9 かっこいいジョエル兄さん?!
「いったいぜんたいなにがどーなってましゅの、ジョエル兄しゃん」
「話は後だぜ。先にこっちを片してからだ」
ジョエルは右腕に、ある男を抱えていました。金縁のグレーの上着に、フリルのシャツ。伯爵のようなの衣装に身を包んだ男です。こっちと言うときに抱えているその男をちょいと持ち上げて見せました。
一方先程ジョエルに蹴られて倒れていた海賊男が起き上がります。
「貴様。なんのつもりだ」
ジョエルはそれには答えずに、
「銃のありかを白状しろ。ブオナロッティ家の貴族さんよ」
海賊男は動揺のあまり足をもたつかせます。
「な、なぜオレの名を」
「調べはついてるんだ。お前たちブオナロッティ家には、オペラ歌手である娘さんがいる。ちょうどロマーノちゃんと同い年のな。彼女のヒットにとって、ロマーノちゃんは邪魔な存在だった。だから今宵闇に乗じて彼女を消す計画だった」
「だから、一体どこに証拠が?」
ブオナロッティは両掌をひらひらとふってみせました。
「衣装を脱いでもいい。オレの身体から銃は出てこない」
ジョエルは口元だけに笑みを浮かべました。
「賭けをしようじゃないか、貴族さん」
「賭けだと?」
「あぁ、賭けるものはズバリ、汚い大人の命」
その場にいたすべての人がジョエルの表情を見てぞくりとしました。それは暗く、しかし激情を秘めたような、普段ラロシェルでふざけながら肉を頬張っている兄さんとはとても思えない表情でした。
「ルールはこうだ。今この腕でのびてるこの男が、あんたのお仲間かどうか。つまり、
こやつがあんたの撃ったあとの銃を隠し持っているか否か、賭けようぜ。もしこのオレが勝てば、この場にいる汚い大人全員の命を、いただく」
あちこちで悲鳴があがりました。その場に崩れ落ちた人々もいました。ロマーノの両親です。
「ただし、あんたが勝ったらオレがここから身を投げる。上等だろう?」
「いいだろう。そいつが銃を持っているはずはない」
ブオナロッティは答えました。黒い帽子の下のそのこめかみには汗がうっすらと浮かんでいます。
「じゃぁ、勝敗を確かめるといくか」
ドサッ。ジョエルは腕にかけていた伯爵男を床に落としました。男と一緒に黒い銃がそこに落ちました。
ジョエルはそれを拾い上げます。
「ま、待て。偶然だ。オレは関係ない。そいつがロマーノを殺そうとしたんだ」
「往生際が悪いな。どこまでも汚い奴だぜ」
ジョエルは銃を男に向けました。
「――」
レアの海色の瞳が大きく揺れました。そして。
「痛~いよっ、レアっ!!」
なんとレアは、銃を持っているジョエルの腕に噛みついたのです。がぶりと。
「だめでしゅ。ジョエル兄しゃん、人を殺すなんて、絶対だめでしゅっ」
ジョエルはいつの間にか、いつもの人間味あふれた笑顔に戻っていました。
「命拾いしたな、大人のみなさん」
その言葉を聞いたレアがやっと腕から離れると、
「だがな、これだけは覚えといてくれよ。オレはな、珍しく怒ってんだよ。大人達の勝手な都合で、なんの罪もない子どもの血で事を解決しようなんざ」
そして彼は銃を深緑の懐にしまいながら、
「次はないぜ」
「ごめんなさい!」
「?」
ジョエルはきょとんとしました。目の前に、赤いドレスのロマーノが進み出て、叫んでいるのでした。
「レアを、わたしの身代わりとしてここに連れてきたこと。レアを犠牲にしてわたしの命を守ろうとしたこと……本当にごめんなさい!」
じわーっとレアの瞳に波線が浮かび上がってきます。
「ロマーノ。それ、本当なんでしゅか?」
「……」
ロマーノは悲しそうに頷きました。
欺かれていた。仲良くなったことも、ぜんぶ?
レアは無言で泣きました。
後ろからたくましい腕に抱きしめられました。ジョエルです。
ロマーノも泣いているのが涙の隙間から見えて、少しだけほっとしました。
「いささかやりすぎたんじゃないか」
エルネスト先生の声がします。
「バカ野郎。お前に任せてたらこれくらいじゃ済まなかっただろうが」
ジョエル兄さんがそれに答えています。
「まぁ、そうだが」
「これくらいのお灸は必要だよ。汚れちまった大人達には」
「いずれにしろ今回も、大人の罪を洗い流そうとしてくれるのは、子ども達の涙なんだな」
エルネストはそう言うと、ロマーノの肩を抱きました。
少女ふたりはこらえきれなくなり、声をあげます。
その泣声は、いつまでも美しいヴェネツィアの夜を模った会場に響きました。