3 サンタ・マリア大聖堂~パパとママの出会い~
パパとママの出会い。ちょこっとだけ秘密を覗いてみます。
「はぁ、はぁ……。ったく、レアはこういうとき、驚異的なスピードで登るよな。ようやく追いついたぜ。……ん? っていうか、オレがそれだけ、年とったってことか……? 」
ここは、サンタ・マリア大聖堂。フィレンツェの街全体が見渡せるクーポラのてっぺんです。下を見下ろせば赤い屋根屋根が連なってイタリアへようこそと歓迎してくれているよう。歌を口ずさむ余力まで残しながらロジェのはるか先を飛び跳ねるように登って行ったレアは、
「来ましたわね、怪盗パン! 」
到着するやいなや、キッとロジェの方を振り返りました。
「え? まさかレア、ここで……」
「レアじゃないでしゅ。プレアデスでしゅわ! 」
「う」
プレアデスとは、レアが作った架空の正義のヒロインの名前です。ちなみに怪盗パンとは、その敵役。
「イタリア・フィレンツェの平和を乱そうと、企んでいるのでしゅわね。許せましぇんわ」
「ま、待て待て、プレアデス」
ロジェは両手を開いてたんまのポーズをとると、
「んーとだな、ここイタリアには、私、怪盗パンを凌ぐ大悪党が住んでいるんだ」
「んまぁ! 」
レア、失礼、プレアデスの目が輝きます。
「しょれは本当でしゅのー? パン! 」
「あ、あぁ。……奴らは私にとってすら大敵ときている。というわけでどうだろう。今回はふたりで力を合わせて、その敵に立ち向かうというのは」
「うーむ」
プレアデスは顎に手を当てて考え込みます。
「普段は敵であるあなたと手を組むのは気が進みましぇんが……。これもイタリアの平和のため」
してやったり。ロジェもとい、怪盗パンは、密かに握り拳を作り、よっしゃ、と小さく振ったのでした。
「一緒に、イタリアの平和を守るでしゅ。パン」
「ん?あ、あぁ」
気が付くと、プレアデスが同盟の印にと、小さな手を差し出してきています。ロジェはそれをがっちりと握りしめました。
やれやれ。助かった。こんな高いところでガチなアクションシーンなんか演った日には、どっちかが落っこちておだぶつだぜ、などと思いながら(気の小さい怪盗です)。
「ここは、パパとママの出会いの場所なんだぜ」
話題を変えると、レアが食いついてきました。
「しょのお話、もっと聞かせてくだしゃい!パパ」
「うん」
すっかり、プレアデスから普通の女の子、レアに戻ってしまっています。
「今からもう10年も前になるか。パパは、友達と母親を一手になくしたとき、ここに足が向いたんだ」
「え……」
風に吹かれながら懐かしむように視線をフィレンツェの街並みに投げているロジェの表情に悲しむような色はなく、どうしてか、そのことがレアをよりいっそう悲しくさせたのでした。
「しょっか……。パパにも、そんな時期があったんでしゅね……。こんなあっけらかんとした大人にも…」
「どういう意味だよ」
「悲しかったでしゅか? 」
「――」
ロジェは首を横に振りました。またしても、微笑を浮かべたまま。
「それが全然」
「……パパ、強いんでしゅね」
「『強い』か。……うん、そうだったのかもな。ていうか、そうならざるを得なかった」
「レアなら、大声で泣いて、泣き喚いても、まだ足りないかもしれないでしゅ」
「だろ。でもそれがふつうだと思うよ、パパは」
「……?」
腑に落ちない様子のレアにむかってロジェは言いました。
「ほら、レアだってよく強いって言われるだろ」
「……そうでしゅね。ママやロマンヌに」
「それはなんでだと思う」
「うーん。学校や家で決めたもくひょーをさいごまで守れるからでしょーか」
「そうそう」
ロジェは手すりに両腕をもたせかけて言いました。
「ほんとうに強いってことは、自分の主義とか感情をちゃんと守り通せることなんだ。こうしたいとか、したくないっていう強い気持ちを」
……ふむ。
レアは頭をフル回転させて一生懸命わかろうと努めました。
「でもそのときのパパは違った。極力自分の声を押し殺して殺そうとしてた」
「……パパの言いたいこと、聞いてくれる人がいなかったせいでしゅね。それは」
「え?」
「ほら前にパパ、言ったでしゅ。誰にも言いたいことを聞いてもらえない人は、だんだんほんとうになにも言いたくない、死んじゃってるのといっしょになっちゃうから。だから聴いてくれる人が大事なんだって」
「そうだな。あのときのパパもレアの言う通り、もしかしたらそんな状態だったのか――」
そこまで言ってロジェはしばらく黙りました。それを認めるのはとても勇気のいることでした。
ロジェはゆっくりと顔をあげました。
「でもパパはだんだん、自分の声や言いたいことってやつを取り戻せたような気がしてる。なんでかって言うと、どんなに無視されても声を大にして張り上げていられるような、そういうエネルギーのかたまりみたいな女性と出会ったから」
「いよいよママの登場でしゅね」
「そういうこと」
ロジェは赤い屋根屋根が連なる景色のほうへと身体を向けました。
「そのときパパはちょうどここのひとつ下の階にいて、フィレンツェのこの街を見てた。なにも感じない自分と向かい合うのがいやで、景色を見ることでそういう心のごちゃごちゃを忘れようとしてた。けど全然効果ないな、なんて思ってて。そのときだった。甲高い声でものすごい大音響の悲鳴が聞こえた」
レアはロジェの方に身を乗り出しました。
「だいおんきょうってどのくらいでしゅ?」
「うーんそうだなぁ」
ロジェはなにか思いついたようににっと笑うと、突然レアを抱き寄せ――小さなおなかをくすぐりはじめました。
「きゃーっ、ははは! やめ、やめるでしゅー、パパー! 」
「これくらい、かな」
被害にあったレアは肩で息をしながら、
「おっ、覚えてるでしゅよー、パパ」
一人前ににらみをきかせます。
「それで助けに行ったわけだけど……」
「そこにママがいたわけでしゅね」
「あぁ」
「当時からキレーだったでしゅか?」
「……まぁ、な」
「照れてましゅー、コノコノー」
「でも実際そのときは、そんなこと考えてる場合じゃなかったな」
「どういうコトでしゅの?」
いつの間にか真剣な目つきになり、ロジェは言いました。
「ママ、傷ついてたんだ。すごく」