たイタリア人の船頭さんが陽気な調子で話しかけて来ます。

 「えぇ、大人と子ども、ひとりずつ――」

 イタリア語でロジェが答えていると、

 「カップルじゃありましぇんよ。親子でしゅから、そこんとこどーぞよろしくでしゅ」

 「こらっ、レア! んなこといちいち言わなくたって誤解されないっちゅーに」


 「うわーぁ」

 ゴンドラに乗り、水辺を滑って動いていく街の景色にレアは感嘆の声。

 「すばらしいでしゅ。ここでパパとママはデートしたんでしゅね~」

 「あぁ」

 ロジェはレアの耳元に寄り、

 「ここでパパはママをクドいたんだ」

 「んまぁ」

 どうやって? 好奇心にあふれた大きな瞳がロジェにそう問いかけます。

 「それはだな。あるイタリア人カップルが同じゴンドラの上でイチャついてるのを見て、そのときパパは多少イラっときていた」

 「……しょれ、大筋と関係あるんでしゅの? 」

 「まぁ聞けよ。それでそのカップルに負けるもんかと思っていい雰囲気つくるためにママに言ったんだ」

 「ふむふむ。なんて言ったんでしゅか? 」

 ロジェが口を開きかけたときです。

 「僕は完成された動かないものよりも、削られたり磨かれたりして動いているもののほうが好きだな」

 「そうそう。あれとそっくりな台詞をパパは……って、え? 」

 自分の言ったかつての台詞が聞こえてきたほうを見てロジェは固まりました。あのふたりです。当時妻でなく恋人だったプレヌと一緒にゴンドラに乗ったときにもいたあのイタリア人カップルの男性のほうが、女性にそう言いながらロジェに向かって得意げに微笑みかけているのです。やぁまた会ったねとでも言うように。

 「んん。あのヤロー、他人(ひと)の台詞をそのまま使いやがって」

 しかしその男性の言葉のあとにはロジェの言っていない言葉が付け加わっていました。

 「君のようにね」

 言われた女性はうっとりしています。そして男性が女性の肩を抱き寄せ、ふたりは――。

 「あーぁ、見せつけてくれるよな。ったく」

 「パパたちも、あーなったんでしゅね」

 「え、あ、いやその……まぁ」

 実際はその言葉のあとにゴンドラに降ってきたバラの花弁のシャワーのために、その言葉を傷ついたプレヌが再生していく様子だとはとってもらえず、花弁が動いていることを愛でたセリフとなってしまったことは、ロジェは言わずにおくことにしました。

 「ねぇ、あなた」

 そんなこんなで苦い思い出を思い出していると、カップルの女性のほうが話しかけてきました。

 「どこかでお会いしたことあったかしら?」

 「さぁどうでしょうね」

 ロジェはむっつりとしています。

 「あら。あたくし物覚えはいい方ですのよ。……夫との初めてのデートでこの舟に乗った時に同乗なさっていたカップルの男性でしょ、あなた」

 「……えぇまぁ」

 こいつら自分たちだけいい想いして挙句ゴールインしてやがったのか。腹のたつロジェです。

 「確か前のときはブロンドの女性がとなりにいたような気がしたけれど。あなた大分、女性の好みが変わったようね?」

 「!?」

 「可愛らしい彼女さんね、ホホホ」

 ロジェの中でなにかが警鐘を鳴らし始めます。

 いました。自分とレアをカップルだなどと間違えるような、色ボケもとい、情熱的な見方をする方々が。

 冗談じゃねーよ。オレは他人(ひと)の娘をたぶらかしといて焦らすような頭文字Eの誰かさんとは違ってロリコン趣味はねーんだとにかく身の潔白を。

 ロジェはひとまず咳払いすると、

 「なにか勘違いしていらっしゃるようで」

 「あら、なにを?」

 「オレとあの子は親子ですよ親子。こんなに年の離れたカップルもないでしょう」

 「あーら。歳の差というのは会いを燃え立たせるスパイスですのよ。恥ずかしがることはないわ」

 「……ぬっ」

 ロジェがどうしたものかと頭を掻きはじめたときです。

 「ねぇ、ロジェしゃ~ん」

 「げっ」

 レアが色目を使って頬を撫でで来るのです。

 「な、どうしたんだよレア」

 「うふーん。しゃっき、おいしそーなお菓子屋しゃんが見えたんでしゅけど~」

 「わかった、わかったよ。買ってやるからそういうときは『パパお菓子買って』って普通に言ってくれ。心臓に悪い」

 「えー?でも男の人に頼み事しゅるときは、こうしゅると成功率アップなんでしょー?」

 「誰に習ったんだ、そんなこと」

 「しょれはー」

 「あぁ、言わなくていい」

 ロジェの脳裏にセクシーなふたつの猫目が浮かび上がりました。

 経営するレストランのこのパティシエさんはやたらと色気があって困りものです。 

 パエリエだな、あいつめ……。

 「やっぱり恋人同士なのね、あなたたち。イチャついちゃって、お熱いこと」

 先程のイタリアーナが歌うように言ってくれます。

 「色々大変でしょうけど、頑張るのよ。愛の力は偉大だわ」

 「だーかーらー」


 パパがイタリア人女性に何やら早口なイタリア語で一生懸命説明している時、レアの耳は隣を行く舟に釘づけになってしまいました。舟からは優雅な音楽が聴こえてきます。

 先頃、レアがサンタ・マリア大聖堂で唄っていた歌のイタリア語ヴァージョンです。何てきれいな高声なのでしょう――。

 声の主を見ようとしてレアのおめめもその舟に奪われてしまいました。

 ――ロマンヌ?

 そう。レアのお姉さん、ロマンヌとどことなく似た雰囲気を持った少女が歌っているのです。

 ――でも、違いましゅ。

 日の光を浴びて輝く栗色のショートカットと白い肌、ピンクの頬。でもその少女はロマンヌよりずっと年上でした。十代の後半といったところでしょうか。

 その舟の上にいる人々はみんな、少女の歌声に聴き入っています。レアも聴きたいでしゅ。もっと近くで――。

 魔法にかかったかのようにレアの赤い靴を履いた小さな足はちょうどすぐ側まで来たその舟の中へとぴょんと飛び移っていました。

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