2 それだって現実
ジョエルの仕事は動的でした。
彼が板を釘で打っていく音が耳に残ります。しかし決して耳障りではありませんでした。
ジョエルは慣れた手付きで安々と、窓辺に一枚の板をくくりつけてしまいました。
「すっかり板に付いてるな」
傍らでそれを見ていたエルネストが珍しく、素直な感想を口にします。
「慣れりゃこんなもんよ」
ジョエルが口に釘をくわえたまま返事をします(よくできるな、とエルネストは感心します)。
「しかしどうも違和感がある。学生時代は机と参考書にかじりついてたのを思うと」
「それを言うならお前だって」
ジョエルはちらとだけエルネストの方に視線を走らせます。
「随分遠回りしたんじゃねーか?」
どこか嬉しそうに言ったときの、その目は情熱的でした。この点は、学生の頃から変わっていないと思います。
「全くな。昔はこんな時代で唯一と言って良いくらいの、将来が確約された神学生だったのに。オレたちは全員罰当たりかもしれない。ロジェは料理。お前はとりわけそうだ。教会に反発するようなことをして」
どこかおもしろがるようなエルネストの口調に、ジョエルはおどけた調子をさらに上乗せして答えます。
「おうおう、随分とたててくれたもんだな。単にちょっと教会建築をかじった奴が、そこいらの田舎町の家を造ってるってだけのことをよ」
「だが、自分からギルドを抜けてまでしてそうしたのは事実だろ」
「んま、そりゃな。けど、例えて言うならロジェみたいな、あぁいう思い切りのいいもんでもないぜ」
ジョエルは落ち着いた笑みを崩さないままに、語りました。
「オレは昔から教会建築が好きだったし、今も好きだ。ただ、それをやってる教会そのものとの目的が食い違ったってだけで。要は現実ってやつにぶち当たったってことなんだろうけど、でも最終的には、なーんも問題なかった。ステンドグラスだの天井画だの、そういうののどでかさだのってやつが、見る奴に平等に何かを与えてるってことだって、それだって現実にゃ違いないだろ」
ジョエルは勢いを込めて、釘の最後の一本を打ち込みます。
完成です。小さな、色の付いたかけらがたった一つだけはめ込まれ、それがどこか教会のステンドグラスを思わせる、しかし安価な窓でした。
「んで、一体全体ご多忙なお医者様が、わざわざ何の用だってんだ? こんな形でしか都合つけらんなくて、悪かったけど」
「ジョエル」
エルネストは視線を動かさないまま答えました。
「オレに協力しないか」
その先には、たった今出来上がったばかりの 窓がありました。
「協力? ってーと……」
「確かお前、この仕事が済んだらイタリアに出張だって言ってたな」
「おう。安住地抜きの職だからな。家が欲しいって人があるうちは、どこへでも行かねーと」
「いつになる」
「そーだな……。遅くとも3日後には」
「なら決まったも同然だ」
ジョエルは苦笑しました。
「おいおい、その内容も聞いてねーんだぜ。まだやれるかどうか」
「安心しろ」
エルネストはどことなく不敵に微笑みました。
「悪巧みの類じゃない。どちらかと言うと、その逆だ」
紫と深緑の珍しい組合せの光がふたりを照らしました。