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朝ぼらけ  作者: うちょん
1/8

雨上がりの涙

  登場人物




        間波奈(まばな) (こう)(すけ)

        ミソギ


        曇旺(どんおう)

        (ごく)(らん)

        

















 Turn up the lights, I don’t want to go home in the dark.

       O・ヘンリー



















 第一朝 【雨上がりの涙】














 「はあ、面倒臭い・・・」

 間波奈功典は、ごく普通の人間であった。

 あった、という過去形を使ったのは、決して間違いなどではない。

 なぜなら、ついさっき、変な頼まれごとをしたからだ。

 その話をする前に、この間波奈功典という男のことを簡単に説明しておこう。

 ネイビーの無造作ヘアーに、だいたいいつもブイネックのシャツと黒のスキニ―を穿いている。

 本人いわく、服なんて数着持っていれば問題ないということだ。

 「なんで俺が」

 ぶつぶつと先程から文句を言っていると、隣からひょっこりと覗かせた顔が、こう答える。

 「功ちゃん功ちゃん、そういう顔しないの。ぽくもいるから。一緒にがんばろ!」

 「・・・不安しかねえよ」

 「なんで?ぽく、こう見えても鼻は良いんだよ!功ちゃんの何倍もね!だからぽくのこと頼ってもいいんだよ!」

 「うるせぇよ、犬っころ」

 功典の近くにうろうろしている、茶色のふわふわした髪型の男は、人間に捨てられた犬の妖怪が人の姿として世に留まっているようだ。

 ちなみに、ちゃうちゃう犬だ。

 文句を言いながらもミソギの髪の毛を触っているところを見ると、ミソギのふわふわとしたその髪の毛は癒しなのだろう。

 2人の会話に出てきた曇旺というのは、功典に面倒なことを頼んだ男の名だ。

 功典のことを『間波奈功典』とフルネームで呼び、黒の短髪に顎には髭、黒のタートルネックを着ているのだが、どうやら人間という存在ではないらしく、詳しいことは分からない。

 タレ目で煙草を吸っていて、大柄な男だ。

 ニヒルに笑う曇旺もまた、ミソギの髪の毛を触るのが好きだ。

 そして話しを戻して、一体何が面倒なことなのかと言うと、つい先ほど、間波奈功典は工事現場の近くを通りかかり、その時、鉄筋が功典の頭へと向かって落ちてきたのだ。

 ミソギが何かを見つけて何かを見つけて走りだしたため、それを追いかけて行った功典は、難を免れた。

 免れたのは良いのだが、ミソギを捕まえて大人しくしていろと言っているところへ、1人の人物が現れた。

 黒の髪の毛は風に靡き、後ろの方は少し長めで、両耳にはピアスをつけていた。

 「?誰だ?」

 無言で立ち、無言で功典のことを見ているその男にも女にも見える人物はこういった。

 「どうして君は、運命通りにならないんだろう」

 「は?何言ってんだ?」

 その人物は、自分のことを嶽蘭と名乗った。

 ちなみに性別は両性らしく、どちらとも言えないと言われてしまった。

 「以前も、君は運命を変えた。そして今回も」

 「だから、何言ってんだって。全然分かんねえんだけど。ミソギ、水たまりの水飲むなっての」

 「・・・・・・」

 功典とミソギは普通の人間には見えないはずだが、その嶽蘭にもミソギは見えているらしく、ミソギのことを見ていた。

 曇旺とは違って華奢な身体をしているようにも見えるが、目つきもまるで逆で、冷たく全く微笑む様子はない。

 わけがわからない功典は何用かと聞こうと口を開くが、嶽蘭は功典たちに背を向けると去って行ってしまった。

 そしてすぐに現れたのが曇旺だ。

 曇旺の話によると、あの嶽蘭は俗に言う“神様”というものらしく、その中でも“運命の神様”と呼ばれている存在だとかで。

 「ああ、それで」

 と納得した功典だが、「ん?」と何かに引っ掛かったようだ。

 「運命の神様ってやつは、俺を殺そうとしてたのか?」

 「ああ、それが運命だそうだ。だが、間波奈功典は死ななかった。それも2回もな」

 「2回?」

 「覚えてないのか?まあ、昔のことだからな。で、次のチャンスがさっきだったってわけだ。それでも死ななかった。普通はあいつに逆らえねえからな」

 そりゃそうだろうと、功典は曇旺の話を聞きながら、指先で頬をぽりぽりとかいていた。

 曇旺も自分は神様なのだが、嶽蘭とはまた別の神様だとか何だとか言っていたが、それよりもその後に言われたことの方が驚愕で、功典の頭からそこの部分はすっぽりと抜けてしまった。

 「は?意味が・・・」

 「だから、どうせまたあいつに狙われて死ぬんだから、それまで暇つぶしとして、ちょっと俺の野暮用を手伝ってくれねぇか?本業じゃねえんだが、この世に留めておくわけにもいかねえんだよ」

 曇旺から言い渡されたのは、この世に未練を残し亡くなっていった人達を成仏させてほしいというものだった。

 正直、幾ら自分が死ぬからとはいえ、面倒臭いことには巻き込まれたくないと思った功典だが、なぜかミソギがOKの返事を出してしまったため、やるしかなくなった。




 「俺、幽霊なんか見えねえぞ」

 「大丈夫だよ。功ちゃんなら見えるよ」

 「根拠のねえことを」

 どうしようかと探し歩いていると、ある女性の後ろを少し離れて歩いている男を見つけた。

 歳は多分、17、8くらいだろうか。

 学生服を着ているから高校生だろうことは分かるし、それがきっと幽霊であるだろうと瞬間的に分かったのは、彼の顔色が普通の人よりも青かったからだ。

 功典もその女性と男の後ろを着いて歩いていると、女性は寺に入って行った。

 「・・・まじか」

 科学的じゃないし、いるなんて信じていなかったが、女性が寺に入って1つの墓の前で花を供え手を合わせているのを見る限り、男は亡くなっていることに間違いはない。

 女性が去ってからも男はそこに立っていたため、功典は近づいて墓に掘ってある名を見る。

 「何て読むんだ?」

 読み方が分からなかった。

 功典の言葉にも男はこちらを見ることなく、功典は「おい」と声をかけると、ようやくこちらを見て驚いた顔をしていた。

 「み、見えるんですか」

 「まさかとは思うが、お前死んでるのか?」

 「・・・はい」

 外村朔というその男は、やはり17歳の高校生だったらしく、半年ほど前、自殺をしたのだとかで、今日は月命日のようだ。

 曇旺には成仏させるようにと言われたが、どうすれば成仏させられるのか分からない功典は、とりあえず話を聞くことにした。

 「なんで死んだか、聞いても良いか?」

 「・・・自殺したんです」

 「自殺?」

 「学校でいじめに遭って・・・。でも、誰も助けてくれなくて。親にも言えなくて。苦しくて苦しくて、どうしたらよいか分からなくて、逃げたくて、どうやったら逃げられるか考えたら、死ぬしかないって思って」

 「・・・・・・」

 朔が言うには、父親は転勤が多く、転校することが当たり前だった。

 高校では2年になってすぐ転校したのだが、その転校先の授業がその前の学校よりも進んでおり、1人だけ分からないことが多かったという。

 もともと勉強はあまり得意ではなかった朔だが、小さい頃から野球が大好きで、野球の方で頑張ろうとしていた。

 しかし、見た目が地味なこともあってか。周りの子たちは朔のことを見下し始め、徐々にいじめるようになったのだとか。

 ノートや教科書を隠される、落書きされるなんてことは日常茶飯事で、朝登校すると朔の机の上に菊の花が飾られていたり、上履きの中や体操着に画鋲が仕込まれていたり。

 制服も破られ、両親が買ってくれた野球のバットやグローブを川に流されたりしていたそうだ。

 それは部活の方でも同じで、野球は実力があった朔を疎ましく思ったのか、先輩後輩からいじめの対象となってしまった。

 ノックの練習をするからと言われ行ってみると、朔の体操着に紙でかいた的のようなものを貼られ、両手を押さえられたかと思うと、思い切り至近距離でノックのボールが飛んでくる。

 みんなが野球の練習をしている時、1人だけグラウンドを走らされたりと、先生や顧問からも毛嫌いされていたようだ。

 担任の先生に一度相談したことがあるそうだが、「嫌なら嫌と言えば良い」と言われ、それで終わってしまった。

 しまいにはいじめはエスカレートしていき、万引きしてこい、金を取って来い、火事を起こせ、ホームレスを殴れ、女性を襲え、裸になって写真を撮らせろ、そのまま街を歩けなどと、そういった内容のものになっていった。

 断ると殴られ、言われた通りにすると朔が警察に捕まるか、もしくは恥ずかしい写真などを拡散されてしまう。

 どちらにしても、朔は恐怖でしかなかった。

 父親はほとんど家にはおらず、母親もパートで忙しいため、相談など出来なかった。

 きっと相談していれば話しを聞いてくれたのだろうが、心配させるわけにもいかなかった。

 「自分が我慢してればいいと思って。どうせ引っ越すし、長くても高校と卒業するまでの間だけだからって・・・」

 「・・・ひでぇ話だな」

 朔が自殺した時も、学校側はいじめなど無かったと調査もせずに否定し、引っ越しが多かった家庭の方に問題があったのではと言ってきた。

 一体何を守ろうとしているのか分からないが、どうせくだらないものだ。

 「そいつらは、お前が死んでも平然と生きてるってわけか」

 「いじめられてたって手紙を書いたんだけど、そんな事実はないって言われてた。お母さん、泣いてた・・・」

 「お前は何に未練があるんだ?」

 「未練・・・?」

 いじめられていた子たちに復讐することなのか、いじめ自体を隠した学校なのか、それとも親に何も話さずに死んでしまったことなのか。

 朔にどうしてこの世に留まっているのかと聞いたのだが、朔は分からないと答えた。

 一体どうして自分がここにまだいるのか、それは朔自身にも分からなかった。

 ただこうして、母親が自分の墓に花を供えてくれる姿を見ていると、本当に自分は死んだんだな、と思うようだ。

 そんな朔の後姿を見ていた功典の顔に、どこからか吹いてきた風が歩いてくる。

 「ちょっと歩くか」

 「え?」




 「あの、その人は・・・」

 「ああ、こいつは犬だ。ミソギってんだ。一応お前と同じで死んでるから安心しろ」

 「はあ・・・」

 「よろしくねー」

 なんとも言えぬ癒し系のそのミソギに、朔は小さく会釈する。

 功典に連れられて適当に街を歩いていた。

 「幽霊って飯とか食えるのか?」

 「いえ、お腹は空きませんし、食べられません」

 「まじか。こいつ食ってるし飲んでるぞ。こいつは妖怪だからか?」

 「妖怪・・・?」

 「ああ。人間に化けてんだよ。妖怪は喰えるのか。幽霊は食えない。へー」

 1人で納得しながら歩いていた功典の横で、朔が何かを見つける。

 それに気付いた功典が、朔の視線の先を追手みると、そこには先程の女性、つまりは朔の母親がいた。

 総菜屋で何かを買っているようで、主人らしき男性と話をしていた。

 「奥さん、今日も肉じゃがかい?」

 「ええ、そうなの。息子が大好きだったから。肉多め、じゃがいもは丸丸入った肉じゃがなのよ」

 「へえ、そうかい。じゃあ、おまけしちゃおうかな」

 「すみません、ありがとうございます。きっと息子も喜びます」

 母親はその後も八百屋によってオレンジを買い、スーパーに寄ってオレンジジュースを買った。

 「肉じゃが好きなのか」

 「・・・うん。オレンジも、オレンジジュースも、僕が好きだったもの・・・」

 「ぽくもねー、大好きだよ―。けどもっと好きなのはねー」

 お前のことは聞いてないと、功典はミソギの口を塞いだ。

 もごもご何か言っているが、聞こえないことにする。

 「俺ぁまだ生きてるからよく分かんねえけど、親からしてみれば、一生忘れられねえ出来事だよな、子供の死ってのはよ」

 「・・・・・・」

 「子供が出来ることは簡単なことじゃねえ。偶然と奇跡が重なって、初めて生まれてくるんだ。自分の腹痛めて産んだ子供が、自分よりも先に逝っちまうことより、悲しいことなんてねえだろう」

 その時、朔は思い出していた。

 自分が自殺してすぐの頃、父親と母親は初めて、きっと初めて喧嘩をしていた。

 どうして気付いてやれなかった、どうして何も聞かなかった、どうしてどうしてどうしてと、母親は泣き崩れ、父親は愕然としていた。

 喧嘩はすぐに収まって、父親のせいでも母親のせいでもないのだと互いに言っていた。

 「お前が後悔してたのはきっと、親より先に死んじまったことなんだろうな」

 「・・・お母さん」

 ぽつりと呟いた朔の目には、うっすらと涙が光っていた。

 徐々に涙は増えて行き、嗚咽交じりに泣きだしてしまった。

 「お母さん・・・お父さん・・・!!ごめ、ごめんなさい・・・!」

 「・・・お前が悪くなくても、お前が死んだことで悲しむのはいじめてた奴等じゃねぇ。死に逃げることも懸命とは言えねえが、そこまで追い込まれたお前の気持ちを、俺は知らねえ。ただな」

 功典は下を向いたまま泣いている朔の頭の上に優しく手を置くと、朔の母親の背中を見ながら言う。

 「死んじまったもんはしょうがねえから、見守ってやりな。まだお前のことを忘れねえ人がいる限り、お前の命は続いてんだからよ」

 ひっくひっくと朔の声はだんだんと小さくなっていき、ふと朔の方を見てみると、その姿はうっすらと消えかかっていた。

 触っていたはずの功典の手も、朔の身体を通りぬけてしまい、そのうち、朔は目元を摩りながら功典の方を見る。

 まだ涙でぐしゃぐしゃになってはいるが、口元をなんとか笑わせようと必死で動かしているのが分かる。

 消える瞬間、何かを言っていたようだが、功典には聞こえなかった。

 「功ちゃん功ちゃん、消えちゃったね。どうしたんだろうね?」

 大人しくしていたミソギが口を開くと、タイミング良くなのか悪くなのか、曇旺が背後からぬっと顔を出した。

 あまりに突然で、功典は心臓を押さえながら曇旺を睨みつけていた。

 「ちゃんと成仏したようだな。良かった良かった。父ちゃん母ちゃんを心配して、なかなか成仏出来なかったみてぇだからな。これで1件落着だ」

 「あれで成仏したのか?何も解決してねぇけど」

 「いいんだよ。心が救われたってことだ」

 「はあ?」

 「じゃあこの調子で、次も頼むぜ、間波奈功典」

 「・・・次?」

 


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