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世界の平和はこの一球(たま)に託されました。  作者: 海荻あなご
第一球 異世界に落とされました。
4/5

 流れる景色はどれも現実のものとは思えないものばかり。

 背中に刃を突き立てられ倒れている者や元は何だったのか分からない肉の塊。襲い来る異形のケモノたち。火を吹くドラゴンなんてものも空を飛んでいた。

 たくさんいた美女の部下はその数を行く先々で減っていった。ある者はケモノに牙を剥かれ、または突然降り注いだ岩雨に潰され、そしてドラゴンの炎に身を焼かれた。

 美女はドラゴンの吹く炎を華麗に避けたけど、後をついてきていた男たちの半分以上はそのドラゴンにやられた。炎に身を焦がされ、ぷすぷすと煙を上げて倒れていく真黒な塊たちを目にしてしまった。美女はその後大きな口を開けて迫るドラゴンを一刀両断した。

 血飛沫が舞い散り、びちゃびちゃと雨のように地面に降り注ぐ。


 ……本当に恐ろしい光景だった。


 そんな景色の中を馬に乗って駆け抜けていく美女と俺。近くでは鉄同士がぶつかる音や獣の咆哮などと未だ喧騒は止まない状況だ。

 俺の姿勢は相変わらず乗せられた時のままで、お腹に伝わる衝撃が辛くてオエオエとえづいていた。というか正直吐きそう。鼻に入るニオイも血生臭く、気持ち悪いことこの上ない。

 どうにかしてここから逃げ出したいところけど、休みなく馬は走っているから身体を起こしにくい。転がり落ちることも考えたけど、こんな場所に落ちたらまず命はない。……どうしようもないじゃん。


「ガオォォォォォォォォォンッ!」

「うわぁっ!?」


 突然目と鼻の先に狼のようなモンスターが現れ、俺は仰け反る。それと同時にぶしゅっと嫌な音がして、顔に生温かいものが降りかかった。――――狼の右頬から左頬へと剣が貫通している。あんぐりと大きく開けられた口から妖しい光を帯びたままの刀身が見えた。美女の持っていた剣だ。

 美女は狼が突き刺さったままの剣を易々と振り、遠くへ死体を放る。


「……ぉえ」


 さすがに吐き気がこみ上げてきて、俺は口元を押さえた。酸っぱい感じがくちいっぱいに広がる。顔を押さえた手には狼の血がべっとりとくっつき、嫌な感触。

 美女はモンスターが迫っても部下が死んでも俺が吐きそうになっても、顔色一つ変えない。事あるごとにチッと舌打ちしていたけど、それ以外の反応は何も。血も涙もない冷酷な人なのかと思ったけど、そもそも俺の話を聞き入れてくれなかった時点で冷徹無比なのは分かっていた。


 情けないけど、泣きそうになった。


 一体どうしてこんな目に合わなければいけないんだ。俺が何をしたっていうんだ。ただ立ち上がろうと決意しただけじゃないか。なのに突然落っことされて……理不尽な出来事に悔しさと怒りが芽生える。


 だけどここは戦場。芽生えた感情に浸る間も無い。


「 ――――くらえっ、サンダーランス! …です!」


 頭上から甲高い女の子の声がして、続いて耳を劈く雷轟。鼓膜がビリビリと震え俺は耳を押さえた。

 空から青い稲妻が落ちてくる。それが俺たちの進行方向を塞いだ。


「――――チッ! 避け切れん!」

「ぅえっ?」


 背後の美女がまた舌打ちしたかと思えば首根っこをむんずと掴まれる。上体が強制的に起こされて背中の骨がボキボキと鳴る。俺、身体軟らかくないんだけどぉ――――!?


「跳べっ!」

「ぁでぇぇっ?」


 跳べと言われて、この体勢から跳べるかっ!! なんて口にする間もなく美女に無理矢理馬から降ろされ背中から地面に転がる俺。反対向きのでんぐり返しだ。隣で美女は華麗な着地を決めていた。……俺をクッションにして。

 直後、バリバリという激しい音と共に断末魔が聞こえ、俺は再び耳を塞いだ。叫びの主は雷柱に身を突っ込んだ馬だった。

 手綱を握る主が居なくなったことで馬は咄嗟に止まることができず、白く美しかった毛並みを真っ黒に焦がす。

 生臭い……肉が焼けた匂いが鼻をさす。

 やがて激しい音は止み、雷柱が消えると同時に馬の身体も傾いだ。一体どれほどの衝撃だったんだろう。もう、生前の面影は全くない。プスプスと焦げた肉の塊から煙が上がる。


「うっ、ぷ……ぉげぇ……」


 今度こそ吐いた。正真正銘吐いた。夕飯に食べたコンビニ弁当が胃から逆流してきて、びちゃびちゃと俺の口から零れ落ちて地面を汚す。

 そばに美女のブーツが見える。黒革のそれに残骸がぴちゃんと飛び乗る。チッて舌打ちされたけど謝る気は毛頭ない。


「やーだ、くっさぁーい、ですぅー! 魔族の大地が穢れちゃう、ですっ!」

「いやだわ、ラルシド様の前でなんてことを……!」

「キャッハハ! ほーんと、ほんと! きったなーい!」


 三者三様の女の子の声が空に響く。口元を袖で拭いながら顔を上げると、そこには三人の女性――ジャンル分けするならロリっ娘、清楚系お姉様、巨乳ギャル――を身体に纏わりつかせながら空に浮く男の姿があった。男も女の子たちも皆尖り耳で、赤い瞳に褐色の肌をしている。頬や露出した腕にタトゥーか分からないけど紋様があり、ゲームに出てくる如何にも魔族って感じの見た目だ。

 真ん中にいる……男が魔王ラルシドなのか? なんだが思ったより見た目が若いけど。

 まあ、そう呼ばれていたし、周りにいる女の子たちは恐らく魔王の部下であり彼専用のハーレムだろう。だってみんな美しく可愛い。ロリっ娘は桃髪のウェーブヘアーをツインテールにしてひらひらフリルのついたへそ出しワンピース。清楚系お姉様は青色のストレートヘアーでスリットが大胆に入ったタイトなロングスカート。巨乳ギャルはオレンジ色の長い髪を片側だけ編み込みにしたポニーテールで、露出が激しいギリギリの服。流石魔王ハーレムって感じ。

 その中心にいる男……自信に満ち溢れた鷹のように鋭い眼差し。鼻筋は高く、しゅっと引き締まった顎のライン。総じて美麗な分類に入る。

 髪は瞳と同じように赤く長めの前髪をM字のように分け、青や金のメッシュが派手さを演出している。

 光沢のある黒いロングジャケットの下には何も着ておらず、ヒョロそうな体型にしては逞しい胸筋と腹筋が見えている。首には銀細工で出来たドクロのネックレス。腰には派手なバックルベルトと重そうな飾りの鎖。八分丈位の黒パンツの裾はギザギザと切込が入れられ、分厚い厚底の編み上げブーツを履いている。


 とてもダサry

 ……いや、どう見ても売れないロックバンドのボーカルにしか見えない。


 俺は酸っぱさの残る口をぽかーんと上げて彼らを眺めた。


「久しいな炎光のアレンデ。そんな豚を連れているなんて珍しい。いつものむさ苦しい部下どもはどうした?」


 魔王は豚……俺を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべる。いやまあ豚だけどさ! 否定しないけど可愛い子たちの前で言われるとグサッてくる。

 なんともわざとらしいニヤニヤ笑いを向けられた美女(そういやアレンデっていう名前だったな)を見れば凛々しい視線を返していた。


「ああ、久しぶりだ魔王ラルシド。部下たちはお前が放ったドラゴンに灼かれてしまってな」

「フッ、相変わらず人間は脆いな。それでそんな豚を連れているというわけか。あまり強そうには見えんが」

「ハハッ、舐めてもらっちゃあ困るな。コイツは力を隠しているだけさ」


 俺を挟んで魔王と美女が見つめ合い火花を散らす。痛い、視線が俺にバチバチ当たって痛いです! なんでわざわざ俺を間に置くんだ。せめてサンドイッチにするなら美女で挟んで欲しいよ!(アレンデも美女だけどさ)

 しかも何か話題の中心俺にされてるっぽい……? とてつもなく、嫌な予感。


「ほう? ――――では、ソイツが噂に聞く“異界召喚”か」

「いかい……しょうかん……?」

「やはり勘付いていたか。まあ隠すつもりもなかったが――――答えはイエスだ」


 交互に二人を見やるが、俺は眼中に無いらしく……

 ――――いやいやちょっとちょっとちょっと! 俺も仲間に入れて欲しいと思いを込めてアレンデを見上げるけど、やっぱり無視。仲間にしますか? はい、いいえの選択肢は二人の前に現れず。おーい、俺を見ろー。

 とりあえず、二人の会話から考えてみる。

 気になった単語――――異界召喚。やっぱり俺は召喚されたんだ、この世界の人間たちによって。召喚した理由はたぶん、救世主として。教典がどうとか言ってたけど、詳しい事は分からない。教えてくれないし。

 けど、今まで見たものとかを思い返せば、おのずと世界観が見えてきた。ここは剣や魔法のファンタジーな世界で、ドラゴンやモンスターもいる。人間と魔族が住み、しかし何らかの理由で戦争が起きて戦っている。俺はきっと、その戦争を止める『救世主』としてこの世界に落とされたんだ。

 そしてその救世主は……おそらく。


「そうか。――――ならばっ!」

「ぅわっ!」


 ――――魔王と戦うことになる。


 突然魔王が両手を広げる。すると突風が俺たちに吹き付けたかと思うと途端に周囲が暑くなった。ふいに起きた風に閉じた目から覗く景色が赤い。

 恐る恐る目を開けると、様変わりした景色に愕然とした。

 俺たちを中心に、約半径50メートルに渡って炎が円を作っていた。それは他者の侵入を阻む炎の壁。この炎の中は俺とアレンデ、魔王とそのハーレムしかいない。

 つまり、ここはRPGでいうならラストダンジョンの最奥。ラスボスと戦う場所になったということ――――


「あっつ……マジかよ……!!」


 立ち昇る炎からの熱風がちりちりと肌を刺す。汗が身体のあちこちから噴き出してきて、着ているスウェットが汗で滲み肌に貼り付く。

 炎のファイナルステージを作り出した張本人は哄笑する。 


「フハハハハハハッ! 早速ゲームを始めようじゃないか! ――異界の者よ、歴代魔王の中でも最恐にして最強! さらに魔族一の美男子、この魔王ラルシドの相手となれ!」


 ナルシスト然とした台詞を吐き捨て魔王ラルシドは俺を指差す。格好からしてナルシストっぽいって少し思ったけどその通りっぽい! なんて思ったのも束の間、ラルシドの指先から光線が弾丸のように飛び出してきた――――!


「そそそそんないきなりっ……!?」

「――――ハッ!」


 脂肪が邪魔する重たい身体を起こしてその場から飛び退こうとするが、それよりも早くアレンデが俺の前に出て光線を薙ぎ払う。払われた光線は分断し俺の両横の地面を抉った。ただ一線は俺の頬を掠めて傷を作ってくれた。痛い。

 ……アレンデが庇ってくれなかったら、俺は回避が間に合わず光線を受けていただろう。今回ばかりはお礼を言おうとした。


「あ、ありが」

「さあ、本番はこれからだぞ救世主。たっぷり働いてくれ。魔王はお前をご指名だ」


 ……けど言うのを途中でやめた。俺に向けられた翡翠の瞳は冷酷さを浮かべていたから。

 俺はアレンデの言葉に絶句して動けなくなった。その間も魔王はフハハ……! と高笑いを続けていた。

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